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【第四部】忘れじのデウス・エクス・マキナ 〜外れ職業【ゴミ漁り】と外れスキル【ゴミ拾い】のせいで追放された名門貴族の少年、古代超文明のアーティファクト(ゴミ)を拾い最強の存在へと覚醒する〜  作者: アパッチ
第十七章:神が生まれ落ちる日

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ヘキサグラムの記憶⑯:“HELL or HELL”


「うっ……あたし……気絶してたの……」



 ――――気が付いた時、あたしは豪雨が降り注ぐ草原にうつ伏せで倒れていた。身体を打ったのか関節や四肢が痛み、意識は朦朧もうろうとしていた。

 それでも状況を把握しようとした。なにがあってあたしは雨が降りしきる中で倒れていたのか、その原因を。おぼろげに浮かんだのは朱い髪の幽霊の姿と、燃え盛る礼拝堂に一人残ったママの笑顔。



「そうだ……変な幽霊が襲ってきて……それでママが……っ! ママ、みんな……あっ、教会が……」



 そして、顔を見上げたあたしは目撃してしまった、夜を煌々と照らすように燃え盛る教会の無惨な姿を。

 あたしが生まれ育った『居場所』が燃えている。ママやラナ達との思い出の場所が無くなっていく。それはあたしを絶望させるには十分な光景だった。



「ママ……ママッ!! 返事をしてよ、ママーッ!!」



 ママがあたしを護る為に張ってくれた結界も、教会を護る為に広域に張った結界も消失している。ママの生存は絶望的だ、そんな事ははっきりと分かりきっていた。

 だけど、現実を受け入れられないあたしは必死に叫んだ。叫べば燃え盛る教会から九死に一生を得たママが出てくるかも知れない、そう願った。



「お願い……返事をしてよ……ママぁ……」



 返事なんてある訳なかった。結界が消失した時点で、術者であるティオ=ヘキサグラムの“死”は確定している。あたしにはどうしようも出来なかった。


 あたしは無力だった。

 大好きな母親を護れなかった。


 身体が鉛のように重い、胸元に刻まれた“魔女の烙印”が身を焦がすような激痛を与えてくる、何もかも奪われた“絶望”があたしの意志をへし折っている。



「なんで……なんで来てくれなかったの……パパ。ママが……ママが死んじゃったよ。迎えに来てくれるって約束したでしょ……パパ! 早く来てよ……助けてよ……パパーーッ!!」



 あたしには助けを叫ぶことしか出来なかった。もうママは居ない、だからパパに助けを求めた。

 ママは最期にあたしに言った、パパなら絶対に助けてくれるって。だからあたしはパパを必死に呼んだ。呼んだら駆け付けてくれると淡い期待を抱いた。



「おやおや、人里離れた場所から火の手が上がっているから何事かと思って来てみれば……“嫉妬の焔”に焼かれた教会と、巣から落ちてしまった憐れな雛鳥が一羽……」


「誰……誰か居るの? パパ、パパなの!?」


「クフフッ……残念、パパではありません。初めまして、ハーフエルフのお嬢ちゃん。わたくしの名前はメメント……通りすがりの商人にございます」



 だけど、あたしの元に現れたのはさらなる“絶望”だった。倒れていたあたしの目の前に立っていたのは、黒いローブを纏い、真っ白な仮面で顔を隠した不気味な女だった。

 すぐに理解できた、メメントと名乗る女があたしを助けに来たのではないと。もっと邪悪な目的を果たす為に彼女はあたしの前に姿を現した。



「教会めっちゃ燃えてますね、メメントさん」


「クフフ……此処で何があったかは知りませんが……残留する思念を観る限り、どうやら“嫉妬”に駆られた憐れなエルフが悪さをしたようですねぇ……」


「……で、どうしますか、メメントさん」


「それはもちろん……奪えるものは全て奪っていきますよ。まぁ、あんな派手に燃えてる教会から有益なものは得れそうにありませんが……サートゥスから帰る途中での思わぬ報酬と考えれば良いでしょう」


