第884話:VS.【原初の亜人】レイ=フレイムヘイズ⑥ / “神秘落涙王国”グランティアーゼ
「チッ、古代文明の高速巡航艇か……目障りな!」
――――絶対絶命の俺とノアを救ったのは、ホープが操る『ノアの方舟』だった。聖堂騎士団に向かって制圧射撃を続けながら、方舟は高速で降下をし続けている。
「なにをしているグズ共! あの舟を撃ち落とせ!」
「承知しました、フレイムヘイズ様! 迎撃開始!」
フレイムヘイズに迎撃を促された聖堂騎士たちが方舟に向かって攻撃を開始する。魔力を込めた矢や斬撃、魔法などを放って飛来する方舟を撃ち落とそうとする。
《へっ……当たるかよ、んなのろい攻撃! こちとら宇宙空間を高速巡航できる特製のワンオフ機だぜ! この高速巡航艇『方舟』を舐めんなよ!!》
「ちょ、それは私用にカスタムした専用機ですよ!」
《へっ、こいつの取扱説明書は“ⅩⅠ”から貰ってんだ。オレでも操縦できるぜ、ノア! オラオラ、お返しのガトリング砲を喰らいやがれ、聖堂騎士団!!》
だが、操縦者であるホープは巧みな操縦技術で方舟を操り聖堂騎士たちの攻撃を回避、反撃の掃射攻撃で迂闊な迎撃を行なった聖堂騎士たちを返り討ちにしていた。
そして、そのまま方舟は俺とノアの頭上まで近付くと滞空して静止。機体後部の搭乗口を開き始めた。
《地上はてめぇ等に任せるぜ、王女様!》
「言われずとも分かっていますわ! 行きますわよ、王立騎士たちよ! ラストアーク騎士団、いざ出撃ですわッ!!」
「レティシア!? それにアリアたちまで……!」
「無事だった、ラムダさん!? 遅くなってごめん! 僕たちなら大丈夫、オリビアさんとアウラ様の結界で守ってもらって、ホープさんが乗っている方舟に助けてもらったんだ!」
《そう言う訳だ。礼ならいいぜ、ラムダ!》
方舟の搭乗口からは複数人の男女が飛び降りてくる。現れたのはレティシア、ミリアリア、ジブリール、そして元【王の剣】の七名。
聖堂騎士団を威圧するように現れたレティシアたちは即座に武装し、俺とノアを庇うように立ち塞がる。どうやら方舟を操るホープが【王の剣】を引き連れ、強襲要塞トロイメライの爆発に巻き込まれたレティシアたちを救っていたらしい。
「レティシア……」
「ヴィクターお兄様……貴方はあくまでもアーカーシャ教団への恭順を示すのですね……」
「……そうだ。これは私なりの国民への誠意だ」
「では……わたくしたちは“敵同士”ですね。わたくしは“粛清”の名の下に父を殺めたアーカーシャ教団を許しません! そんな教団に従うのならば……わたくしは貴方を倒します、お兄様」
「それで良い。私も遠慮はしない……」
レティシアは聖堂騎士たちを指揮する兄ヴィクターと対峙する。アーカーシャ教団は第一王子ヴィクターを、ラストアーク騎士団は第二王女レティシアを擁した。この瞬間、グランティアーゼ王国を巡る対立は極めて国際的な問題へと発展した。
勝利した陣営の王族が新たな“王”として君臨することになる。この時点で、第二王女レティシアを擁したラストアーク騎士団側にも一定の“大義”が発生したのだ。
「フン、かつての【王の剣】どもが揃いも揃って反乱者に肩入れか……嘆かわしい。ノア=ラストアークや魔王グラトニスなどという“異物”に取り入られた軟弱共が……」
「それはわたしたちの台詞です、フレイムヘイズ卿」
「トリニティ卿の言う通りだ。女神アーカーシャの傀儡として振る舞う裏切り者、レイ=フレイムヘイズ。エトセトラ卿を暗殺し、ヴィンセント陛下を謀殺した貴女に僕たちを非難する権利はないぞ」
「ほう? この国の“母”である私を糾弾する気か?」
「あったりまえだろ、頭に蜘蛛の巣でも張ってんのかクソババア! グランティアーゼ王国を滅ぼそうとしているテメェに“義”もクソもねぇだろ?」
「ヘキサグラム、女神の子である私を愚弄するか!」
「そうじゃ、その態度じゃ、フレイムヘイズ卿……いや、フレイムヘイズよ。其方は“王立ダモクレス騎士団総司令”である事よりも“女神アーカーシャの子”である事を選んだ。儂等はもはや其方を上官とは認めん! 王殺しの裏切り者よ……覚悟せよ!」
かつての【王の剣】たちはアーカーシャ教団に与し、王立ダモクレス騎士団の総司令である事を捨て女神アーカーシャの子である事を選んだフレイムヘイズをきっぱりと否定した。
「レティシア様がヴィクター様と対峙を……!?」
「わ、我々はどちらを応援すれば……!?」
「けど……国王陛下を暗殺し、王都を消し飛ばしたのは裏切り者のラムダ=エンシェントだってアーカーシャ教団は言っていた……」
「裏切りの騎士ラムダを信じろと……?」
「偉大なる騎士フレイムヘイズが裏切り者だって……」
ラストアーク騎士団と聖堂騎士団の対立を遠くから見ていた“享楽の都”アモーレムの住民たちが混乱し始める。
