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【第四部】忘れじのデウス・エクス・マキナ 〜外れ職業【ゴミ漁り】と外れスキル【ゴミ拾い】のせいで追放された名門貴族の少年、古代超文明のアーティファクト(ゴミ)を拾い最強の存在へと覚醒する〜  作者: アパッチ
第十七章:神が生まれ落ちる日

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ヘキサグラムの記憶㉓:唇は重なり、罪も重なり


「――――で、俺は父さんの顔面に一発パンチをぶち込んでやったのさ! もちろん右手じゃないぜ、アーティファクトの左手の方でだ!」


「キャハハハ、なにそれウケる〜! アハハ!」


「それで俺はエンシェント領を飛び出して冒険に出たんだ……って、もう夕方だ……! 思ったよりも話し込んじゃったな……」



 ――――あたしはラムダ卿と日が暮れるまで話し込んでいた。ふと窓の外を見れば景色はすっかり暗くなり、王都の市街地には家々の灯りや魔石を用いた街灯が灯り始めていた。


 それに気が付いたラムダ卿は少し慌てていた。


 色々な事をあたしたちは語り合った。生まれ故郷の事、家族の事、趣味や特技、ここに至るまでの冒険の数々、あたしの騎士団時代の活躍、本当に語り合った。



(こんなに笑ったの久々だな……)



 ラムダ卿と思い出を共有するのは嬉しかった。あたしの一部が彼に流れていくのが嬉しかった。久々に本気で笑えた気がする、ママの話をしたのは四年ぶりぐらいだった。


 けど、あたしが語ったのは“綺麗な思い出”だけ。

 あたしが味わった“苦い思い出”は語っていない。


 あたしの『汚れている部分』を曝け出すのは怖かった。だから景気の良い話だけした、ラムダ卿に卑しい女だって思われたくなかったから。



「そろそろ帰らないと……」

「えっ……もう行くの?」


「明日、フレイムヘイズ卿にサン・シルヴァーエ大森林で起こった出来事の報告書を提出しないといけないんだ。だから報告書の残りを作ってしまわないと……」


「そんなの明後日でも良いでしょ、どうせ口頭では報告してるんだし。あたしいつも報告書なんて遅れて出してるけど、フレイムヘイズ卿は文句なんて言わないわよ……」


「そう言う訳には……」


「はっ、ラムダ卿はまだまだ“真面目”が抜けてないわね〜。手ぇ抜ける所は手ぇ抜いとかないと、何もかも真面目にやるとキツイわよ。フレイムヘイズ卿には『報告書の提出待ってください』って言っとけば良いのよ」


「え、ええ〜……そう言うのはちょっと……」



 今だってそうだ、帰ろうとするラムダ卿を呼び止めたいくせに、先輩風を吹かせて『つよい女』を装いながら引き止めている。それで困るのはラムダ卿なのに。


 けど、それでもあたしはラムダ卿に居て欲しい。

 もう少しだけ彼を独占していたい。


 このままラムダを家に返せば、彼はまたキラキラとした『美しい世界』に行ってしまう。あたしの居る『醜い世界』から去って行ってしまうような気がして不安に駆られてしまった。



「屋敷でコレットが今ごろ夕飯を用意してくれている筈だし、ノアに身体のメンテナンスもしてもらわないと……それに、これ以上はオリビアにも怒られちゃう」


「そっか……そうだよね」


「大丈夫ですよ、明日報告書を提出したらまた来ます。あぁそうだ、明日は何か元気がでる料理を作って持ってきますね」



 ラムダ卿の周りにはキラキラとした女の子たちがたくさん居る。彼がこれまでの人生の中で、ここまでの旅の中で救ってきたヒロインたちだ。皆、ラムダ卿を慕っている。


 みんな、あたしと違って綺麗だ。

 あたしよりもラムダ卿に相応しい。


 家に帰れば、ラムダ卿は彼女たちと“愛”を深め合うのだろう。その間、あたしは一人孤独に“悪夢”に苛まないといけない。そう思うと胸がチクリと痛んだ。



「じゃあ、俺そろそろ行きますね……」

「あっ…………」

「食器は洗っていきます。ルチア卿の分もね」



 ラムダ卿からテーブルに手をついて椅子から立ち上がり、テーブルに広げた食器を洗うために台所へと持っていった。あたしをそれを見てるしか出来なかった。


 つい、ラムダ卿を呼び止めようとしてしまった。

 彼にもっと居て欲しいと思ってしまった。


 けど、これ以上ラムダ卿を引き止めれば、それは夜を共にする事になってしまう。それなれば、彼が守っている“男女の一線”を越えかねないかも知れない。だから引き止めてはいけないのだろう。