「じゃあ適当にそこら辺探してみます」



 白い仮面の女は引き連れていた部下に指示を出し、命令を受けた部下は教会へと歩み寄って使えそうなものを片っ端から略奪し始めた。

 教会の近くに設置していた鶏小屋から鶏を、延焼が進んでいない場所から金目のものを。そう、彼女達はわずかに残ったあたし達の財産すら奪おうとしていた。



「やめて……それはママがあたし達の為に……」


()()()()……ですか。聞きましたか……どうやらこの教会には複数人の子どもが居るようです。見つけ次第、攫っ……いいえ、保護なさい。クフフッ……」


「そのハーフエルフの子供ガキはどうします?」


「無論、保護して……然るべき方に預けますよ。もちろん、()()()()()()()()()()()()ですねがね。クフフッ、混血ハーフとは言え、今や珍しいエルフ種の女……さぞ高値で売れるでしょうね」


「な、なにを言ってんの……あ、あたしを売る気!?」



 そして、白い仮面の女の魔の手はあたしにも迫っていた。彼女はあたしを誰かに売り飛ばす算段を立てていた。


 そう、あたしは助けられるんじゃなかった。

 彼女にとってあたしはただの『商品』だった。


 身の危険を感じて逃げようとした瞬間、白い仮面の女はあたしの頭を踏みつけてきた。疲弊した身体に激痛が走り、逃走しようとした心を一瞬でへし折られた。



「クフフッ……あなたに『選択肢』はありません。あなたの生殺与奪はすでにわたくしが握った……大人しくしていた方が身のためですよ? 家畜の餌にはなりたくないでしょう?」


「うっ……ママ、パパ……助けて……」


「あなたのママはあなたを残して死んだ、あなたのパパはあなたを見捨てた……ああ、なんて可哀想に。ええ、ええ、ですがご安心を……わたくしがあなたに新しいご家族を紹介して差し上げましょうじゃないですか……あなたを可愛がってくれる“ご主人様”を!」



 抵抗の意志を無くしたあたしの首根っこを掴んで持ち上げて、あたしを宙吊りにした状態で白い仮面の女はあたしを嘲笑った。


 ママを失ったあたしを憐れんだ。

 パパに見捨てられたあたしを憐れんだ。


 あたしはこの時、理解してしまった。あたしは『奪われる側の人間』だったんだと。両親も居場所も奪われて、今あたしは尊厳まで奪われそうとしていた。



「ふむ……胸元に“魔女の烙印”が刻まれていますね。いけませんねぇ……これでは売り値に少々瑕疵(かし)が付いてしまう。う~ん……隷属の刻印を付け足して誤魔化しましょうかね?」


「いや……なんであたしがこんな目に遭わないといけないの……? もういや……ママの所に逝かせて……」


「烙印を“淫紋”だって偽造して馬鹿な貴族にでも売りましょうか? 鑑定の術式スキルで観察しなければバレないでしょう……ん? なんですか、お嬢ちゃん……“死”を切望するのですか?」



