第916話:名乗り
「ラムダ卿、お前あたしに加勢しろ〜」
「あっ、うっす……加勢しま〜す……」
「リヒター、あたしが手伝ってあげよっか?」
「いいえ、ご遠慮お願いします……」
――――聖女ティオの私室にて、俺はルチアと審問官ヘキサグラムの因縁に巻き込まれてしまった。どうやら二人は散々言い争いしていたのだろう、すでにピリピリとした雰囲気になっていた。
俺、リブラⅠⅩ、カプリコーンⅩⅡは完全に巻き込まれてしまった。カプリコーンⅩⅡは野次馬感覚で嬉々としている。
「さぁ~て……実は昨日から気になっていたのよね〜。リヒター……そこの朱髪の子、あなたの子どもなのかしら? 耳が純血種の半分の長さしかないから、ハーフエルフっぽいけど?」
(カプリコーンさん……探りを入れているな)
「さぁて、何のことやら? あなたも知っているでしょう……私はずっと大聖堂で暮らしている。遥か遠方の地であるグランティアーゼ王国に子どもが居たなどと……本気でそう思っているのですかぁ?」
真っ先に口火を切ったのはカプリコーンⅩⅡだった。どうやら彼は審問官ヘキサグラムとルチアの血縁関係を知りたいようだ。部屋に集まった五人の中で真実を知らないのはカプリコーンⅩⅡだけ。
審問官ヘキサグラムは質問への回答をやや否定気味に返した。自分はずっとデア・ウテルス大聖堂で暮らしていて、遠い異境の地であるグランティアーゼ王国に所帯を持つことなど不可能だと。
(聖女ティオはグランティアーゼ王国の辺境でルチアやラナたち孤児と一緒に暮らしていた。関係を持つだけ持って責任を負わなかった審問官ヘキサグラムが関与していないのは当然だ……)
審問官ヘキサグラムは聖女ティオと関係を持った後、彼女との縁を切った。その後、ルチアを身籠った聖女ティオは当時光導騎士だったウィルによってサンタ・マリア島から連れ出された。
そこまでが俺が収集した情報である。
つまり、審問官ヘキサグラムは始めから聖女ティオとその娘ルチアを家族扱いはしていない。悪い言い方をすれば聖女ティオはヤリ捨てにされ、シングルマザーとしてルチアを育てた事になる。
「同じ『ヘキサグラム』を名乗るからと……それが家族の証明にはなりません。偶然ファミリーネームが被ることなど珍しくもなんともないでしょう……カプリコーンさん」
(こいつ……いけしゃあしゃあと……!!)
「まぁ、確かに……そのルチアって子、あなたには似てないわねぇ。それに、あなたの言う通りヘキサグラム姓を持つ人間はそこそこ居そうだし。しかし、朱い髪に金色の瞳、おまけにハーフエルフ……どちらかと言えば、うふふ♡」
(カプリコーンさん……もしかして勘付いた?)
審問官ヘキサグラムが“家族愛”を持っていないのは、以前アロガンティア帝国で出逢った際に彼自身が自白している。まったく以って業腹な話だが、彼はルチアを“娘”だとは思っていないのだろう。
しかし、審問官ヘキサグラムの反応を見て、そしてルチアの容姿を確認したカプリコーンⅩⅡは不敵な笑みを浮かべていた。真偽は不明だが、ルチアの容姿と聖女ティオの容姿を紐付けしたのだろう。
「それじゃあ、そこのルチアちゃんに質問……あなたは誰の子かしら? 自身の両親を誇りを持って言える、それとも後ろめたくて言えない……さぁどっちかしら?」
「あ? あたしに命令すんなカマホモ野郎」
「うぐっ!? あ、あたしが言われたくない台詞をなんの躊躇もなく言うんじゃないわよ……それにあたしは“両刀”よ。ええい、今はあたしが質問している番でしょう……!」
カプリコーンⅩⅡは次にルチアを標的にした。審問官ヘキサグラムは口を割らないと判断したのだろう。そして、ルチアの脊髄反射的な暴言に精神的ダメージを受けていた。
どストレートな暴言にカプリコーンⅩⅡを顰めた表情をして、リブラⅠⅩと審問官ヘキサグラムは冷や汗をかいていた。相当にマズい暴言だったのだろう。
