第90話:星空の下で契り合う
「あれが“世界七大迷宮”の一角……“逆光時間神殿”【ヴェニ・クラス】……!!」
「ええ、そうよ……グランティアーゼ王国の建国以前からこの地に建つ白亜の神殿……! 私たち王立ダモクレス騎士団でも全容を把握しきれない、時の流れが狂った迷宮……!」
小さな宿場町【レウニオン】から歩いて12時間――――逆光時間神殿【ヴェニ・クラス】上空、夜明けの前。
ツヴァイ姉さんの操る緑色の鱗が特徴的な相棒の『ワサビくん(♀)』に乗って、俺は神殿の偵察を行っていた。
《聴こえますか、ラムダさん? どうですか、右眼には何が映っていますか……?》
「最悪だよ、ノア。屍人の軍勢がうじゃうじゃと配置されている……! あっ、幽霊がいっぱい出てきた……」
《ぴゃう……!? 人形起動……我が所有者……『ノア』を苛めるのは感心しませんね?》
「あー……いや、その……そういうつもりじゃ……///」
《『ノア』は優しくされるのが好みです……あぁ、オリビア様は“激しい”のが好みだそうですよ?》
《ちょっと、ラムダ様に余計なことを教えないで///》
「ラムダ……私が言うのもなんだけど、あなた……お父様なみに女癖が悪いわね……」
「あはは……」
最初の任務は偵察――――上空から敵戦力の総数や配置を右眼で識別して、地上に陣を構える第二師団やノア達に共有するのが俺の仕事。
「わたしは第二師団【竜の牙】の副官を務めます【竜騎士】のツェーネル=バハムートです! 僭越ながら作戦の概要はわたしの口からお伝えいたします!」
「なぜ団長であるツヴァイさんじゃないんですか?」
「勇者ミリアリア様……それは、ツヴァイ卿に作戦会議を任せると『ドカーン!』とか『ここをこうズバズバッと!』とイマイチ要領を得ない内容になってしまうからです!」
「あー、はい……分かりました」
しばらくして、【逆光時間神殿】の少し外れ、第二師団の野営地。地上に戻った俺とツヴァイ姉さんを加えて、作戦会議は進む。
即席のテーブルの半分に【ベルヴェルク】、もう半分に【竜の牙】の女性騎士たちが座り、テーブルの中央に周辺地図を広げたツェーネルの司会の元、綿密な作戦が練られていく。
「ラムダ卿、上から見た際の敵の配置に思う点はありますか?」
「陣を組んで一見それっぽく見せてはいるが、所々に不自然な陣形の“穴”がある……恐らくは地中に伏兵を大量に忍ばせていると思います」
「彗眼ですね、流石はツヴァイ卿の弟……!」
「ある程度、こちらが進攻し敵陣深くまで入り込んだ時点で伏兵を起こして我々を囲むのが狙いかと私は予測します」
「ノアさんでしたね? えぇ、その差配が一番有効でしょう……」
「相手は【冒涜】のレイズ――――ゾンビに爆破魔法の術式を組んだ『屍人爆弾』なんてのも使っていた記憶があるわ」
「リリエット=ルージュ……その話は本当ですか!? では相手は貴女と同じ……」
「そっ、相手は魔王軍最高幹部【大罪】がひとり……【冒涜】のレイズ……! 死者を操る【死霊使い】の骸骨爺……!! あのキーラはレイズ爺の傀儡に過ぎないわ!」
「なんと、全盛期の貴女に匹敵する程の猛者が相手とは……!」
相手は魔王軍最高幹部【大罪】――――【復讐】【冒涜】【凌辱】【破壊】【蹂躙】【堕天】【怠惰】の7名で構成された“暴食の魔王”グラトニスの忠実なる配下のひとり。
俺たちが相対するは【冒涜】のレイズ―――死者を操る【死霊使い】、死を愛でた死神メメントとは真逆の……死を冒涜した怪物。
「私とは違って“搦手”だらけの陰湿な骸骨野郎……正々堂々なんて期待しない事ね、騎士様たち♡」
「ツヴァイ卿、如何致しますか? やはり、【聖処女】の合流を待ったほうが……」
「なりません……! このまま膠着が続けば、また【レウニオン】のような占領で揺さぶりを掛けてくるでしょう……! 勇者パーティー【ベルヴェルク】と合流し、敵が一箇所に集まっている今こそが最大の好機……!!」
「承知しました……! ラムダ卿、【ベルヴェルク】の皆さまも、決行はすぐという事でよろしいでしょうか?」
「わたくしは異議ありませんわ……! ツヴァイ卿の判断を信じます」
あまり悠長にしている時間もない。キーラの敗走で守勢に入った魔王軍を叩くなら今しか無い。
「相手は恐らく、第二師団の団長であるツヴァイさんとわたしのラムダ様を警戒する筈……」
「しれっと『わたしの』を付けて正妻アピールをしていますね、オリビア様……」
「なら、ふたりを先行させて相手の陣形を掻き乱すの?」
「いえ、アリアさん……そう言う訳では……」
「相手がツヴァイ様とラムダ様の実力を把握しているなら、むしろ雑魚をあてがわずに“幹部級”が出張ってくるとコレットは思うのですが~」
