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【第四部】忘れじのデウス・エクス・マキナ 〜外れ職業【ゴミ漁り】と外れスキル【ゴミ拾い】のせいで追放された名門貴族の少年、古代超文明のアーティファクト(ゴミ)を拾い最強の存在へと覚醒する〜  作者: アパッチ
第十七章:神が生まれ落ちる日

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ヘキサグラムの記憶⑳:孤独な世界で“愛”を求めて


「おや……儂の図書館に何か用かの、ヘキサグラム卿?」

「過去の事件の調査書を調べたいだけよ、詮索すんな」



 ――――冒険者ライセンスを剥奪されてから数ヶ月後、あたしは王立ダモクレス騎士団の団長として勧誘スカウトされた。酒場で絡んできた魔術師の男を決闘で返り討ちにしたら、どうやらそいつが王立ダモクレス騎士団の団長だったらしい。

 あたしの事を嗅ぎ付けた胡散臭い商人訛りの女ドワーフに誘われてあたしは第六師団の団長に就任した。前任者の失態を隠蔽、より相応しい人材を獲得したと公表する思惑があったのだろう。



(あたしの事をプロパガンダの道具にしやがって……気に食わない。けど、おかげで王立騎士団が過去に調査した事件の目録が閲覧できる……あたしを利用したんだ、あたしも利用してやる……)



 叙任式アコレードや部隊編成など、諸々面倒な手続きを終えてようやく落ち着ける状況になったあたしは()()()()に赴いた。

 第五師団長レーゼ=サンクチュアリが管理する王城内の記録保管庫だ。そこには王立ダモクレス騎士団が関わった事件の調査書が全て保管されている。王立騎士団でも団長や副官クラスでないと閲覧できない文書だ。



(お目当てのぶつは…………あった! 『ライル=マリーチア子爵暗殺事件』……あたしが殺したあのブタ野郎に関する調査書……)



 本棚に保管された無数の調査書の中から、あたしは一冊の調査書を取り出した。あたしが最初に犯した殺人の被害者、あたしを“愛玩人形”として犯していた加害者の“死”に纏わる記憶だ。



(どれどれ、えーっと……元老院貴族だったライル=マリーチア子爵、及び屋敷で働いていた全ての人間が殺害される事件が発生。犯人は寝室に居たマリーチア子爵を刺殺した後、使用人を殺して事件発覚までの隠蔽工作をしたものと思われる……)



 あたしはあの貴族を殺した後、屋敷内に居た使用人を全員殺した。使用人どもは寝室で飼われていたあたしを知っている、だから殺した。

 そうしないとあたしが貴族を殺した事がバレてしまうからだ。あたしは悪くない、奴隷だったあたしを見捨てた連中が悪い。



(幾つかの金品が奪われた形跡があり、マリーチア子爵には無数の刺し傷があった事から、犯人は子爵に強い怨みを持つ者の犯行であると考えられるが、現状では犯人の特定には至っていない。備考:マリーチア子爵の寝室にはペットが飼われていた形跡があるが、そのペットが行方不明になっている。ドックフードが檻の中に置かれていた事からペットは犬だと思われる……はっ、ペットの“犬”ねぇ……)



 調査書には『ルチア=ヘキサグラム』に関する記述は無かった。その為に目撃者を消して、あたしの売買に関わる記録を焼き払ったのだから当然と言えば当然だろう。



(ふっ、ふふふっ……ザマァ見ろ、あたしは無罪だ! あたしは正しい事をしたんだ……奴隷を買って、あたしを散々に陵辱レイプした悪党なんざ殺されて当然なのよ! 地獄で詫び続けろ、このザーコ!!)



