第918話:お茶会の時間
《――――と、言うわけなんですが……どうすれば良いでしょうか? ご命令を……我が王よ》
「はぁ……なにをやっているのですか、我が騎士よ。とにかく、ルチアさんの安否には気を遣うべきでしょう……行動を共にしなさい。カプリコーンⅩⅡは誠実に見えますがどこか信用なりません……用心を」
《イエス、ユア・マジェスティ……! えっ、なにルチア……いや、俺めっちゃ怒られたンだけど……(泣)》
――――デア・ウテルス大聖堂第一階層、巡礼者用宿泊部屋。ラムダ=エンシェントからルチアに関する報告を通信で受け取ったノアは椅子に深く腰掛けながらため息をついていた。
「ハハハッ、ラムダの野郎は大聖堂でも自分の騎士道を貫いてるみてぇだな! いやいや、感心するぜ」
「笑いごとではありません、ホープ。まったく……二日後には私たちが裁かれるというのに……この期に及んでルチアさんに構うなんて。本当にお人好しですね……やれやれ、振り回される私の身にもなって欲しいです」
「振り回されるの好きなくせに……」
「聞こえていますよ、ホープ……まぁ、ラムダさんに振り回されるのは好きです。ラムダさんも私に振り回されるのは好きですしね。しかし、今は時期があまりにも悪い……」
ノアが掛けるテーブルには立体映像で構成された様々なデータが絶えず表示され、その映像の奥で椅子に座ったホープがケラケラと笑っていた。
しかし、ノアが笑うホープを少しジトっとした眼で睨んだ瞬間、ホープは咳払いして場の空気を引き締めて真剣な眼差しをした。
「それでホープ、アーカーシャ教団の動向は?」
「ああ……聖都では聖堂騎士団主導で住民の避難が始まっている……ありゃ露骨に『これから戦争を仕掛けます』って合図だな。二日後の裁判次第で、ラストアークに攻撃を仕掛けるつもりだろう」
「他には……?」
「アーカーシャ教団から捕虜の解放を要求された……これまで捕虜として捕らえた光導騎士たちだな。人質として交渉材料にされない為だと言っているが……その本心も総攻撃の際の戦力補充だ」
「グラトニスさんの判断は?」
「アートマンに報告した上で、捕虜の解放を了承した。光導騎士には“人質”の価値は無い……アーカーシャ教団が本気なら、捕虜ごと攻撃して消しに掛かるだろうってさ」
「正しい判断ですね。しかし……」
「せっかく捕らえた光導騎士が解放されちまう……こりゃ厄介だな。単純に聖堂騎士団の指揮官が増えちまう……いざ戦闘になったら不利だぜ」
「アートマンさんの心象を良くできるのがだけがメリットですね。戦局はラストアーク騎士団に不利……」
ラムダがデア・ウテルス大聖堂にて探索を行なっている間、ホープは戦艦ラストアークで起こった出来事をノアに報告していた。
ホープ曰く、聖都では聖堂騎士団の避難誘導が行われ、ラストアーク騎士団には捕らえた捕虜の解放が要求されていた。双方共、ラストアーク騎士団との交戦を見越した策略であるとノアたちは見抜いていたが、ラストアーク騎士団の総司令であるグラトニスは教団の要求に従う素振りを見せた。
「グラトニスさんの策は?」
「ああ、捕虜の解放の条件として、グラトニスは光導騎士たちに“制約”を掛けさせた。ラストアーク騎士団に危害を加えないという……解呪される事を前提とした表向きの“制約”。そして、レスターにこっそり仕込ませた真打……『身体能力弱化』の“制約”だ」
「流石の軍師……抜かりありませんね」
「表向きの“制約”はわざとらしく首輪にして……切り札は感知されないように“魂”に刻ませた。聖堂騎士団がこっちの“切り札”に気が付くのは、戦争を始めてからさ」
アーカーシャ教団は裁判の後、ラストアーク騎士団と一線を構える用意をしつつある。それを感じ取ったグラトニスは捕虜解放に応じるフリをして、いざという時の為の備えをしていた。
