幕間:死を冒涜する者
「レイズ様、指示通りキーラ=バンデッドを連行しました……」
「ぐぇ!? もっと丁寧に降ろせ、あたしはいま下半身が無いんだぞ!!」
――――逆光時間神殿【ヴェニ・クラス】、神殿前、時刻は夜。
宿場町【レウニオン】で手痛い敗走を喫したキーラ=バンデッドは、自身を担いでいたゾンビに乱暴に投げ捨てられて硬い地面へと転がされる。
「くすくす……随分と面白い様ね、キーラ?」
「アシュリー……!! このゾンビハーピィが……!!」
【竜騎士】ツヴァイ=エンシェントに切断され上半身のみの無様な姿にされたキーラ。そんな『負け犬』を見下して嗤うのはひとりの魔物。
鳥の翼のような両腕、獲物を捕らえんとする猛禽類のような脚、人間に近しい姿をした異形――――名をハーピィ。
アシュリーと呼ばれた彼女はそんなハーピィがゾンビと化した姿――――青い肌と黒い眼をした不死の魔物が、地面を這いつくばるキーラの上で羽ばたいていた。
「くすくす……小さな宿場町の占拠という簡単な任務すら満足にこなせない無様なキーラちゃん――――【冒涜】のレイズ様がお怒りよ? ねぇ、ネクロちゃん?」
「…………あぁ、あぁああ…………レイズ様……!!」
「キーラ=バンデッド……レイズ様……おこ……」
嗤うアシュリー、怯えるキーラ、そんなふたりを虚ろな瞳で見つめるネクロと呼ばれた白い死装束を纏った青い肌の幼い少女―――そして、ネクロの後ろから現れたのは綺羅びやかな貴族の装束に身を包んだ髑髏の人物。
「キーラ=バンデッド……余の命をこなせなかった屍人よ……」
「あぁ……申し訳ございません、レイズ様……!! 魔王軍最高幹部【大罪】がひとり……【冒涜】のレイズ様……どうか、あたしに慈悲を……!!」
彼の名はレイズ――――かつてのリリエット=ルージュと同じく魔王軍最高幹部【大罪】に名を連ねた髑髏の人物。
【冒涜】の名を冠する――――死の冒涜者。
「ま、まさか……既にあの町に“アーティファクトの騎士”が滞在していたとは気付かずに……お許しください、もう一度……あたしに機会を……!!」
「くすくす……負け犬に決定権があるとでも? ねぇ、ネクロちゃん、この負け犬……どうしよっか?」
「キーラ……肉塊……戻る……?」
「いや……いやぁ……まだ死にたくない…………あたし、まだ逝きたくないよぉ……!! お慈悲を……どうかお慈悲を……!!」
「余の顔に泥を塗った負け犬よ……貴様には、将軍の座は重いようだな……アシュリーよ、【アラクネ】の脚を……」
「はぁい♡ レイズ様……」
敗者に二度目は無い――――レイズの指示のもとアシュリーが運んで来たのは、蜘蛛の胴体のようなもの。
上半身を人間の女性、下半身を蜘蛛の身体で構築した魔物――――【アラクネ】の素体。
「キーラ……蜘蛛にする……それが……レイズ様……慈悲……」
「あぁ……いや、いや、いやぁあああああ!!」
「さようなら〜キーラちゃん♡ そしてこんばんは~アラクネちゃ~ん♪」
「あぁ、あぁあああああ!? 嫌だ、怖い……! あたしが……あたしじゃ無くなる……助けて……助けて……パパ……ママ……いや、いやぁああああああ!!」
辺りに響き渡るキーラの断末魔――――失われた下半身を蜘蛛に替えられて、キーラの思考は消え失せて逝く。
【冒涜】のレイズにとってキーラ=バンデッドなる“動く死体”などただの人形に過ぎず、使えぬのなら新しい人形にするまでと骸の王は笑う。
「アァ……アァアア……キヒ、キヒヒ……キヒヒヒヒヒヒ!!」
「余の新たな配下……アラクネよ。そちは……余に何を齎す……?」
「キヒヒ……シ、死体……“アーティファクト……ノ騎士”丿死体ヲォオオオオ!!」
「よろしい……」
「ばいばい……キーラ……おやすみなさい……」
死体を使った『お人形遊び』――――それが、レイズの持つ固有スキル。死者の尊厳を著しく“冒涜”した異能。
「ダモクレス騎士団の【竜騎士】ツヴァイ=エンシェント……かの【死の商人】を討ちし“アーティファクトの騎士”ラムダ=エンシェント…………レイズ様、差配はいかが致しましょうか?」
「奴ら……夜明けと共に……来る……例の……【巫女】……使えない……」
「ふむ……ではアシュリーよ、余の配下を全て預ける……」
「承知致しました……【死の翼】アシュリー=シュレイル――――レイズ様の名代として、あなた様に“閃刀騎”と“アーティファクトの騎士”の亡骸の献上をお約束致します……」
「よろしい……では、余はあの【巫女】への拷問の続きに戻ろう……今頃、四肢をもがれて泣き喚いてる頃だろうしな……」
「次は……目玉……くり抜く……その後は……内臓……取り出す……」
「…………ひぇ」
思考を【アラクネ】に乗っ取られ不気味に笑うキーラ『だった者』の出来栄えに満足したレイズは、肩にネクロを乗せると神殿の扉を開けて中へと消えて行く。
「あぁ……もういや……誰か、あたしを助けてよぉ……!」
「任せたな……では、次は目玉をくり抜こうか――――【巫女】アウリオンよ……!」
「いや、いや……いやぁあああああ!!」
アシュリーが聴いたのは扉の奥から漏れた少女のすすり泣く声――――レイズに拷問された少女の悲痛な叫び。
レイズによって閉ざされた石造りの扉の向こうで、再び行われる凄惨な仕打ちに死せるハーピィは言いようの無い恐怖を感じながら、これから起こる出来事に身を震わせる。
「日に日に拷問が凄惨になっていくわね……いくら夜明けと共に時間が巻き戻って初期化されるとは言え……ふふっ、控えめに言って引くわ……」
「アァ、命令……誰、殺ス……?」
「聴きなさい、レイズ様の手で蘇りし屍人たち! 夜明けと共にダモクレス騎士団の【竜の牙】と勇者パーティー【ベルヴェルク】がやって来ます! 総員、戦闘準備を整えなさい!!」
「――――承知しました、アシュリー様!」
夜明けまではあと数時間――――アシュリーの差配の元、【逆光時間神殿】に死者の軍勢の陣が組まれていく。
迎え撃つは魔王軍最高幹部【大罪】がひとり【冒涜】のレイズ率いる屍人の群れ、攻め入るはツヴァイ=エンシェント率いる第二師団【竜の牙】とラムダ=エンシェント率いる勇者パーティー【ベルヴェルク】。
後に起こる『とある戦争』の初戦として歴史に語られる『逆光時間神殿開放戦』――――まもなく開幕。
【この作品を読んでいただいた読者様へ】
ご覧いただきありがとうございます。
この話を「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、↓の☆☆☆☆☆を★★★★★にしたりブックマーク登録をして頂けると幸いです。