「まぁ良いわ、カマホモ野郎に教えてあげる……あたしの両親は……あたしの両親は…………」
「ルチア……?」
「あら……どうしたのかしら? はやくあたしに教えて頂戴♡ あなたは誰の子なのかしら?」
ルチアはカプリコーンⅩⅡの挑発の乗って自身の出自、聖女ティオと審問官ヘキサグラムの子どもであると宣言しようとした。だけど、彼女は途中で言い淀んだ。
一瞬だけ審問官ヘキサグラムの顔を見て、ルチアは何かを考え込んでいる。真実を言うべきか、言わないべきか。それはルチアにとっては重大なことなのだろう。
「ルチア……本当の事を言ってやれ。大丈夫だ、俺が付いている……何があっても俺がルチアを護る」
「…………ラムダ卿…………」
「自分の感情に“嘘”はつくな……それをしたら死ぬのは嘘をついた自分自身だ。だから言うんだ……」
だから、俺はルチアの背中をそっと押した。ルチアが自分に嘘をつかないで良いように、俺は彼女の傍らに立って、震える手を優しい握った。
その光景を見て、審問官ヘキサグラムが一瞬だけ動揺したような表情をした。そして、ほんの数秒だけ何かを考えて、それから少しだけ笑みを浮かべていた。
「あたしは……あたしは……そこにいる“審問官”リヒター=ヘキサグラム、そして聖女ティオ=ヘキサグラムの娘……“朱の魔女”ルチア=ヘキサグラムよ!! 今さら逃げも隠れもしないわ!」
「へぇ……やっぱり♡ うふふ……!」
「よく聞きな、カマホモ野郎! あんたらアーカーシャ教団が見捨てた聖女ティオの娘がやって来たわよ!! あたしはラストアーク騎士団第六番隊隊長、あんたらの敵……ラムダ=エンシェント卿の同志よ!!」
俺の手を強く握り返して、ルチアは自分を力強く叫んだ。聖女ティオと審問官ヘキサグラムの娘である事を、ラストアーク騎士団の隊長格である事を。
それを聞いたカプリコーンⅩⅡはにやりと笑い、審問官ヘキサグラムも薄っすらと笑みを浮かべていた。驚いた表情をしているのはリブラⅠⅩだけだった。
「そう……聖女ティオの“魂”はまだ生きていたのね♡ うふふ……あなた悪い男ね、リヒター。嘘をつくなんて……こんなにも可愛らしい娘を認知しないなんて♡ まぁ、口はあり得ないほど悪いけど……あたしはカマホモ野郎じゃないっての!」
「…………」
「良いわ……あたしが知りたい真実は知れた。これで満足よ……ここで知り得た真実も、二日後の裁判までは秘密にしといてあげる♡ あたりは義理堅くてねぇ……誠意あるラムダちゃんの顔をここは立ててあげるわ」
「カプリコーンさん……」
「ただし、リヒター……聖女ティオに対して行なった不貞に関しては事実確認が取れ次第、然るべき処罰を受けて貰うわよ。ケジメの付け方ぐらい……心得ているわよねぇ? 二十年前、聖女ティオを失踪させて責任を負ったあなたなら♡」
カプリコーンⅩⅡがルチアの出自を知った事で、アーカーシャ教団は聖女ティオに娘がいる事を知ってしまった。
一応、カプリコーンⅩⅡは二日後の裁判が終わるまでは事実を公にしないと約束してくれたが、裁判の後の“火種”になるのは確実だろう。
「責任でも何でもお好きにどうぞ……今さらどうなろうと知った事ではありませんのでねぇ。あ~、私はもう失礼させて頂きます……くれぐれも部屋を荒らさないようにお願いしますよぉ」
「逃げんの……クソ親父?」
「私が居なくても大丈夫でしょう……今のあなたなら? まぁ、せっかくカプリコーンさんが秘密を共有してくれるのです……ご厚意に甘えて大人しくしているんですね」
審問官ヘキサグラムはいつも通りの胡散臭い笑みを浮かべ、最後にルチアに嫌味を言いながら聖女ティオの私室から足早に出ていってしまうのであった。
去りゆく審問官ヘキサグラムの姿をルチアは睨みつけていた。俺の手を強くつよく握ったまま。




