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第93話:死の啓示


「姉さん! ノアは……ノアは無事!?」

「あっ……ラムダ……」

「ノア……?」



 ノアの居る第二師団の野営地に駆け付けた俺が見たのは……惨状の跡だった。


 駆動斬撃刃セイバービットが暴れたであろう破壊の爪痕、バラバラに引き裂かれた備品の数々、あたり一面にこびり付いた黒い血痕、そして……ツヴァイ姉さんに膝枕をされて荒く息を吸うノアの衰弱した姿。



「ラムダ……さん……ごめんなさい……油断、しちゃった……」

「手足が青く……! ノアまでゾンビ化を……!」

「はぁ……はぁ……! わ、わざとゾンビ化を受ければ……か、解析が捗るかなって…………嘘ですぅ……思いっきりやられましたぁ……」

「うっ……!? ゲボッ……ノ、ノアちゃんの衰弱が他のみんなより深刻だわ……急いで処置をしないと……!」

「アウラ様が神殿内に結界を張ってくれている! 姉さんも急いでそこに避難しないと!」

「お義姉ねえさ〜ん……私の顔に向かって吐血しないでよぉ〜」

「ご、ごめんなさい……動揺して……」

「姉さん……だから無闇やたらに膝枕はしない方が良いって言ったのに……」



 戦場から離れた野営地に居たノアまでもがレイズのゾンビ化の呪いの餌食にされてしまった。アシュリー率いる屍人の軍勢こそ撃退したが、こちら側の損害も重篤じゅうとく――――野営地からノアを回収して、俺と姉さんもアウラの待つ神殿内部へと避難することになった。



「も、申し訳御座いません、ラムダ卿!! 我々の戦いに巻き込み……あまつさえ、このような事態を招いてしまうとは……なんとお詫びすればよいか……!! 申し訳御座いません、申し訳御座いません!!」

「ツェーネル卿……」

「あなた方は一介の冒険者……そのことを失念し、“ゾンビ化”と言う重篤な呪いを浴びさしてしまいました……うぅ、これではアインス卿に顔向けできません……」



 神殿に着いた俺を待っていたのは、第二師団の副官・ツェーネルの深い謝罪であった。


 神殿内の大聖堂――――巨大な女神アーカーシャの像が祀られた祭壇のある部屋に並べられた長椅子に寝かせられた【ベルヴェルク】の面々と第二師団の竜騎士たち。全員が手足の変色に現れた“ゾンビ化”の症状に苦しみながら、少しでも呪いの進行を遅延させるために退魔の効果を持つアイテム“聖水”を飲んでいる最中の出来事。


 特に、アウラの巻き戻しの効果範囲に居なかった影響で症状の進行が酷いノアは立ち上がる事すらままならず、オリビアに付きっきりで看病されている有様であった。



「ノアさん……聖水、飲めますか?」

「うん……ごく……ごく……ほんのりミルク味……」



 アーティファクトの影響でゾンビ化を免れた俺にはわかり得ない事だが、オリビアいわく“ゾンビ化”で現れる症状は激しい痛みと拒絶反応による吐血、変色した箇所が自分の身体では無くなっていくという耐え難い恐怖、刻一刻こくいっこくと迫る“死”を自覚させられる地獄のような感覚だそうだ。


 それをここに居る全員が味わっている――――それこそ、俺の目の前で頭を下げ続けるツェーネルですら。



「いい加減になさい、ツェーネル卿! わたくし達が懸命に戦ったからこそ、近隣やアウラ様への危害は抑えられたのです! もっとシャキっとなさい、それでも我が王国の誉れある騎士ですか!」