 今のところ、王立騎士団は『あたし』は追い掛けていない。それに、この事件を調査していたのはあたしの前任、すでに騎士団から追い出された人物だ。


 そうなれば、事件はあたしに引き継がれる。

 隠蔽なんか幾らでもできる。


 散々に辱められたのに、あたしが殺人犯として捕まるなんてまっぴらごめん。あたしは奴隷売買に関与した悪党を一人この世から排除した、これは賞賛される正義の筈だと、あたしは自分に言い聞かせていた。



『ルチア、お前の役目は私を悦ばす事だ……』



 だけど、あの日の出来事はあたしを蝕む“悪夢”なのは変わらない。調査書をある程度読み進めた時、あたしの脳裏にあの貴族の姿がフラッシュバックした。



「ああ、またかよクソ……うぅ、うぅぅ……!!」



 調査書をその場に落として、あたしは後ろの本棚にもたれ掛かるようによろけてしまった。

 時折、あたしは過去の出来事、母親の“死”や奴隷としての体験が脳裏に蘇ってくる。あたしの掛かり付けの医者は重度の『心的外傷後ストレス障害』の後遺症だと診断した。



「薬……あれを飲まないと……うぅ、早く消えろ……」



 懐から取り出した錠剤を水も飲まずに口へと放り込む。あたしは鎮静剤がないと平常心が保てないほどにボロボロだった。

 錠剤を飲み込んで、あたしは気分が落ち着くのを待った。頭の中が真っ白になって、嫌な思い出が全部真っ白に塗り潰されるのを待った。



「チッ……保身の為とは言え、こんな調査書なんか見るんじゃなかったわ。大丈夫、あたしは悪くない……本当に悪い奴はあたしが殺したんだ。だから大丈夫……」



 少し乱れた息を整えながら、あたしは調査書を本棚に戻した。大丈夫、あたしが殺人に手を染めた事はバレていない、あたしはこの先も王立騎士団の団長として働ける。


 あたしの居場所はもう奪われない。

 あたしはもう誰からも搾取されない。


 それを確信して、あたしは保管庫から立ち去ろうと歩き出した。あたしの『過去』はもう抹消された、あたしは『未来』に生きるんだと強く思っていた。



「保管庫で何をしているのかしら、ヘキサグラム卿?」

「…………あたしに何の用、トリニティ卿?」



 だけど、保管庫から立ち去ろうとしたあたしをエルフの女騎士が呼び止めた。トトリ=トリニティ卿、第三師団を率いる団長だ。


 あたしはこの女が嫌いだった。

 あたしを憐れんだ目で見てくるから。


 死角になる位置に隠れてあたしの様子を伺っていたのだろう。あたしは手にしていた錠剤をバレないようにふところに隠して、トリニティを睨みつけた。



「ヘキサグラム卿……あなた昨日、わたしの部下の家で寝泊まりしたそうね。わたしの部下に何の用事があったの?」


「はっ……家ん中で男女が二人っきりなら、スる事なんて一つしかないでしょ? それが何か?」


「その部下から今朝、第六師団……あなたの所への転属願が出されたわ。困るのよ、わたしが手塩に掛けて育てた部下を奪われちゃ……」


「なら……あんたも股を開いて男を繋ぎ止めたら良いでしょ。いちいちあたしの交友関係に口を挟むなよ……テメェはあたしの母ちゃんかっての!」



 トリニティはあたしが彼女の部下と身体の関係を持っている事を突き止め、あたしを詰問している。どうやらあたしと関係を持った彼女の部下が、あたしの率いる第六師団に転属願を出しているようだ。



「それだけじゃないわ……ヘキサグラム卿、あなたは毎晩、いろんな男の家に泊まりに行って自宅にもろくに帰っていないそうじゃない。もう騎士団内で噂になっているわよ……あなたは色んな男に身体を差し出す尻軽だって」


「うるせぇな……そんなのあたしに勝手だろ!」


「わたしはあなたの為を思って言っているのよ! このままだとあなたは男に良いように搾取される立場になってしまう……そうなったら悲惨よ! 今さら手遅れかも知れないけど……貞操は大事に守りなさい!」



 トリニティはあたしの男癖の悪さを叱責している。だけど仕方がない、あたしは“愛”が欲しい、だから男に抱かれたい。抱かれて、求められて、“愛されている”って感じたい。

 それに、あたしは男性の腕に包まれていないと安心して眠れない。一人で寝るとどうしての『過去』の記憶を悪夢として観てしまう。だから、あたしが男性に抱かれるのは仕方がない事なんだ。



「うっさいわねぇ! あんたにあたしの何が分かるってのよ!! 何が『貞操は大事に守りなさい』よだ! そんな古くせぇ考えしてっからテメェは行き遅れなんだよ、ババァ!!」


