第891話:VS.【死を運ぶ天使】アズラエル② / いつかは甦る天があるのなら
「――――くっ! 街まで叩き落されたか……!」
――――遥か上空でアズラエルと相打ちになって、爆風に吹き飛ばされた俺は“享楽の都”アモーレムの路地裏に落下していた。
周囲には落下時の衝撃で巻き上がった土埃が立ち込めている。差し込んだ朝日に照らされた土埃のせいで視界が遮られている。アズラエルの姿は見えない。
「術式発動、蒼剣射出――――“Ⅲ”、“Ⅳ”、“Ⅴ”」
「――――ッ! アズラエルには見えているのか!」
だが、アズラエルには俺の姿が見えているらしい。彼女の声が響いた瞬間、路地裏で立ち上がったばかりの俺を包囲するように、空間の歪みと共にアズラエルの蒼剣が現れて撃ち出された。
「魔剣駆動! この程度で俺を倒せるとでも?」
その場で素早く回転しつつ魔剣を振り抜き、迫りくる蒼剣を斬り払う。この攻撃は“囮”、本命の攻撃が来るだろうと考えた俺はすぐさまにアズラエルの追撃に備える。
「流石ね、ラムダ。それでこそ殺しがいがあるわ。なら次は……こんな攻撃はどうかしら? 炉心出力増大、最大出力術式――――“蒼穹百連”!!」
「――――ッ!? これは……!!」
「キャッハハハハハハッ!! チンケな路地裏を埋め尽くす程の蒼刃の連撃、防げるものなら防いでみなさい!」
そして、何処からかアズラエルの声が響いた瞬間、路地裏の向こうから俺に向かって、エネルギー体で形成された無数の蒼い刃が勢いよく迫り来ていた。
蒼刃の速度は銃弾と同じ、音速を超えている。それが路地裏を覆い尽くすように迫りくる。回避は困難だろう、俺は右手の“可変銃”を高出力形態にして迫りくる脅威に向けて弾丸を放つ。
「数が膨大だが……一つ一つは大したことない!」
魔弾を一発放つだけで蒼刃が数十本は消し飛んでいく。何も全ての攻撃に対処する必要はない、自分に直撃しそうな攻撃だけを選別して対処すればいい。
そう考えて引き金を引き続けていた時――――
「空間転移、ウィング展開――――“Spiridonova”!」
「――ッ!? この攻撃もブラフ……!!」
――――俺の目の前にアズラエルが出現した。
前屈みの低姿勢で、まるで突っ込んでくるような状態で現れたアズラエルは不敵な笑みを浮かべながら背部の翼を発火させ、勢いよく体当たりを見舞ってきた。
「くっ……これは!?」
「忘機には貴方に関する膨大な戦闘データが保存されている。貴方の好む戦闘手法、苦手な戦法、何処に死角があり、何処に意識を向けがちか……その全てが!!」
「――――ッ!」
「貴方を殺す為に、忘機は貴方を徹底的に調べ上げた! レオⅤⅡ、アリエスⅢすら捨て駒にしてねェ!! だから勝つわ、殺すわ、救うわ……忘機が貴方を!!」
俺の懐に潜りこんだアズラエルは展開した灼熱の翼で俺に体当たりを見舞い、咄嗟に魔剣で防御こそしたものの、俺は体幹を崩されて隙を晒してしまった。
「しまっ……うあッ!?」
次の瞬間、アズラエルが放っていた蒼刃が俺に襲い掛かり、何本もの刃に全身を突き刺されながら俺は後方へと吹き飛ばされていった。
そのまま俺は吹き飛ばされた勢いのまま路地裏を抜けて、聖堂騎士団によって拘束されていた街の住民たちが屋内の窓から見守る中、俺は大通りに身体を擦りながら引きずり出された。
「蒼剣射出――――“Ⅵ”、“Ⅶ”、“Ⅷ”、“Ⅸ”!」
「――――ッ! この程度……ハァァ!!」
大通りに引きずり出された俺に向けて、頭上からアズラエルの蒼剣が降り注ぐ。咄嗟に後転しつつ飛び起きて蒼剣を躱しつつ体勢を立て直す。
路地裏の方向に視線を向ければ、路地裏の上空にアズラエルが浮かんでいる。左腕に装備した“苦悶”を荷電粒子砲へと変形させて、俺に向けて砲口を向けていた。
「荷電粒子砲――――発射!」
周囲に民間人がいる中で、アズラエルは躊躇なく荷電粒子砲を地上にいる俺に向けて放ってきた。
真っ白に輝く粒子の閃光が大通りへと降り注ぎ、地面を破壊しながら俺へと迫りくる。
「やめろ、アズラエル! 民間人を巻き込む気か!」
「いいえ、民間人は巻き込みません、ヴィクターに許可されていませんので。貴方が民間人を盾にしなければ良いのよ……どうせそんな卑劣な手は使わないでしょ?」
民間人を巻き込まないように俺は大通りを走り始め、アズラエルも民間人を誤射しないように射線を気にしつつ俺を追って砲身を動かしていく。
「けどね……なぜ民間人を気にするの、ラムダ? こいつを守る価値なんてあるの? 貴方にはラストアーク博士さえ居れば良いんじゃないの?」
「何を世迷い言を……!」