「し、しかし……レティシア様……!」

「しかしも何もありません! それに……わたくし達はまだ死んでもいないし、ゾンビにもなっていません! なら……諦めるのはまだ早計ではなくて?」

「レ……レティシアさんの言う通りです……! い、いま……私が……ゾンビ化を、打ち消す……薬の調合を……しています……だから……まだ、諦めないで……!」

「ノア様……なんと、ありがたきお言葉……!」



 だが、希望が無い訳ではない――――重篤な呪いに身を蝕まれながらも、ノアは目の前に複数のモニターを展開して懸命に治療薬の精製に当たっている。


 なら、俺もまだ諦めるわけにはいかない。



「協力を申し出たのは俺たちの方です! それに、危機に瀕しているのは第二師団のみなさんも同じ……一緒にこの事態を乗り越えましょう!」

「ラムダ卿……ありがとうございます……」

「姉さんとアウラ様にも話を付けて来る! オリビア……ノアのこと……任せた……」

「はい、任されました♡ ノアさんはわたしがしっかり看病しますね!」

「あぅあぅあ〜/// オリビアさんにバブみを感じてオギャるぅ……///」

「――――早く治療薬作ってくれませんかぁ? ゾンビになる前にわたしがゴーストにしますよぉ♡」

「……すぐに治療薬作りますぅ♡」

「意外と元気そうなのか……? いや、どうなんだ……??」



 幸い、ノアにはまだふざけるだけの()()がある――――今の内に何とかしなければ。



「では……魔王軍のレイズなる人物は【逆光時間神殿ヴェニ・クラス】の迷宮ダンジョン内に居るのですね、アウラ様!?」

「あ~、間違いないのだ! あたしがベットから起きて聖堂に着いた時、そのレイズ……って言う骸骨が聖堂の奥にある迷宮ダンジョンの扉の向こうに消えたのを見たのだ!」

「では、まだ迷宮ダンジョン内部に潜伏している筈……! とっ捕まえて私たちに掛けたゾンビ化を解除させれば……!!」

「姉さん、身体の調子は大丈夫!?」

「おー! ラムダお兄ちゃん、待っていたのだ! あたしの結界の調子はどうだなのだ?」

「みんな、ゾンビ化の進行がかなり緩やかになっています! ありがとうございます、アウラ様!」

「アウラで良いのだ! でも、結界の維持にも魔力が掛かるから、何日も保たせられないのだ……」



 神殿入口――――そこで姉さんは第二師団の騎士たち数名と共に敵の襲撃に警戒しつつ、アウラと話し合いをしていた。


 アウラによるゾンビ化遅延の聖なる結界――――小さなエルフの巫女は、今日出会ったばかりの俺たちの為に自らの魔力を惜しみ無く使ってノアたちを迫りくる死の啓示から守って、それでも尚明るい笑顔を俺に向けていた。



「ラムダ……ごめんなさい、私のせいで……」

「姉さんは悪くないよ……それに、俺はまだ諦めてないから!」

「おーッ/// 流石はラムダお兄ちゃん、格好いいのだ! その姿勢や良し、あたしも協力しがいがあるのだー♪」

「ありがとう、アウラ……それで、姉さん……今の話は本当?」

「ええ、魔王軍のレイズなる人物……まだこの神殿に潜んでいるわ……! 奴の狙いは一体……?」

「アーティファクト……」

「まさか……此処に例の“遺物”が眠っていると言うの!?」

「あーてぃふぁくと? 何なのだ、それは?」



 以前、【死の商人】を追い詰めた際、あの死神は【逆光時間神殿ヴェニ・クラス】にアーティファクトが眠っていると漏らしていた。


 そして、キーラ=バンデッドは魔王グラトニスがアーティファクトを求めていると言っていた。つまり、レイズの目的はこの神殿にあるアーティファクトの捜索。



「アウラ、この神殿の迷宮ダンジョンについて教えて欲しい」

「あー……えっと、まだあたしもここに来て2日目だから……詳しい事はよく分からないのだけど……」

「知っている範囲で良い……俺はレイズを追う! なんとしてでも、みんなを助けなきゃ……!!」

「…………分かったのだ――――では、この神殿の迷宮ダンジョンについて教えるのだ……!」



 魔王軍のアーティファクト奪取だっしゅの阻止、ゾンビ化しつつあるノアたちの救助――――それを目指す俺の熱意に圧されたのか、アウラは意を決したようにこの神殿の秘密を語りだした。


