レイ=フレイムヘイズの記憶:ただ、退屈ゆえに……
――――私は退屈だった。動機はたったそれだけ。
『“火”、貴女には人間種と亜人種の管理を任せます。繁栄を阻害する脅威を排除し、人間たちが過剰な繁栄の兆しを見せた場合は文明をリセットなさい』
『はい、分かりました、お母様』
『我が炉心の一部、権能を分け与えられた貴女は神の代行者……その使命を忘れることなく、人類の恒久的な繁栄の為に尽くしなさい。この世界は……我々の手で護るのです』
私がアーカーシャお母様から与えられた使命は『人類の守護者』になる事だった。人類の脅威たりうる外的を強大な力で排除し、人類史が過剰に発展した場合は“粛清”と称して文明の破壊を図る。
まるで人類が造った『バベルの塔』に怒って雷を落として破壊し、人類の進歩を阻害する為に言語すらバラバラに引き裂いた神話の“神”のようではないか、そう私は呆れたのを覚えている。
『ただ遠くから観ているだけ……ああ、退屈だ』
当初、アーカーシャお母様に与えられた使命に従って私は人類を影から見守っていた。エルフ種たちが棲む広大な大森林に居を構え、人々の暮らしを見つめていた。
誰かを愛して子を生み、時には憎しみ合って殺し合い、幾度もの混乱と波乱を乗り越えて人類は日々を過ごしていく。それを私は退屈そうに遠くから観ていた。
『お母様は人々から讃えられているのに……私には称賛は無い。誰のおかげでのうのうと生きていられていると思っているんだ……奴等は?』
“原初の魔王”アラヤシキとの戦争の後、私は自分の境遇を退屈だと思い始めていた。
遠くから見つめる日々を“退屈”だと思うようになったから、人類に奉仕する私を気にも留めずにアーカーシャお母様や“原初の勇者”アマリリスを讃える人類に苛立ったから。
『えっ……国を興したい? 何を考えているのですか、“火”?』
『より人間に近い位置で監視をしようと思いまして。別に王になりたい訳ではありませんのでご安心を。あくまで迅速に動けるようにする為です』
『それなら構いませんが……分かってはいますね?』
『はい、過剰な繁栄は“粛清”の対象……アーティファクトを生んだ古代文明の二の舞にはさせません。人類にはいつまでも愚かな芋虫でいてもらわないと……』
『理解しているなら結構。好きにしなさい……』
私はアーカーシャお母様を説得して人類への干渉を始めた。どうせ守護するなら、粛清をするなら関わっていた方が退屈しない。そう考えたからだ。
最初は敬虔なアーカーシャ教団の信徒たちの国を創った。私はその国の司祭として潜り込み、政治の一切は担ぎ上げた聖女に丸投げした。
『偉大なる“火”様……どうか我々の声を女神アーカーシャ様に届けてくださいませ』
楽しかった。
私の言葉一つで民衆が動く、私の言葉一つで国家が成長する。責任は取らなくて良い、ただ自分の思うように国を動かして、ただ人間という私の“玩具”が繁栄していく様を特等席で眺めていれば良い。
『大変だ、魔物が攻めてきたぞーーッ!!』
『ああ、女神アーカーシャ様よ……我等に救いを』
最初に創った信徒たちの国は僅か数年で崩壊した。彼等は無力だった。迫りくる脅威に対して、ただ女神アーカーシャに救いの祈りを捧げるだけだった。
全員が魔物になぶり殺しにされた、国の象徴だった聖女は責任を取って自害した、残されたのは逃げ出した私だけだった。失敗した、私の“玩具”が壊れてしまった。
『早く新しい国を興さないと……また退屈になる』
壊れた“玩具”ではもう遊べない。残骸を後片付けして、私は新しい国を興すために動き出した。
早く新しい国を興さないとまた退屈になってしまう。そんな感情だけが私を動かす。そう、私は『退屈』である事が何よりも嫌いだった。
『次は戦士の国だ……それが駄目なら次は……』
次は戦士の国を創った。そして、戦士たちの国はあまりにも蛮族すぎて隣国に攻め滅ぼされた。
その次は魔法使いの国を創った。魔法使いたちは賢すぎたがゆえに国家ぐるみで禁忌に手を染めて、結局私が粛清する羽目になってしまった。
『もっと人間たちの自我を抑制せねば……連中は自我を強く持つと制御ができん。どうすれば……』
試行錯誤する日々は楽しかった。
自分の育成した国家が滅んでも、その失敗は次に活かせる。無数の屍を土の中に埋め込んで、私は日々人間たちを育成し続けた。
『なんだ……お前は? 私はいま忙しい……』
