第906話:神の証明
「ここが俺たちの軟禁……泊まる部屋か」
「巡礼に来た信徒用の宿泊施設ですね」
――――デア・ウテルス大聖堂第一階層、巡礼者用宿泊部屋。アーカーシャ教団とラストアーク騎士団との会談から一時間後、俺とノアは大聖堂内に在る宿泊部屋に居た。
三日後の『審判の日』まで俺とノアだけは大聖堂から出ることができない。逆に、残りのラストアーク騎士団のメンバーは殆どは戦艦ラストアークへと帰還を命じられてしまった。
「あっ、弊機は居ますよ、マスター」
「あと何人かも大聖堂に留まっているみたいですね」
大聖堂に残っているラストアーク騎士団は、俺たちに同行してきたジブリール、そして数名のメンバーだけらしい。グラトニスたち魔族グループは強制的に退去させられていた。
「さて……で、これからどうするつもりです、我が王よ? 三日後に私と貴女は神の名の下に裁かれようとしている訳ですが……?」
「う〜ん……どうしよう……??」
「おいおい……まさか勢いだけで女神アーカーシャを告発した訳じゃないよな? 言っとくけど、三日後の裁判で有罪になったら俺もノアも絶対に極刑だぞ」
三日後、デア・ウテルス大聖堂で俺とノア、そして女神アーカーシャの裁判が行なわれる。そこで俺とノアは世界に混乱を招いた“罪”を裁かれる事になる。
「ラムダさんの懸念通り……裁判になれば私たちは確実に有罪で極刑でしょう。仮にアートマンさんが完全な“中立”だったとしても、この『世界』が女神アーカーシャの治める世界である限り私たちの犯した“罪”は覆らないでしょう……」
「マスター……あの世でもお元気で」
「弁護しろやテメー」
「私たちの“罪”を覆すには……女神アーカーシャの“無謬”を崩すほかにありません。アーカーシャの告発は私とラムダさんが生き残る最後の手段です」
残された希望は、ノアによって実行された『女神アーカーシャ』の告発だけだ。ノアはどうやら女神アーカーシャの“無謬”を崩そうとしているらしい。
「そもそも、“無謬”ってのはどう言う意味だ……?」
「無謬とは……『誤りがないこと』の意です。女神アーカーシャのみならず古代文明に於いても、宗教の数だけ存在した『神』には“無謬性”がありました……」
「えっと、つまり……神は間違わないって事か?」
「その通り……『神』は間違えない、その意思や啓示は常に正しい。これがあらゆる宗教の根底に存在する『神の無謬性』です」
「神は間違えない……」
「以前、王都シェルス・ポエナで顕現した女神アーカーシャに『貴方は【ゴミ漁り】で間違いない』と宣告された時、ラムダさんはそれを事実として無意識に受け入れましたね? 分かりやすく言えば、当時のラムダさんには女神アーカーシャを疑うという意識が存在しなかった……これが『神の無謬性』の持つ力です」
「確かに……俺は宣告を疑わなかった……」
「女神アーカーシャの言葉は全て正しい、女神アーカーシャの啓示を実行する事は絶対の“正義”である……それがたとえ大勢の生命を奪う虐殺であっても、女神アーカーシャの啓示は一切の例外なく“正義”だとアーカーシャ教団は解釈するのです」
ノア曰く、女神アーカーシャを含む全ての『神』は“絶対に誤らない”“常に正しく正義”という性質を前提として備えているらしい。
「では……女神アーカーシャが裁判によって“有罪”を言い渡されたらどうなると思いますか、ラムダさん?」
「それは……神が間違えた事になる……?」
「そう……女神アーカーシャが有罪を言い渡されれば、その瞬間に女神アーカーシャの有する“無謬性”は崩壊する。そうなれば……アーカーシャ教団がこれまで『神』の名の下に行なった“正義”は全てが前提から崩れる事になる……」
「と言うことは……??」
「アーカーシャ教団の存在そのものが、大規模な『ペテン師』に変わります。そうなれば、アーカーシャ教団は絶対の“正義”ではなくなり、教団そのものが土台から崩壊するでしょう」
「そんな事が……」
「当然、女神アーカーシャを有罪にするのは困難を極めるでしょう。それに……女神アーカーシャを有罪にすればアーカーシャ教団は崩壊する。そうなれば世界は大混乱に包まれるでしょう……確実に」
ノアはどうやら女神アーカーシャから『神の無謬性』を剥ぎ取るつもりらしい。そうなれば、アーカーシャ教団の行ないは絶対の正義ではなくなる。
ラストアーク騎士団との『方舟大戦』にも大きな波紋をもたらす事になるだろう。それをノアは狙っているらしい。
「これは私たちを無罪にする行為ではありまえん……あくまでも女神アーカーシャを巻き添えにして共倒れを狙う作戦です。私たちは三日後の裁判でさらなる罪を背負うでしょう。それでも、私に生命を預けてくれますか……我が騎士よ」
「すでに我が生命は貴女に捧げています……」
「決まりですね……では、私たちは女神アーカーシャの“無謬性”を崩します。具体的に言えば……私たちは裁判で女神アーカーシャが示した啓示に含まれる“悪意”を証明します」
「女神アーカーシャの悪意……!」
「王都シェルス・ポエナの粛清にしろ、トリニティさんに命じたエルフ族の虐殺にしろ……そこに何かしらの悪意が含まれていれば、女神アーカーシャの“無謬性”は崩れます。なにせ悪意が証明されれば……『神』が意図して悪を成したとハッキリするのですから」
「じゃあ、俺たちが三日間にするのは……」
「はい、私たちは女神アーカーシャの“悪意”を裁きの場で証明します。彼女は私が設計した『AI』ですが……高度な感情を“回路”として搭載しています。必ずや“悪意”を隠し持っている筈です。私はあの子に“悪意”も組み込んだのですから……あくまでも反面教師としてですけどね」
俺たちが三日後の審判で勝つには、女神アーカーシャが教団に示した啓示に含まれる“悪意”を証明する必要がある。
そうすれば、女神アーカーシャの『神の無謬性』は剥がれ落ち、アーカーシャ教団は“絶対の正義”という御旗を失う。しかし、その証明は困難を極めるものになるだろう。
「私とジブリールは三日後の裁判で使う“手札”を整えます。ラムダさんはその間に……アーカーシャ教団に接触して証言集めを。それと私たちを弁護する弁護人を探して下さい」
「イエス、ユア・マジェスティ!」
「弁護人には……そうですね。アーカーシャ教団への影響力を持った……教団の関係者が望ましいですね。ラムダさんの心当たりのある人物で構いません。女神アーカーシャを糾弾する検察は私が担います」
「ああ、分かった」
「それと……できればアートマンさんの真意や保有する術式も探って下さい、女神アーカーシャとの裁判と並行して対策を講じます。あの人はおそらくは……審判の日の後に争うことになるでしょう」
ノアはジブリールと共に女神アーカーシャとの裁判、そして対アートマンの対策を講じる。
俺の役目は大聖堂内で女神アーカーシャの情報を集め、同時にアートマンの“真意”を明かすことにあった。同時に俺たちを弁護する者を選定しなければならない。
「勝ちますよ、我が騎士よ……今こそ償いの時。私はこの手で……女神アーカーシャを討ちます。もう、この世界には偽りの『神』は不要です」
「……それが、我が王の望みとあらば!」
窓辺に立ったノアの前に膝をついて跪き、俺は三日後に来たる『審判の日』への決意を固める。女神アーカーシャを『神』の座から引きずり下ろす世紀の一戦が、いま静かに幕を上げようとしていたのだった。
 




