ヘキサグラムの記憶⑰:命の価値、人生の値段
「クフフッ、ようこそ“快楽園”へ、マリーチア子爵殿」
「おお、これはこれは【死の商人】殿……!」
――――ママが死んでから一週間後、あたしは“享楽の都”アモーレムの一画に在る闇市場で『商品』として売りに出された。
動物が入れられるような檻に入れられて、あたしは訪れた顧客たちの見世物にされていた。衣服の着用は許されていない、肌に着ける事を許されたのは鎖に繋がった首輪のみだった。
「…………」
闇市場に非合法な商品を買いに来たであろう恰幅の良い貴族達が“檻”に入れられたあたしを値踏みするように見ている。髪の質、肌のはり、顔の造形、容姿の美しさ、乳房の大きさ、性器の形、全てが査定の対象だった。
私欲に塗れた大人達の醜悪な視線があたしを陵辱するように突き刺さり、それがあまりにも不快であたしは“檻”の隅っこで膝を抱えて蹲っていた。
「これは……ほほう、珍しい……エルフの出品か!」
「ええ、その通り……流石はマリーチア子爵、お目が高い! この娘は人間との混血ではありますが、珍しいエルフ種の奴隷でして……ちょいとそこら辺で拾いましてねぇ……」
「エルフ種の大半は森に籠もってますからなぁ!」
あたしを捕らえた【死の商人】が顧客の一人であるブクブクに太った中年貴族と談笑している。どうやら男はあたしに関心を示しているらしい。
【死の商人】はあたしを『そこら辺』で拾ったと言った。あたしが過ごした教会を『そこら辺』と言った、あたしの大事な居場所は彼女にとっては無価値な場所だった。
「【死の商人】殿、この奴隷の用途は?」
「ええ、せっかくのエルフの女、容姿も端麗ですし、まだ年齢も若いときた……ので、こちら“愛玩”用に出品しております。あっ、念の為にお伝えしますが……まだ生娘です」
「ほう……まだ手付かずの“新品”か……」
「ええ、その通り……胸と腹部に“隷属の印”を刻んでいますので、“飼い主”には従順ですよぉ。クフフッ……どうですか、子爵殿のお眼鏡に叶うかと」
「ふぅむ……それはなんとも唆る話だ……」
男が舌なめずりをしながらあたしを凝視している。完全に獲物に狙いを定めた“捕食者”の目だった。あたしはその目があまりにも怖くて震えてしまった。
あたしは“愛玩”の為の『商品』、早い話が性奴隷だった。だから、誰かに買われればどんな末路を辿るかは容易に想像できた。あたしの“女”が好きでもない誰かに金で買われてしまうのが恐ろしかった。
「檻の隅っこで蹲っていてはよく観察ができんな……【死の商人】殿、商品をよく見たい。アレを檻の前まで越させて貰えますかな?」
「ええ、もちろんですとも……さぁ、来なさい」
「――――ッ!? うっ、痛い……やめて……」
「お客様がお前をよく見たいと仰っています。檻の前に来てお客様に顔と身体を見せなさい。お前の価値をお客様に示しなさい」
怖くて蹲ろうとした瞬間、【死の商人】が指を鳴らした。同時に、あたしを捕らえた首輪に施された仕掛けが作動して首に激痛が走った。息が出来なくなるような、首を絞められるような苦痛だ。
「ひぅ……うぅ、うぅぅ……」
(誰が泣いて良いと言いましたか? あなたは“愛玩人形”ですよ……さぁ、お客様に媚びた笑顔を見せなさい。媚びた姿勢でお客様にアピールなさい。さもないと首輪をもっと痛くしますよ?)
「ひっ……嫌、それは嫌……」
脳内に【死の商人】の声が響く。顧客に媚びた仕草をしなければ首輪をさらに絞めると。言うことを聞かなければ、また苦痛を味わう。
「うぅ……え、えへへ……あたしを買って下さい……」
言われるがまま、あたしは媚びた仕草をして男に愛想を振りまいた。両手を後頭部に回して、大きく股を開いて中腰になって、自分の全てを男に曝した。
媚びるように蕩けさせた笑顔を、丸出しになった乳房や性器を男がジロジロと見ている。羞恥で今すぐに死にたくなった……けれど、あたしにはもう『死ぬ自由』すら許されてはいない。
「クフフッ……如何ですか、この『商品』は? エルフ種は長寿かつ若い容姿が長い……混血と言えどその性質は変わらない。資産価値もバッチリですよ……」
「ふむ、それもそうだな……で、幾らだ?」
「すでに別のお客様からは200万ティアをご提示頂いています。クフフッ……この『商品』は相応しい“飼い主”を求めていますので、競りではなく直接商談を設けていますので悪しからず……」
「直に触って確かめたいのだが……」
「おおっと、お手付きはご勘弁を……妙な手垢が付いてしまうと価値が下がってしまいます。お楽しみはご購入の後で……買っていただければ処女でもなんでもどうぞ頂いて下さいな」
徹頭徹尾、あたしは『商品』として扱われている。誰もあたしを可哀想だと思っていない、欲望の捌け口だと思っている。あたしは初めて出会った“家族”以外の人間が心の底から怖くなった。
この『世界は醜い』、欲望に塗れている。
あたしは彼等に喰われるデザートだった。
今すぐに逃げ出したい、今すぐに教会に帰りたい。でも、あたしには逃亡は許されないし、教会に戻っても誰も居ない。この場所にあたしを助けてくれる人は居ない。
「ふむ……この機会を失えば、次にエルフ種の奴隷といつ巡り会えるか分からんな。よし、私も男だ……500万ティア出そう。どうだ、これなら落札できそうか?」
「…………」
「おお、これはこれは……マリーチア子爵殿は見た目も気概も随分と太っ腹でいらっしゃる。相場の倍以上の値段を提示されてしまっては私も融通してしまいそうですねぇ……クフフッ」
「どうかね?」
「良いでしょう……マリーチア子爵殿、500万ティアで交渉成立です。この奴隷はあなたのものです……先方には私からお伝えしましょう。ささっ、向こうで契約書を交わしましょうか……」
そして、【死の商人】と男の間で商談は成立した。500万ティア、それが『ルチア=ヘキサグラム』という女の命の価値、人生の値段だった。
ママがお腹を痛めて産んで、ママが愛情を込めて育ててくれたあたしの価値はあっさりと決まってしまった。あたしの存在価値は金銭で払える程度の価値しかなかった。その事実を目の前で突き付けられて、あたしは悔しくて涙を流した。
「良かったですねぇ、ルチアちゃん……あなたを可愛がってくれる素敵な“ご主人様”が現れましたよぉ。さぁ、これから此方の素敵な素敵な紳士様に可愛がって貰いなさい……永遠に。クフフッ、クフフフフフッ!!」
「ママ……パパ……誰か、誰か……助けて…………」
「ふひひ……今日からお前は私の『所有物』だ。た~っぷりと可愛がってやるから、しっかりと奉仕するんだぞ。なぁに、お前を捨てた両親の事など……すぐに忘れさせてやろう」
こうして、あたしは貴族の男に買われた。あの日、自ら命を断てなかったばかりに、あたしは“愛玩人形”として地獄へと落ちていった。
――――そして、その日の内に、あたしは男によって処女を散らされた。