 逆光時間神殿【ヴェニ・クラス】――――いつから其処に建っていたかも分からない太古の昔からある白亜の神殿にして、“世界七大迷宮”と謳われれる大規模な迷宮ダンジョン


 神殿内にある入口から地下区画に入ればそこは魔物モンスターが巣食う死の領域。ギルドランク“A”以上で無ければ守り人である【巫女】による探索許可が下りない程の危険地帯。


 侵入者を阻むトラップ、何かを守るように配備された機械の兵隊、そして最深部にあると噂される巨大なふね遺構いこう――――女神アーカーシャがエルフの里から代々、最も才能のある稀代の天才を【巫女】として選出し番人をさせる程の場所。



「それが、この逆光時間神殿【ヴェニ・クラス】なのだ……! つまり、あたしは女神アーカーシャ様に選ばれた天才なのだーーッ♪」

『そんな才ある少女にこの仕打ちか……女神アーカーシャ……!』

「【シャルルマーニュ】……? どうしたんだ、急に……?」

『いえ……なんでもありません、ご主人様……』



 自身の知りうる知識をひけらかせ得意気な顔をするアウラと、珍しくいきどおりを見せる【破邪の聖剣(シャルルマーニュ)】――――どうやら、()()()()()()()()()()気配がするが、それを考えている暇は今は無さそうだ。



「俺は迷宮ダンジョンへと向かう! 中に居るレイズをとっちめて、ノアたちを元に戻してあげないと……!」

「わ、私も行く! 元はと言えば私がラムダを誘ったのが原因なんだ……ちゃんと償いはしないと……!」

「姉さん……でも、姉さんもゾンビ化の進行が……」

「行くの! お願い、一緒にいさせて……! お腹膨れるまで聖水飲んでいくから!」

「お腹膨れるまで飲まないで、普通に携帯しなよ……」

「でも手持ちは“胃薬”でいっぱいだから……」

「アインス兄さんぇ……」

「あー、ラムダお兄ちゃん……この人、多分一度言い始めたら梃子てこでも動かないタイプの人なのだ……諦めるのだ……」

「知ってるのだ……」



 俺の手を掴んで放そうとしないツヴァイ姉さん――――どうやら、意志は固いらしい。



「ダ……御主人様ダーリン……うちも行くぅ〜」

「リリィ……平気なのか!?」

「まぁ……一応、“魔人種”だから多少は耐性があるみたい……あとうち、聖水飲んだらダメージ負うから飲めないし……」

「あー……」

「それと……わたくしも居ますわよ! ふふふ……このわたくし、こう見えても【聖なる加護】のスキルでゾンビ化なら遅延まで持ち込めるので何とか耐えれています……オェーー苦しい!!」

「コラーーッ!! 神聖な神殿で吐くなーーなのだッ!!」

「レティシア……王女がはしたない……」



 そして、俺に協力するように現れたのはリリィとレティシアのふたり――――どうやらふたりはまだ動けるらしい。


 あとのノア、オリビア、コレット、ミリアリアは既に歩くことさえ困難になっている……急がないと、第二師団と俺たちが持ち込んだ聖水とアウラの結界が残っている内に手を打たなければ。



「まさか……あなたと共闘する事になるなんて……リリエット=ルージュ……!!」

「あら、私もよツヴァイ=エンシェント……! まぁ、御主人様ダーリンの護衛は私に任せて、脳筋の貴女は齷齪あくせくと働くことね……!」

「どさくさに紛れて私の大事なラムダを誘惑したら許さないから!」

「ふたりとも、事態は一刻も争います! 喧嘩するならお手洗いでゲロってるノアとオリビアとコレットとミリアリアの世話をさせますよ?」

「「すみません……仲良くします~」」

「王女のカリスマ……すげぇ効き目だな……」



 かくして……俺、ツヴァイ姉さん、リリィ、レティシアの4人はアウラの許可の元、【逆光時間神殿ヴェニ・クラス】に隠された迷宮ダンジョンへと突入する。


 向かう先は時間が“逆行”する迷宮――――そこに待つのは、希望か、絶望か。

【この作品を読んでいただいた読者様へ】


ご覧いただきありがとうございます。


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