第887話:VS.【原初の亜人】レイ=フレイムヘイズ⑨ / 王の剣の帰還
「太陽ごと喰らえ、“神殺しの魔剣”!!」
「馬鹿が! そのまま灼け死んでしまえッ!!」
――――フレイムヘイズが投げ付けた紅き光球に向けて突っ走る。魔剣の切っ先を向け、“死”を恐れず、我が主に勝利を捧げる為に。
ゆっくりと紅き太陽が近付いてくる。一歩踏みしめるごとに身体が灼けていく、一歩踏みしめる度に目の前の大地が溶けていく、それでも恐れることなく走り続ける。
「勝つのは私だ! このレイ=フレイムヘイズだ!」
焼け爛れた皮膚から耐えがたい激痛が全身に走る。肺が焼けたせいで呼吸するのもつらい。生存本能が“生きろ”と自己保存の為の逃走を促してくる。
それでも光球に向かって、その先に居るフレイムヘイズに向かって歩を進める。全てはノアの為に、彼女に勝利を捧げるという絶対的な『使命』の為に。俺は死ぬことすら厭わずに、フレイムヘイズの心臓に狙いを定めて走る。
そして、皮膚も筋肉も灼かれて剥き出しになった骨をナノマシンで補いながら――――
「ウォォオオオオオオオオオッッ!!!」
――――“神殺しの魔剣”ラグナロクを紅き光球に突き立てて、全てを賭けた一撃を放った。
金色の刀身を直径十メートルにも及ぶ灼熱の輝きに突き刺した瞬間、全身に重々しい衝撃がのしかかり、燃え盛る大地に眩い閃光と紅く輝く紅炎が迸った。
全身が一気に溶け始め、生き地獄のような痛みが容赦なく俺を殺しにくる。ナノマシンによる再生はギリギリ、一瞬でも再生が遅れれば俺は一瞬で塵一つ残さずに焼失するだろう。
「なにが騎士道だ、なにが忠誠だ、バカバカしい!! そんなものはなぁ、結局は王が部下を都合良く使う為の“方便”にすぎんのだ!!」
「――――ッ!!」
「まだ気付かんのか? お前たち“騎士”は王に都合の良い“駒”として使われているだけだと! 命を捧げて国家に、王に尽くすことが『美徳』だと洗脳されただけなんだよ、お前たちはァ!!」
フレイムヘイズが叫ぶ、俺たちは良いように使われるだけの“駒”に過ぎないと。その言葉は正しいのかも知れない。
王立騎士たちはグランティアーゼ王国の為に命を捧げる“人柱”であり、俺自身もノアの為に命を捧げる“駒”なのだろう。
「それで良いさ……俺の命でノアが、我が王が勝利を手にできるのならそれで良いさ。洗脳されたんじゃない……俺は自分の意志で選んだんだ! “ノアの騎士”になる事を!!」
「馬鹿な……一歩も退かんだと!?」
「母さんが命と引き換えに俺とオリビアを護ったように……ゼクス兄さんが命と引き換えに俺にメメントを討つ力をくれたように……アインス兄さんが命と引き換えに俺たちを生かしてくれたように……俺も自らの命を賭けて“未来”を切り開くッ!!」
けど、それで良いと、俺の命と引き換えにノアの願いを叶えられるのならそれで構わないと叫ぶ。俺は“死”を恐れない、“死”への恐怖よりもノアへの“忠義”が勝るのだから。
少しずつ“死”へと近付く身体を奮起させ、眼前の紅き光球を一歩ずつ押し返していく。死を恐れない俺の覚悟を前にフレイムヘイズが怯えた声を上げ始める。
「あり得ない……なぜそこまでノア=ラストアークに忠誠を誓う!? 死ぬのだぞ、お前自身が! なのに……なぜ退かん!?」
「お前と一緒にするな……この臆病者!」
「ひっ……ば、化け物……! 狂ってる……理解できない……誰だって自分の命が一番大事な筈だ! 違うのか、私が正しい筈だ……私は臆病者じゃない! 私こそが正常なんだ!!」
フレイムヘイズの意志が揺らいだ瞬間、紅き光球の圧力が弱まった。一歩踏みしめる度に魔剣の刀身が光球に深く突き刺さっていき、輝きの中に黒い亀裂が生じていく。
「これが“騎士”だ、これが“王の剣”だ……! 我等は一歩も退かん、この命が全て燃え尽きるまで……決して手にした剣は手放さない……!!」
「やめろ……こっちに来るな……!!」
「俺たちを、グランティアーゼ王国を護る“騎士”を育んだのは……貴女自身だ、フレイムヘイズ!! お前が生んだんだ……自分自身を滅ぼす剣を!!」
「ひっ……お前のような化け物、生んだ憶えはない!」
「ダモクレス騎士団は“王の剣”にして、グランティアーゼ王国を護る守護者! 王が腐敗して国を滅ぼそうとするのなら、我等は全ての民の為に暴君を討つ! お前の悪辣な『遊戯』はこれで終わりだ、フレイムヘイズゥゥ!!」
大きく一歩を踏み締めて、渾身の力を込めて魔剣を突き刺した瞬間、フレイムヘイズが放った太陽は粉々に砕け散った。
絶対の勝利を確信していた筈のフレイムヘイズの表情が絶望に染まっていく。今まで格下扱いしていた俺を、まるで“怪物”を見るような怯えた表情で見つめている。
「た、助けて……お母様……」
「お前だけは逃さない! ここで討つ!!」
フレイムヘイズは逃げようと一歩後退りした。その行為を咎めるように踵から推進力代わりの魔力を放出し、俺はフレイムヘイズへと一気に距離を詰める。
「ひっ、殺される!? こ、来ないでぇぇ!!」
俺の急接近に気が付いたフレイムヘイズが慌てて両手で“紅剣”を握り締める。だが、迎撃の“理性”と逃亡という“本能”の板挟みになっていたフレイムヘイズの姿勢は酷いものだった。
腰は完全に引けていて、上体も首も後ろに反っている。“紅剣”を握る両手は震え、怯えきった眼から涙を浮かべている。もう彼女から“理想の騎士”の虚飾は完全に剥がれ落ちていた。
そして、魔剣を振りかぶって近付いてくる俺に対して、フレイムヘイズは怯えた表情で“紅剣”を振り下ろし――――
「ウォォーーーーッ!!」
「来るな、来るなァァァ!!」
――――刀身から放たれた灼熱の斬撃が俺の身体を半分消し飛ばした。
辛うじて回避したが、顔は右眼ごと灼き斬れ、上半身も右肩ごと消え去り、下半身も右脚の半分が焼失した。激痛が身体を麻痺させて、灼き切れた神経が俺に“死”を通告する。
それでも一歩も退かない。歯を食いしばって血を飲み込み、残された左脚で大地を揺るがす程に強く踏み込んで、フレイムヘイズに向かって魔剣を放つ。ノアへと勝利を捧げる、その意志だけが“死”に瀕した俺を突き動かす。
「あ、あぁ……あぁぁ、あぁぁあああああッ!?」
「これがお前が創ったグランティアーゼの騎士だ!!」
あらゆる手札を切ってしまったフレイムヘイズにもはや俺を止める術は残されていない。彼女はただ、自分の胸元に魔剣が突き立てられる瞬間を、ただ怯えた表情で見つめる事しか出来なかった。
そして、魔剣の刀身は紅い甲冑を砕き――――
「これで終わりだ、フレイムヘイズゥゥ!!」
「やめて……ガッ、アァァアアアアアアッ!!?」
――――フレイムヘイズの胸を魔剣が貫いたのだった。