 あたしの“未来”に希望は見えなかった。だから、絶望してしまったあたしは“死”を切望してしまった。

 この先、誰かに売られて碌でもない人生を歩むぐらいなら、いっそ死んでママの所に行きたかった。そんなあたしの絶望を感じ取った白い仮面の女が反応を示した。



「ならば()()()()差し上げましょう……」

「なにを……きゃあ!?」

「あなたに二つの『選択肢』を与えます……」



 “死”を望み、悲しみの涙を流すあたしを白い仮面の女は地面へと投げ捨てた。そして、尻もちをついて倒れたあたしに向かって、白い仮面の女はある物を投げ渡した。


 渡されたのは護身用の短剣ダガーだった。


 白い仮面の女は地面に刺さった短剣ダガーを拾うように無言で促し、あたしは言われるがままに短剣ダガーを地面から引き抜いて手にする。



「そんなに死にたいのなら……今すぐに自分の喉をその短剣ダガーで刺しなさい。そうすれば大好きなママの元に逝けますよ」


「…………っ!」


「自ら“死”を選ぶなら……その意志を尊重してわたくしがあなたを冥界へと送って差し上げましょう。なにせ、わたくし……こう見えて元死神ですので……」


「うっ……」


「ただし……自死を選ばないのなら、あなたはわたくしの『商品』になります。さぁ、お好きな方を選びなさい、“生”か“死”を……()()()()()()()



 白い仮面の女はあたしに短剣ダガーで“死”を選ぶか、生きて隷属するかを選べと言ってきた。あたしに与えられた選択肢は二つ、ここで終わるか、絶望的な未来に進むか。


 どっちを選んでも“地獄”だった。

 あたしは“地獄”しか選ばせてもらえなかった。


 あたしは手を震わせながら、短剣ダガーを再び喉元に押し当てる……今度は自分の意志で。それを白い仮面の女は黙って見つめていた。



「誰か……誰か……助けてよ……」



 周囲を見渡してのあたしの味方は誰も居ない。白い仮面の女と、略奪に勤しむ彼女の部下しか居ない。あたしを助けてくれる“英雄ヒーロー”は居なかった。

 あたしは白い仮面の女の言う通り、自らの運命を自分で決するしかなかった。手にした短剣ダガーを喉に押し付けた瞬間、刃先の冷酷な冷たさが全身に広がっていく。



「うっ、うぅぅ……ゔぅぅぅ……!!」



 この先の人生を思えば絶望しかなかった。このまま白い仮面の女に捕らえられれば、あたしは“奴隷”として誰かに売り飛ばされる。そうなったら悲惨だ。


 そうなるぐらいなら、いっそ死んだ方がマシだ。


 もう死んでママの所に逝きたい、そんな衝動があたしを衝き動かしていた。短剣ダガーを握る手にちからが籠もっていく。



『ルチアちゃん……逃げ延びて、生き延びて……そしてパパを……リヒター=ヘキサグラムを探しなさい。パパならきっとルチアちゃんを護ってくれる……だから、パパを探し出して……』



 だけど、喉を短剣ダガーで刺そうとした瞬間、ママの言葉が脳裏によぎった。生き延びてパパを探しさない……そんなママの言葉があたしを“生”に縛り付けようとしていた。


 ここで死んだらママが悲しむ。

 ここで死んだらパパに逢えない。


 もし、ここで死んだらあたしは永遠に奪われたままになる。だから、どうしてもあたしは自分の喉に短剣ダガーを刺せなかった。嗚咽をしながら涙ぐみ、震える手から短剣ダガーを手放してしまった。



「あたし……できない……うぅ、うぅぅ…………」


「決まりですね……実に滑稽な選択でした。さて、誰か……このお嬢ちゃんの首に首輪を掛けなさい。荷車に積み込んで“快楽園メル・モル”で売りに出しますよ」


「ママ、パパ……」


「クフフッ……ではでは、『醜い世界』へとようこそ、ハーフエルフのお嬢ちゃん。これから先、あなたは多くの“理不尽”に曝されるでしょう……ですが、それは全て()()()()()()()()()()()()


「誰か……お願い……あたしを助けて…………」



 こうして、あたしは白い仮面の女に捕らえられて、あたしは“奴隷”として【死の商人】が営む闇市場ブラック・マーケットの『商品』に落ちていった。


 結局、パパは来てくれなかった。

 そして、あたしの中でパパは死んだ。


 ここから先は思い出したくもない地獄の日々、あたしという女が尊厳を踏みにじられていく搾取の日々の始まり。何もかも奪われたあたしは、否応なく『醜い世界』へと取り込まれていったのだった。

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