「…………ッ」



 けど、ここでラムダ卿を返せば、あたしは一生チャンスを棒に振ってしまうかも知れない。そんな漠然とした不安にあたしは襲われてしまった。


 ラムダ卿以上の男にあたしはきっと逢えない。

 仮に逢えたとして、それはいつなのだろうか。


 あたしの心的外傷トラウマの源泉になっていた悪党を倒し、あたしにこんなにも優しく手を差し伸べてくれる男性ひとを、あたしはこのまま黙って見送ってしまうのだろうか。



「ルチア卿……顔色が悪いですよ、大丈夫ですか? やっぱまだ戦いの傷が痛むのですか?」


「う、ううん……大丈夫。平気だから……」


「そうですか……一応、明日来る時に屋敷に置いてある回復薬とかも持って来ますね。それじゃあ俺はこれで……洗った食器は乾かしていますから」



 食器を洗い終わったラムダ卿があたしに軽く挨拶をして、きびすを返して玄関へと歩き始めた。このままだとラムダ卿があたしの前から消えてしまう。


 もっと一緒に居たい、もっと一緒に居たい。

 愛して欲しい、あたしを愛して欲しい。


 あたしはラムダ卿に手を伸ばしていた。ラムダ卿という『光』をあたしは求めていた。もし、このまま彼を見送れば、あたしは一生救われない。



「ラムダ卿……待って! お願い、行かないで……」

「ルチア卿……!? どうしたんですか……」



 気が付けば、あたしはラムダ卿に後ろから抱きついていた。ラムダ卿を引き止めたくて、あたしを見て欲しくて、あたしにほんの少しでも良いから“愛”を分けて貰いたくて。



「お願い……一緒に居て。一人で居るのは淋しいの……一人で眠ると悪夢を観てしまうの。だから、我が儘なのは分かってるけど、一緒に居て欲しいの……」


「それは……駄目だよ」


「ラムダ卿……助けてくれたお礼、あたしにさせて。あたしの事……抱いて欲しいの。あたしには身体これしか返せるものがないの……だから、せめてラムダ卿に気持ちよくなって欲しいの」



 あたしには“身体”しか取り柄がない。ラムダ卿を取り巻く素敵な女の子たちのような武器はない、あたしにあるのは男たちに仕込まれた“男を悦ばすすべ”だけだ。


 あたしはどう足掻いても罪深い娼婦だった。

 あたしは身体でラムダ卿を誘惑してしまった。


 ラムダ卿の背中に胸を押し付けて、彼の脚に自分の脚を擦り付けている。あたしは自分の“女”を武器にして、ラムダ卿を繋ぎ止めようとした。浅はかで、なんとも卑しい行為なのだろうか。



「ルチア卿……やめてください。俺は……見返りが欲しくてあなたを助けた訳じゃない。そんな安易に自分を売らないでください……困ります」


「…………」


「そんな事をしなくても……俺はルチア卿の事は好きですよ。だから……こんな事をしなくても良いんですよ。俺はあなたに見返りなんて求めない……」



 ラムダ卿が少し困ったような声色であたしを制止した。彼はあたしを思いやってくれている、“男女の一線”をしっかりと守ろうとしてくれている。


 けど、その“正しさ”ではあたしは救われない。

 身も心も汚れたあたしは正しくは生きられない。


 もう、あたしの身体も心も綺麗にはならない。だから、あたしは汚れたまま生きるしかない、汚れたあたしをラムダ卿に捧げるしか出来ない。



「本気じゃなくて良いの、ただの遊びの関係で良いの。それでも、お願い……あたしを愛して欲しいの。あたしを無茶苦茶にして……愛して欲しいの」


「ルチア卿……」


「ごめんなさい……あたしは女を売るしか、あなたを悦ばせる事しか……返せるものが無いの。だからお願い……あたしを見捨てないで」



 ラムダ卿に婚約者が居るって分かっていながら、あたしはラムダ卿をたぶらかす。だって、あたしは男を悦ばす“愛玩人形”で、男を誘惑する“魔女”なのだから。


 きっとその生き方は変えられない。

 その生き方が“魂”に刻み付いてしまった。


 あたしは他の女から男を寝取るどうしようもないクズだ。だから、あたしは綺麗事では救われないし、綺麗事では報われない。



 だからラムダ卿、お願いだから――――


「お願い、ラムダ卿……あたしを拒絶しないで」


 ――――あたしを拒絶しないでください。



 震える声で、涙を流しながら、あたしはラムダの背中に顔をうずめた。ラムダ卿は何かを言おうとして声を詰まらせて、少しだけ拳を強く握って何かを悩んでいた。


 その一線を踏み越えるか否か。

 きっとラムダ卿は迷っている。


 ラムダ卿は“誠実”な答えを出そうとしている。だけど、その“誠実”ではあたしは救えない。あたしが欲しいのは身を焦がすような“情動”なのだから。



 そして、ラムダ卿は静かに答えを出した――――


「ルチア卿……それが、あなたが望む事なら……」

「ラムダ卿、お願い……一人にしないで……」


 ――――あたしの唇に自分の唇を重ねて。



 振り向いたラムダ卿はあたしを受け入れてくれた。少しだけ悲しそうな眼であたしを見つめて、あたしの唇に貪るように自分の唇を重ねて、あたしの衣服になれない手付きで手を掛けていく。


 あたしはラムダ卿を誘惑してしまった。

 ラムダ卿はあたしに誠心誠意応えようとした。


 あたしはきっと選択を間違えた、本当はこんな事をしてはいけなかった。あたしはラムダ卿の“誠実さ”を踏み躙ってしまった。ただ、自分が『愛されている』という安堵が欲しくて。



「ルチア卿、俺は……あなたを護りたい」

「ラムダ卿、なら……あたしを抱いて……」



 その夜、あたしたちはベッドの上で身体を一つにして愛し合った。ラムダ卿の華奢ながら逞しい身体に抱かれて、あたしは『愛されている』という安心感を得た。


 あたしは卑しい、『醜い世界』の住人だ。

 ラムダ卿という『光』を求めてしまった。


 その日、罪深いあたしに“罪”が一つ積み重なった。あたしは清く正しい騎士を身体で誘惑しました、あたしは身体でラムダ卿を籠絡しようとした罪深い娼婦です……どうか、あたしをお赦しください。

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