第914話:信仰の意味、平和への願い
「イレヴンさん……昨日はありがとうございました」
「いいんだよ……気にしないで、リブラ」
――――デア・ウテルス大聖堂、第一階層大回廊。審判の日を二日後に控えた俺はアーカーシャ教団を調べるべく早朝から行動を起こした。
大聖堂に詳しいリブラⅠⅩに案内され、俺は通路を闊歩する。周囲では教団の信者たちや聖堂騎士団が敵意剥き出しの表情で俺を睨みつけていた。
「それでリブラ……あれからヴァルゴさんは?」
「お姉様は、その……あれから私には干渉してこなくなりました。どうも教皇ヴェーダ様直々にラストアーク騎士団への不干渉を厳命されたみたいで……」
「そうか……」
「不干渉……って言っても、喧嘩をするなって意味だけどねぇ。アクエリアスちゃんなんて露骨に嫌な表情してんだから、嫌になっちゃうわねぇ……可愛いお顔が台無しよ、だ・い・な・し!」
「ふ~ん……」
「それとイレヴンさん……昨日、アートマンさんと戦ったとお伺いしたのですが……大丈夫だったのですか?」
「あ、ああ……いや~、模擬戦でアートマンの実力を試そうと思ったんだけど……見事に惨敗だったよ。俺もまだまだだな……ノアの騎士に恥じないようにもっと鍛錬しないと……」
リブラⅠⅩは昨日のヴァルゴⅤⅢとの諍いが尾を引いているのか、少しだけ元気がなかった。
なんとか明るい話題を振って取り繕おうとするが、俺がアートマンと戦って負けた事、聖堂騎士団の殺気がピリピリと大聖堂の空気を張り詰めさせていて、とても落ち着けるような雰囲気ではなかった。
「問題なのは……ラムダちゃんとアートマン様の面会を誰かが外部に漏洩したという事実よ。“傲慢の魔王”ラムダ=エンシェントがアートマン様に負けた……って、聖堂騎士団のみんな変にやる気を出して困っているのよねぇ」
「その時間に警備だったあなたの仕業では?」
「あらー……あたしを疑ってんの、リブラちゃん? いやねぇ……あたしの口の固さはリブラちゃんもよぉ〜く知っているでしょ? あたしじゃないわよ」
「どうせトネリコの野郎の仕業だろ」
「ああ、トネリコちゃん……確かに彼女は怪しいわねぇ。デア・ウテルス大聖堂の一室でなにやらコソコソしているし、一緒にいる筈のタウロスちゃんの姿は少し前から見かけないし……彼女は何か“裏”があるわね」
「タウロスが……」
「あ、あの……すみません。なんで当たり前みたいな雰囲気で俺とリブラに同行してンすか……カプリコーンさん?? あなたアートマンさんの警護担当じゃなかったんですか?」
「た、確かに……私とした事が気が付かなかった」
「あら〜……やっと気が付いたの? 今日のあたしは大聖堂下層区画の警備担当よ♡ あっ、アートマン様の担当はアクエリアスちゃんね」
「は、はぁ……」
「それで〜……あなた達を見掛けたから気配を紛れさせて同行したって訳♡ 監視よ監視♡ 天下に轟くラストアーク騎士団が大聖堂で悪さをしないか見張る為のねぇ……うっふふふ♡」
なにより、なぜか俺とリブラⅠⅩに光導騎士であるカプリコーンⅩⅡがさも当然のように同行しているのが気になってしまった。
本人曰く、俺たちを監視したいとの事らしい。確かに彼の言う通り、アーカーシャ教団に属する光導騎士に見張って貰った方が、信者たちも安心できるだろう。俺はあえて何も言わない事にした。
「それにしても……しばらく見ない内に、ちょっと“女”の顔になったわねぇ、リブラちゃん。あたし嬉しいわ〜……サジタリウスが離反した後、あなたずっと暗い表情してたから」
「ちょっと……カプリコーン、余計な事を///」
「良いじゃない……恋する乙女は素敵よぉ。あたし羨ましく思っちゃう♡ てっきりタウロスに興味があるものだと思ったけど……そう、リブラちゃんったら昔のサジタリウスに似た子がやっぱり好みなのねぇ♡」
「カプリコーン、プライバシーの侵害ですよ」
「あらー、そんなに怒んないでよ。あたし、こう見ても嬉しいのよ……リブラちゃんが自分の人生を謳歌しているのが♡ それに比べてサジタリウスったら、あんなだらしない中年男性になっちゃって……おまけに悪名高い“吸血姫”に引っ付いちゃってねぇ」
「へぇ~……ウィルさん、若い時はシャンとしてたんだ」