「……と、なると、展開している布陣はわたくし達を標的にしたもの……?」
「恐らくは……ツヴァイ卿とラムダ卿の相手は――――キーラと同等の幹部か、相手の“切り札”が予想されますね」
「むむむ……どう布陣を展開するべきか……」
「キーラは俺が『アーティファクト使い』であることを知っていた……となれば、俺の火力での“一網打尽”は対策されているだろうな……」
「我が所有者の高火力を露骨に警戒した分散された布陣に伏兵……迂闊に雑魚に構えば隙を突いた幹部にこちらがやられると予測します……」
こちらがリリエット=ルージュを擁して魔王軍の情報を把握しているのと同じで、相手側も俺たちの情報を握っている――――さて、どう動くのが正解か。
「相手の出方は分かっているから、僕たちはあえて敵の思惑通りに動いてみたらどうかな? ラムダさんとツヴァイさんで敵の幹部を足止めして、僕たちで雑魚を蹴散らして行くんだ!」
「わたくしたちでは些か荷が重いとは思いますが……」
「そこは我ら【竜の牙】が援護致します! レティシア様はどうか進撃に専念して頂ければ!」
「かしこまりました、ツェーネル卿……! では、ツヴァイ卿とラムダ卿は『囮』として揺動を、出来れば件の敵幹部を早急に引きずり出して貰いましょう……!」
「初動は相手も様子見を決め込む筈……俺のアーティファクトで第一波を蹴散らして道を拓く!」
「なら、わたくし達はその陣形の穴を突いて突撃ですわね! ノア、後方から分析をお願いします」
「肯定――――私の手で皆さんを正確に導きます……」
「ツヴァイ卿、では決行の宣言を!」
「では、これより第二師団と【ベルヴェルク】の合同作戦――――『私とラムダの初めての共同作業作戦』を開始する!」
「名前がダセェ……なんだその夫婦の共同作業みたいな名前……」
〜1時間後〜
「姉さん……これ、コレットが淹れてくれた紅茶」
「ありがとう、ラムダ……遠慮なく頂くわ」
作戦会議は終わり、魔王軍と相対するまで残り少し――――俺たちは決行となる『夜明け』までの残された時間を自由に過ごす事になった。
俺が行くのはもちろんツヴァイ姉さんの所――――神殿を拝める小さな丘の上で黄昏れる姉さんにコレットの紅茶を差し入れて、小さな木の側に腰掛ける。
「ラムダ……強くなったんだね……」
「たまたま、俺の固有スキルがアーティファクトに適応できただけの話だよ……俺自身は、まだまだ青いまんまだ……」
「ううん、そんなこと無い……強くなった! 特に……精神的に……シータさんと、ちゃんとお別れ……できたのね……」
「オリビアに聴いたの?」
「えぇ、まぁ……あの子、嬉しそうに笑ってたわ……」
ふたりで寄り添い合って星を眺める。
ツヴァイ姉さんとふたりっきりになるのはいつ以来だろうか……ふと目にした姉さんの横顔はとても凛々しくて、でも悲しそうで。
「ラムダ……ねぇ、お願い――――死なないで」
「姉さん……」
「私……大事な兄弟が死ぬの……もう見たくない……」
「大丈夫……オリビアと約束したんだ、絶対に生きて帰るって!」
「なら、お姉ちゃんとも約束して……! お願い……」
「約束する……絶対に死なない……! だから……ツヴァイ姉さんも約束して、死なないって……!」
「うん、約束……私も死なないわ…………一緒に、生きていこうね、ラムダ……!」
星空の下で姉弟は契り合う――――『死なない』と。
お互いに、常に“死”と隣り合わせな戦いに身を置くからこそ、その約束は何よりも重い。
「もう、私が護る必要……無いんだね」
「そんな事ないよ……俺はまだまだ半人前さ……! だから、俺が危険だったらまた護って欲しい……! 代わりに、俺も姉さんを護るから!」
「あはは……ありがとう、ラムダ……! 愛している……私のかわいい弟……!」
その『愛』は家族を想う愛――――姉さん、俺も愛しているよ……俺の大切な姉よ。
「ふ~ん、生真面目な奴だと思ったら……意外と“女”の顔も出来るのね、ツヴァイ=エンシェント……」
「うっ……!? リリエット=ルージュ……!! いつの間に……!?」
「あんたの副官のツェーネルが呼んでるわよ……あと、そろそろ決行の時間……いつまでも駄弁ってないで、部下たちに激励の言葉でも贈ってあげたら?」
「むぅ……もう少しラムダと一緒に居たかったのに……」
リリィが俺たちを呼びに来て、姉さんは渋々と腰をあげる。束の間の休息はここまで……もうすぐ夜が明ける。
夜明けと共に死闘が始まる――――敵は【冒涜】と謳われる魔王軍最高幹部……姉さん、一緒に戦って、一緒に生き延びよう。
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