「見なさい、この光景を! アーカーシャ教団に支配されて操られる街を! アーカーシャ教団によって創られた正義に縛られた世界を! この世界は偽物よ……何もかもがハリボテの偽り!!」
「だから俺は戦っているんだ……!!」
「そう……貴方は世界の欺瞞に気付いてしまった。真実に気付いてしまう聡明であるが故に……貴方は涙を流した。何も知らぬ無垢なままの愚者であれたらなら、貴方はどんなに幸福だったでしょう?」
アズラエルの問いかけに耳を傾けつつも、俺は誰も居ないであろう遺棄された廃屋を背に上空に飛翔する。
アズラエルは放っていた荷電粒子砲で俺を追いきれないと判断すると“苦悶”を多銃身回転砲へと変形させ、無数の蒼剣を撃ち出しながら大量の弾丸を俺へと撃ち出していく。
「貴方は……この嘘だらけの混沌の世界に芽吹いた“悪”の花。女神アーカーシャの仕組んだ秩序を解く剣。永遠に繰り返す“現在”に『終焉』という別れを齎す魔王」
「そうだ、それが俺だ!!」
「それで良いの? そんな人生で本当に良かったの? 貴方は本当にそんな血みどろの人生を望んだの!? 貴方はノア=ラストアークによって仕立て上げられたのよ……彼女の復讐の為の“剣”に!!」
アズラエルの攻撃を高速機動でかい潜って接近し、魔剣を振り下ろして彼女に斬り掛かる。
俺の攻撃をアズラエルは右手の“紅剣”を盾にして防ぎ、その場で身を翻して回し蹴りを俺へと放つ。
「それで良い、俺はノアの復讐を果たす“剣”で良い!」
「それじゃあ貴方は幸福には成れない! 誰も彼もを殺して、その手を血で汚し、その魂を使命で穢し……その果てに貴方に何が残るの!?」
アズラエルの蹴りを僅かに身体を後方にずらして回避して、踵の推進器を噴射した蹴り上げをアズラエルに向けて放つ。
その蹴り上げをアズラエルは顎を引いて回避した。だが、さらにもう片方の脚からも推進器を噴射して宙返りのように飛び上がって見舞った蹴りがアズラエルの腹部に炸裂した。
「――――ッ!? ぐぅぅ……!!」
「この世界に俺の痕跡が何も残らなくとも……ノアの記憶に残るのなら本望だ! だから!!」
「血に塗れても良いと言うの……貴方は!」
女神アーカーシャに見捨てられて、騎士になる夢を打ち砕かれて空白になった心。それを何かで埋めたくて俺は必死に藻掻こうとして、そして傷を負った先でノアという“神”に救われた。
「俺は何者でもなかった、何者にも成れなかった。そんな俺をノアは必要としてくれた! だから戦うんだ! 傷付いた“刃”である俺を……ノアが呼び続ける限り!!」
「ラストアークお母様は“悪”よ! 彼女は世界を終わらせ、その償いを貴方に押し付けた! 許されるはずがない! 貴方に待っているのは破滅だけよ! 気が付きなさい、貴方は利用されている……本当の“悪”は貴方の目の前にあるの!!」
腹部に蹴りを喰らったアズラエルは苦悶に満ちた表情で俺を睨みつける。彼女の駆体の各部に走るヒビが大きくなっていく、活動限界が近付いて来ているのだろう。
それでもアズラエルは怯むことなく叫ぶ、ノアこそが秩序を破壊する“悪”であり、ノアに仕え続ける限り俺には破滅しか待っていないと。
「“ノアの騎士”なんて辞めなさい、今すぐに何もかも捨ててしまいなさい! こんな生き方、不毛なだけよ! ノア=ラストアークお母様の為に貴方自身を犠牲にする必要なんてないわ、ラムダ!」
「たとえ不毛だろうと言われても……俺はノアを護る為に『世界』を壊す! その先に……ノアが望んだ天が在るのなら!!」
「あくまで……自らの騎士道に殉じるつもりね……」
「たとえ幸福になれなくとも、この先に破滅しか待っていなくとも……俺だけはノアの“騎士”であり続けある! それだけが俺の望みだ……それだけが俺の救済だ! 俺はノアを……“神”にする!!」
「なら……忘機はやはり貴方を殺さなければならない! 貴方を殺して解放し、そしてノア=ラストアークという『終末装置』を砕きましょう!」
空中で幾度も斬撃の応酬を繰り返し、幾度も至近距離で銃撃を交え、俺とアズラエルは思想の応酬をし合う。
きっと理解し会えない、自分の主張を通すためには相手を殺すしかない。それを理解して、俺もアズラエルも相手を殺そうと武器をふりかざす。
「貴方の征く“道”に正解は無い。だから忘機は貴方を殺す。貴方が真の絶望を知る前に……!!」
アズラエルの活動時間は残り三分、その時間を凌げば俺の勝ちだ。だけど、逃げるつもりはない。アズラエルの俺への殺意、そこに込められた憐憫を踏み越えて俺は彼女に勝たねばならない。
ボロボロの身体を奮起させ、壊れゆく駆体を酷使して、俺とアズラエルは激突し続けるのだった。
 