その事をホープから聞かされたノアは安堵の表情を浮かべつつ、総司令であるグラトニスの手腕に感心していた。だが、ホープの表情は依然として真剣なままだ。
「それで……テメェの裁判の進捗は?」
「そちらは正直あまり……サンクチュアリさんとアウラちゃんにも協力して貰って、過去のアーカーシャ教団の資料を漁っていますが……どの資料も教団に都合よく編纂されているので当てになりませんね」
「だろうな……だが、それじゃ“神の無謬”は……」
「…………破れませんね。はぁ……神々を正しいまま葬り去った古代文明の地球連合は強引にして合理的でした。信者を皆殺しにして、宗教ごと滅ぼして終わりですものね」
「ありゃ文明が宇宙開拓時代に突入して、地球からスペースコロニーに移住したスペースノイドたちが無宗教になっていたからだ。全世界に根を張るアーカーシャ教団相手に同じことは出来ねぇよ」
「分かっています……だから策を考えているんでしょ」
二日後の裁判でノアは“神の無謬”を崩し、女神アーカーシャを有罪にしなければならない。そうしなければ、ノア自身とその騎士であるラムダだけが有罪にされてしまうからだ。
「テメェとラムダが有罪にされれば……その場で処刑だ。運が良くても幽閉されて……ひっそりと始末されるのがオチだろうな」
「でしょうね……私でもそうします」
「逆転の目は女神アーカーシャを有罪にして、アーカーシャ教団主導の裁判自体を疑わしいものにする事ぐれぇだ。手ぇ抜いたら死ぬぞ、ノア」
「…………」
「アートマンの野郎……いや女か? どっちでもないか……ともかく、あいつは中立を謳っているが、所詮は女神アーカーシャの子どもだ。女神アーカーシャの“無謬性”が崩れれば、あいつの神格も同時に崩れる……筈だよな?」
ノアは自分とラムダは裁判で確実に有罪になるという確信を抱いていた。故に、女神アーカーシャ自身の“罪”を問い、その権威を失墜させる事で裁判自体の陳腐化を図っていた。
しかし、ノアの想像以上に女神アーカーシャの“無謬性”を崩すには決定的な証拠が欠けていた。どの資料にも、女神アーカーシャの判断は絶対の正義にして正解だと残されているからである。
「どうすれば……どうすれば“神”を崩せるの?」
ノアは膨大な資料を前に、頭を抱えて悩んでいた。極度に集中してノアは間食すら忘れて、サポート役を務めるジブリールが淹れた紅茶はすっかり冷めていた。
それを目撃したジブリールは冷めた紅茶をこっそりとテーブルから下げると、台所で新しい紅茶を淹れる準備を進み出す。
「ふっ……随分と悩んでいるようだね、ノア? ふふふっ、いい気味だね……せいぜい悩んで悩んで、そして有罪にされると良いさ。君には縛り首がお似合いだよ」
そんな折だった、不意にノアたちはある人物に声を掛けられた。聞き慣れた声ではあるが、ラストアーク騎士団には所属していない少女の声だ。
その声が耳に届いた瞬間、ノアとホープは懐の拳銃を抜いて声の方向に銃口を向けた。その視線の先に立っていたのは、同じく拳銃を構えた一人の少女だった。
「トネリコ……なにをしに来たの……!?」
「やぁやぁ諸君……お待ちかねの僕だよ。今日は君と話をしに来たんだ……ノア。楽しいお茶会だよ……久しぶりに同じ“人形”同士でね。ジブリール……僕にもお茶を淹れてくれるかい?」
「…………緑茶でいいですか?」
「良いわけないだろう……どう考えても紅茶だろう! ここは日本じゃないんだぞ。まったく……誰だ、このポンコツを造ったのは?」
「言うまでもなくノア様が弊機の設計者ですが?」
「やめてジブリール……恥ずかしくなってきたわ。この状況でボケに走る超高性能なAIを作ってしまった自分の才能が恨めしいわ……」
現れたのはトネリコ=アルカンシェル。アーカーシャ教団に組みしてノアと敵対する古代文明の“人形”が、話し合いと称してノアの前に姿を見せたのだった。