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【第四部】忘れじのデウス・エクス・マキナ 〜外れ職業【ゴミ漁り】と外れスキル【ゴミ拾い】のせいで追放された名門貴族の少年、古代超文明のアーティファクト(ゴミ)を拾い最強の存在へと覚醒する〜  作者: アパッチ
第十七章:神が生まれ落ちる日

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ヘキサグラムの記憶③:もう一度、あなたに逢えるのなら


「うっ……!? 私は……」

「あっ、やっと起きた」



 ――――意識を取り戻した時、私は教会の一室に置かれたベッドで眠っていた。

 窓からは夕日が差し込んでいる。意識を失う前が昼前だった事を考えると、少なるとも六時間以上は意識を失っていたのだろう。



「私は意識を失って……うっ!? つぅ……」


「まだ起き上がっちゃ駄目ですよ。すごいちからで押し潰されて全身の骨と筋肉がズタズタ、内臓も損傷しているんですから」


「あなたは……聖女様……」



 慌てて身体を起こした私は全身に走る激痛に悶えてしまった。よく見ると身体は包帯まみれ、いくつも医療器具が近くのテーブルに置かれているのが見えた。

 そして、痛みに悶える私を諌めるように、一人の女性が語り掛けてきた。燃えるような朱い長髪と黄金のような金色きんいろの瞳をした、長いエルフ耳が印象的な美しくも可憐な女性。



「わたしはティオ、ティオ=インヴィーズって言います。恥ずかしながら……アーカーシャ教団で“聖女”の大役を仰せつかっています」


「ティオ……インヴィーズ様……」


「気軽にティオって呼んでください、ファレーレさん。あっ、あなたに怪我を負わせたサロモニスさんならもうお帰りになりましたよ」


「……なんとも無かったのですか……!?」


「はい♪ わたしが『教会で暴力は駄目』って叱ったらサロモニスさんも反省してくれました。その後、オークションで目的だった古書を落札されて、そのままお帰りになりましたよ」



 その聖女の名前はティオ=インヴィーズ、アーカーシャ教団で“聖女”の大役を任されたエルフ族の女性だった。

 ティオは意識を取り戻した私の側、ベッドの縁に腰掛けると、私の身体を覆っていた包帯を丁寧に取り替えながら()()()()を語り始めた。



「あなたとサロモニスさんの間に何があったかは知りませんが……教会で暴力沙汰は駄目ですよ。メッ……です。お悩みがあったのですか、ファレーレさん?」


「それは……」


「わたしで良かったら悩みを打ち明けてください。わたしに解決できそうな事なら全力で解決してみせます! あっ、解決出来なさそうなお悩みは然るべき機関に相談してくださいね〜」



 私が狙ったサロモニスはすでに教会から姿を暗ましていた。面倒事を避け、目的の物を回収して行ったのだろう。私という“暗殺者アサシン”など歯牙にも掛けないと言わんばかりに。

 ティオは私とサロモニスの間に何か問題トラブルがあったのではないかと、心配そうな表情かおをして私を見つめていた。



「どうして私を助けて……?」


「あなたがなんだか思い詰めたような表情をしていたから心配になって……それで談話室の鍵が掛かっていたから無我夢中になっちゃって……」


「怪我を負ってまで私を助けたのですか……」


「えへへ……昔から無鉄砲でして/// でも……おかげで間に合いました。あなたが死ななくて良かった……大怪我はしちゃいましたけどね。それでも……良かった」


「我が身の危険も厭わずに……」


「それが聖女……いいえ、わたしティオ=インヴィーズの生き方なのです。だから……このままあなたを救ってしまいます。教えてください、ファレーレさん……あなたの抱えた苦悩を」



 ティオは自分が傷付く事も、危険な事に巻き込まれる事も厭わずに私を救出した。赤の他人である私の為に命を賭けてくれた。

 そればかりか、ティオは私という男が抱えた『闇』にまで躊躇わずに救いの手を伸ばしてきていた。私を見つめる彼女の真っ直ぐな金色の瞳がするりと私の心へと侵入してくる。



「私は……その……」


「話してください……正直に。大丈夫、他言はしません……女神アーカーシャ様に誓って。だから……あなたの苦しみをわたしに教えてください」


「私は……私は……」



 思わず私は“嘘”をつこうとした。私は『ハイト=ファレーレ』としてサロモニスと仕事の話をしに来たが、交渉が決裂して刃傷沙汰に発展してしまったと。

 だけど、ティオの真っ直ぐな瞳を見た私は“嘘”をつくことを躊躇してしまった。どうしてか、彼女には隠し事はしたくない、できないと思ってしまった。



「…………私は、ハイト=ファレーレではありません……。私の本当の名前はリヒター=ヘキサグラム……サロモニスの首に掛かった懸賞金を狙った“暗殺者アサシン”です……」