「そうよぉ、光導騎士だった頃のサジタリウスは……それはそれは忠義に厚い美青年だったの。ちょうどラムダちゃんのようなね♡ それが今では見る影もない軽薄なおっさんに……よよよ(泣)」
「そう言えば、光導騎士って年齢を……」
「あら……ご彗眼。その通りよ……あたしたち『光導十二聖座』は歳を取らないの。教皇様から加齢を抑える術式を付与して貰っているからねぇ。まっ、サジタリウスはどこかで解除したみたいだけど……」
カプリコーンⅩⅡは意図してか無意識なのか、自分たち『光導十二聖座』の内情を話し始めた。若い頃のウィルの話や、光導騎士に掛けられた術式の事などを。
過去の色恋沙汰を喋られて恥ずかしいのか、カプリコーンⅩⅡに不機嫌そうな声を掛けていたが、カプリコーンⅩⅡはのらりくらりと追及を躱していた。どうやら、カプリコーンⅩⅡの方が『女』としては一枚上手らしい。
「あの、カプリコーンさん、質問があるのですが……どうしてカプリコーンさんは聖堂騎士団に入ったのですか?」
「イレヴンさん……どうしてそんな事を……?」
「あら……気になるの? なに、大したことないわ……あたし、元々ははみ出し者の冒険者でねぇ。各地で魔物を狩りながら楽しく面白く暮らして、どこぞで野垂れ死ぬような人生で良いかって思ってたの……女神アーカーシャなんてクソ喰らえってね」
「それがなぜアーカーシャ教団に……?」
「ある日……あたしは砂漠で彷徨って死に瀕したわ。運悪く、何日も砂嵐に捕まって動けなくなったの……水も食料も尽きて飢え死に寸前。動けなくなって、砂漠のど真ん中で倒れて……あたしは“死”を覚悟して絶望したわ」
「でも……教団に救われた?」
「ええ……その時、一介の聖女だったヴェーダ様に救って貰ったの。あたし、女神様なんて信じてなかったんだけどね……ヴェーダ様は『女神アーカーシャ様はあなたを見捨てません、どんな絶望の淵にも神の救いはあるのです』って」
「…………」
「そしたらホラ……信仰するしかないじゃない。女神アーカーシャ様はあたしたちの幸福を望んでおられる……だから、あたしは女神アーカーシャ様の意志を『世界』に伝えたいのよ。神はあたしたちをいつも見てくださる……絶望するのはまだ早いってね♡」
「…………」
「もちろん、あなたがアーカーシャ教団に戦いを挑んだ理由があるのは否定しないわ、ラムダちゃん。きっと……あたしたちはラムダちゃんの想いをちゃんと汲めてなかったのね。それについては謝るわ……ごめんなさいね」
「カプリコーンさん……」
「けど……これだけは覚えておいて。あたしたちは……教皇ヴェーダ様は……女神アーカーシャ様は……ただ『美しい世界』を護りたいって願っているだけなの。あたしたちはきっと……目指す場所は同じな筈よ」
カプリコーンⅩⅡは穏やかな表情で女神アーカーシャへの信仰を語った。彼は決して“悪”ではない、彼は彼なりに『世界』を良くしようと願っていた。
確かに、アーカーシャ教団は秩序の為に過激な行為もするが、その根底にある“動機”は『平和』への願いなのだと俺は知った。カプリコーンⅩⅡは言った、俺たちの目指す場所は同じな筈だと。
「あたしは……ラムダちゃんとは仲良くできる気がするわ。あなた、ちゃんと他人の話を聴いて、相手の感情を理解しようと努力しているもの……素敵よ、その姿勢」
「私も……カプリコーンさんとは仲良くできそうです」
「あらー、嬉しいこと言ってくれるじゃない♡ そうね、啀み合いは駄目ね……本当はみんな仲良くすべきなのよ。どうして……あたしたちは憎しみ合うのかしらねぇ」
「カプリコーン、あなたは……」
「あらヤダ、あたしったらつい感傷的になっちゃたわね。駄目よリブラちゃん……他のみんなに言い触らしたら。特にアクエリアスちゃんにはね」
「言いません……約束します」
「さっ、お喋りも良いけど、調べる事があるんでしょ……二人とも。あたしが安全を保証してあげるから、このデア・ウテルス大聖堂を隅から隅まで調べなさい。そして、あなた達なりの『答え』を見つけ出しなさい……必ずよ」
審判の日を二日後に控える中で、俺はカプリコーンⅩⅡから『アーカーシャ教団の願い』を知った。彼等の抱いた“動機”は来たる裁判への重要な情報になるだろう。
そして、俺たちはカプリコーンⅩⅡに案内されて、デア・ウテルス大聖堂をさらに奥へ奥へと進んでいくのだった。