『お初にお目にかかります、グランティアーゼ辺境伯様。我が名はレイ=フレイムヘイズ……流浪の騎士です』
『それで……エルフの騎士が私に何用だ?』
『新たなる王を決める貴族たちの覇権争い、実に興味深い。私も一枚噛ませて……そして貴方に仕えたいと思っています、グランティアーゼ様』
『……問おう。なぜ私なのだ、フレイムヘイズ?』
『貴方に“王”の器を感じました。貴方なら他の誰よりも威厳ある“王”に君臨できるでしょう。どうか、私に新たな“王”の誕生にあやかれる機会を与えてください』
そして、私が創った錬金術師の国がクーデターで崩壊し、貴族たちによる覇権争いが勃発した中で私はある地方領主に目を付けた。それが後に騎士の国を興すグランティアーゼ辺境伯家だった。
別にグランティアーゼ辺境伯家に“王”の資質があった訳ではない。単純に他の貴族よりも手籠めにしやすいと思っただけだ。
『これで私が新たな王になれる! 感謝するぞ、我が騎士フレイムヘイズよ。貴殿のおかげで……この地に新たな“秩序”が齎された!』
『ハハッ、ありがたき御言葉です……』
『これより私は王となり、これよりこの地をグランティアーゼ王国と名付ける! 誇り高き騎士たちの国の誕生だ!』
そして、私という強大な戦力を得たグランティアーゼ辺境伯は瞬く間に覇権を握り、騎士の為の国家であるグランティアーゼ王国が産声をあげた。
私は国王お抱えの騎士として王都シェルス・ポエナに住み、国王に助言を与える要職に就いた。
『選ばれし王の剣によって構成された国王陛下直属の王立騎士団……ダモクレス騎士団か。名案だな、フレイムヘイズ卿……早速設立にあたってくれたまえ』
『はっ、すぐに着手致します、国王陛下』
『先の戦争で我が一族に手を貸してくれた騎士たちに声を掛けよ。エシャロット、オクタビアス、それにエンシェント……彼等は王国に忠誠を誓う良き騎士になるだろう』
グランティアーゼ王国での日々は楽しかった。
私は国王に進言して王立ダモクレス騎士団の設立に着手し始めた。国王の命令に絶対服従する優秀な“駒”で構築された武装集団、私はその騎士団の総司令として抜擢された。
それから間もなく、国王と私が選定した、私の優秀な“駒”になる騎士たちが続々と集まってきだした。
『お初にお目にかかります! 私の名前はラムダ=エンシェント! これより、王立ダモクレス騎士団の【王の剣】として皆様と同じ志を持ってグランティアーゼ王国に尽くしますので、どうかよろしくお願い致します!』
そして、グランティアーゼ王国の建国から数百年の時を歴て、その“狼”は私の前に姿を現した。エンシェント辺境伯家の血を引く少年、ラムダ=エンシェント。
アーティファクトを扱う彼の騎士団加入によって、王立ダモクレス騎士団の制圧力は飛躍的に増した。グランティアーゼ領を瞬く間に平定し、魔王グラトニス率いる魔王軍を壊滅させた。私を満足させるのに相応しい活躍だった。
『ラムダ卿、君は私が見たなかでも特に素晴らしい騎士だ。これからも励めよ、君ならアインス卿にも並び立つ誉れ高き王立騎士になれるだろう』
『ありがとうございます、フレイムヘイズ卿』
グランティアーゼ王国での日々は退屈しなかった。もっとこの日々が続いてほしいと思っていた。だけど、それは叶わない“夢”だ。
アーカーシャお母様に咎められた、禁忌とされたアーティファクトの蒐集に国王ヴィンセントの関与した以上、粛清は必然である。特例で見逃されたラムダ=エンシェントとは訳が違う。
『それが命令なら……従います、お母様……』
私には選択肢は無かった。アーカーシャお母様には逆らえない。だから私は国王ヴィンセントとその手先であるテトラ=エトセトラ卿を暗殺して、グランティアーゼ王国の解体に踏み切ることにした。
また退屈な日々が始まる事に恐怖して。
グランティアーゼは終わりだと言い聞かせて。
なのに、グランティアーゼの民たちは終焉を認めずに抗い出した。最初の信徒たちの国とは大違いだ。彼等はグランティアーゼ王国に執着し、その名を残そうと自らの手での抗いを良しとしていた。
『私の“玩具”の分際で、なぜ私に逆らう?』
それが私には理解できなかった。なぜ彼等は“運命”に抗おうとするのか、その感情がどうしても理解できなかった。
或いは……君と戦えば理解できるのだろうか、ラムダ=エンシェント。騎士道に殉じる“ノアの騎士”よ。ならば最後に私に騎士道を示してくれないか。
――――また私が退屈しないように。