「ヘキサグラム卿……あなたは……!!」


「そんなくだらねぇモラルの話してる暇があんのならさぁ……【死の商人】でも捕まえてきたらどう? いまだにあの仲立人ブローカーすら捕らえられない無能共がよぉ!!」



 あたしはトリニティを相手にヒステリーを起こしていた。だって、あたしが()()()()()()()()()()全部あんた達が無能なのが悪いのだから。

 “嫉妬の魔王”に襲撃された時に助けてくれたら、奴隷として売られる前に助けてくれたら、あたしの精神が壊される前に助けてくれたら、あたしはこんな事にはならなかった。あたしは被害者だ。



「わたしはあなたが心配で……きゃあ!?」

「うるさい……うるさい、うるさい、うるさい!!」



 激情を抑えきれず、あたしはトリニティを吹き飛ばしてしまった。真後ろに在った本棚に背中を打ち付けてトリニティがよろけ、そしてあたしを()()()()()()()()見つめてきた。



「テメェのお説教なんて今さらいらねぇんだよ! あたしに関わんな、さもなきゃ今すぐに殺してやる!!」


「やめなさい……ヘキサグラム卿……」


「どう生きようとあたしの勝手、誰に抱かれようがあたしの勝手……これはあたしの人生なのよ!! いちいち、あたしの人生に入ってないでよォォ!!」



 気が付いた時、あたしは右腕に魔力を集束させてトリニティを攻撃しようとしていた。自分で自分を制御できない、怒りで我を忘れて、あたしは激情を吐き出しながらトリニティを攻撃しようとした。



 だけど、そんなあたしの手は掴まれて――――


「おおっと……それ以上はいけないよ、ヘキサグラム卿」

「――――ッ!? ア、アインス卿……」


 ――――あたしはそこで漸く我に返った。



 振り返ると、そこにはあたしの右腕を掴む金髪碧眼の青年騎士がやるせない表情をして立っていた。アインス=エンシェント、第一師団を率いる団長だ。



「ここは神聖な王城内だ、刃傷沙汰は控えなさい。それに……トリニティ卿は同じ円卓を囲う同志だ。それ以上の行為は処罰の対象になるよ、ヘキサグラム卿」


「…………チッ」


「そうだ、良い子だね……そのまま腕を下ろして魔力を収めなさい。さぁ、トリニティ卿……大丈夫ですか?」



 あたしはこの優男が嫌いだ。せっかく付き合ってやるって言ったのに、アインスは『私には君の想いを受け止めきれそうにない』って言って振りやがった。だから気に食わない。



「なんなの……どいつもこいつも、あたしを悪者扱いしやがって! あたしが誰と付き合おうが、誰と関係を持とうがあたしの勝手じゃない! あたしの両親でもない癖に……あたしに干渉しないでよ!!」


「ヘキサグラム卿、トリニティ卿はそんなつもりでは……」


「うるさい、うるさい、うるさーーいッ!! あたしを振った薄情者の言うことなんて聞くもんか!! 嫌い、嫌い、あんた達なんて大っ嫌い!! あたしに関わんな、あたしを憐れんだ目で見んな!! 鬱陶しいのよ……この偽善者どもォォ!!」



 あたしを憐れんだ目で見つめるアインスとトリニティにありったけの悪態をついて、あたしは保管庫から飛び出した。あたしがこうなったのはお前達のせいなのに、あたしが責められるのが耐えられなかった。


 あたしは王立騎士団でも鼻つまみ者だった。

 みんながあたしを厄介者だと扱ってくる。


 あたしはただ“愛”が欲しいだけなのに、あたしはただ大事にされたいだけなのに。どうして『世界』はあたしにこんな酷い仕打ちをするのか、どうして女神アーカーシャは苦しむあたしを助けてくれないのか。



「うぅ、うぅぅ……ゔぅぅ、ゔぅぅぅぅ……!!」



 誰も居ない物置きに隠れて、あたしは一人孤独に啜り泣いた。いつまであたしは耐えれば良いの、あたしはいつまで苦しめば良いの、誰に問うても答えは返ってこなかった。


 

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