「…………っ!? それって……」


「申し訳ありません、聖女様……私はサロモニスを狙ったただの“人殺し”なのです。彼との間にトラブルなどありません、ただ懸賞金目当てに“嘘”ついてチャリティに紛れ込んだ賊なのです……」



 気が付いた時、私はティオに自分の素性を洗いざらい吐き出していた。リヒター=ヘキサグラムという本名も、本当はサロモニスの首を狙っていただけの事も、本当はただの“人殺し”である事も。


 どうしてそんな事をしたのか分からない。

 それとも、私は無意識に“救済”を求めたのか。


 突然、介護していた人物が『別人に成りすまして教会に忍び込んだ暗殺者です』と告白されて、ティオは困惑したような表情かおを浮かべ、少しだけ考え事をするように顔を俯けた。



「ファレーレさん……いいえ、()()()()()()。正直にお話ししてくれてありがとうございます。大丈夫、お約束します……あなたの事は誰にも喋りません」


「――――ッ!? 私を告発しないのですか……?」


「いいえ、いいえ……救いを求める人の叫びを、自らの“罪”を懺悔する者をどうして裁けましょうか。あなたの“罪”を裁けるのは女神アーカーシャ様だけです。わたしはただ聞き届け、その心に寄り添うだけです……」



 そして、顔を上げたティオは私の手をとって、優しく諭すように“赦し”をくれた。彼女は“暗殺者アサシン”である罪深い私を否定せず、ただ優しく受け止めてくれた。


 私の手をとる彼女の手は温かく優しかった。

 その美しい手は『リヒター』を確かに肯定してくれた。


 今まで誰にも手をとって貰った事は無かった。私の手は今まで無数の命を奪ってきた。そんな手をティオは優しく包み込んでくれた。



「…………」



 彼女の手に触れ、彼女の抱擁に包まれた瞬間、私は彼女に“光”を垣間見た。たった数分の逢瀬の中で、ティオはあっさりと私を魅了した。


 ティオは美しい、私には眩しすぎるぐらいに。

 この『醜い世界』で、私は美しい存在に出逢った。


 彼女の言葉には、その振る舞いには一切の“嘘”は無かった。彼女は徹頭徹尾、ありのままの姿で優しさを振りまいていた。それが私にはあまりにも眩しく映ってしまった。



「リヒターさん、大丈夫です……もう大丈夫です。わたしがあなたの悩みも、抱えた“罪”も……全部受け止めてあげます。だからもう……一人で抱えないでください」


「ティオ……様……」


「ああ、どうか涙を流さないでください。ああ、リヒターさん……あなたはたくさん、この世界の()()()()を見てしまったのですね。でも……あるんですよ、世界には美しいものも楽しいものも」


「それは……」


「わたしは知っています……この『世界』にはまだ“希望”はあります。だから……まだ絶望しないでください。リヒターさん、わたしはあなたに逢えたこと嬉しく思います。これも女神アーカーシャ様の思し召しですね」



 ティオは言う、この『醜い世界』には美しいものも存在していると。彼女のその言葉には嘘偽りは一切存在しない、それを私もはっきりと認識できた。


 何故なら、ティオこそが『美しい世界』なのだから。


 私という罪深い“罪人”を抱擁してくれた、私という闇深い“罪人”を救おうとしてくれている。そんな彼女を美しいと思わず何と思うのか。



「リヒターさん、遠慮はいりません……傷が癒えるまではこの教会に留まってください。その間、わたしがお側に居ますね」


「ティオ様……」


「ティオで良いですよ♪ だから教えてください、リヒターさん……あなたの歩んだ軌跡を。わたしに教えてください……あなたの事を。あっ、でも殺人はもうしちゃ駄目ですからねっ!」



 それから傷が癒えるまでの一ヶ月の間、ティオは私を付きっきりで介抱してくれて、それから傷の癒えた私を見送ってデア・ウテルス大聖堂へと帰って行った。

 私の心にその屈託のない笑顔と、温かな温もりを教えて。それは、生まれてからずっと『醜い世界』で生きてきた私にはあまりにも刺激の強い、得難い体験だった。



「もう一度……あなたに逢えるなら……」



 そして、私はティオ=インヴィーズという気高くも美しい聖女に、淡くも儚い“恋”を抱いてしまったのだった。

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