街の住民たちはアーカーシャ教団の制圧を受けながら、それでも教皇ヴェーダの慈悲によるグランティアーゼ王国の存続に期待していたのだろう。だが、レティシアの登場による別の可能性が頭をよぎってしまったのだろう。
「聞きなさい、グランティアーゼの民たちよ! 我が父ヴィンセント王を殺め、王都シェルス・ポエナを消滅させたのはラムダ=エンシェント卿ではありません! 彼は教皇ヴェーダの悪意によって無実の罪を被せられたのです!」
「聖堂騎士団、王女を黙らせろ! 今すぐに!!」
「ヴィンセント=エトワール=グランティアーゼを暗殺した真犯人はレイ=フレイムヘイズです! そして、王都シェルス・ポエナを消滅させたのはアーカーシャ教団が秘匿するアーティファクトによるものです! わたくしの手には真実を記した記録があります!」
「ええい、こうなれば私が手ずから……!」
「待て、フレイムヘイズ卿!」
「ヴィクター様、なぜ私を止めるのですか!?」
「レティシアの言い分を私に聞かせよ」
「お兄様……ありがとうございます。良いですか、アーカーシャ教団は自らの“罪”をラムダ卿になすり付け、教団による王国領の占領を正当化しようとしています! これは明らかな侵略行為です!! 故にわたくしは……そして、“彼岸の勇者”ミリアリア=リリーレッドと【王の剣】たちはアーカーシャ教団を告発し、ここにグランティアーゼ王国の復権を宣誓します!!」
「貴様等ぁ……勝手な真似を……!!」
「ジブリール、父上暗殺の瞬間を……王都消滅を捉えた映像を流しなさい! そしてグランティアーゼ王国の民たちに伝えるのです……真実を!!」
「待て……やめろ! そんな事をしたら……!」
「承知しました、レティシア様。映像記録『グランティアーゼの落涙』を再生……“享楽の都”全域に映像を投写します」
アーカーシャ教団はグランティアーゼ王国の滅亡に関して虚偽の報告をしていたのではないか。そんな国民の疑念を裏付けるようにジブリールは仮面から映像を投影、朝日が昇った空にある映像を投影した。
それはフレイムヘイズによるヴィンセント陛下暗殺の瞬間、そしてアーティファクト『月の瞳』による王都シェルス・ポエナ壊滅事件、通称『グランティアーゼの落涙』と呼ばれる惨劇の一部始終を収めた記録だった。
「これが貴女の犯した大罪です、フレイムヘイズ!」
「なっ……こ、これは捏造だ! なんの根拠ない!」
「我が父を殺してよくも白を切りましたね、フレイムヘイズ。どうやら……貴女には王立騎士としての矜持が無いようですわね」
「なんだと……小娘風情が偉そうに……!!」
「たしかに……この映像自体はアーカーシャ教団を告発する確たる証拠にはならないのかも知れません。ですが……“偉大なる王立騎士フレイムヘイズ”の欺瞞を暴くには十分な証拠だと言えるでしょう」
「レティシア……貴様ぁ……!!」
「我が父を殺し、王都の人々を大勢巻き込み、ラムダ卿に汚名を被せた貴女をわたくしは許しません! その命を以って全ての犠牲者に詫びなさい、裏切りの騎士レイ=フレイムヘイズ!!」
フレイムヘイズがヴィンセント陛下を背後から斬る瞬間、アーティファクト【月の瞳】から放たれた“落涙”によって王都が消える瞬間が克明に映し出される。
それをフレイムヘイズは『捏造だ』と言うが、レティシアの宣言通りその発言によってフレイムヘイズの騎士としての威厳は喪失した。本来仕える筈の王族であるレティシアを罵り、保身の為にレティシアを悪党に仕立てようとする彼女にはもう“理想の騎士”の面影はなかった。
「グランティアーゼ王国を愛する騎士たちよ、今こそ戦いの時! 聖堂騎士団を破り、裏切りの騎士フレイムヘイズを討ち……今こそ我等が祖国を奪還するのですッ!!」
「「イエス、ユア・ハイネス!!」」
「グランティアーゼの全ての民よ、立ち上がるのです! この国の行く末を決めるのは教皇ヴェーダではありません……決めるのは我等の“意志”です! わたくし達の心にグランティアーゼの意志ある限り……この国は決して滅びません!!」
「レティシア……王国の亡霊が……!!」
「わたくし、アリアたちで聖堂騎士団と相対します! ノアは方舟に乗って上空から支援を! ラムダ卿はフレイムヘイズを討ってください!!」
「…………イエス、ユア・ハイネス!」
「くっ、良いだろう……ならば、そのグランティアーゼの“意志”とやら、欠片も残さずに潰してやろう! 聖堂騎士団、我が命に従い反乱者共を討て!!」
レティシアの号令と共にミリアリアたちが突撃し始め、同時にフレイムヘイズの命令を受けた聖堂騎士団も突撃を開始する。
その中でノアは方舟から垂らされたロープ状のリフトに乗って自分の適したポジションへと向かっていく。
「我が騎士よ、これで憂いはなくなりました。さぁ、存分に戦いなさい。そして必ずや……貴方の国を取り戻すのです!」
「イエス、ユア・マジェスティ!!」
「ラムダ=エンシェント、まずは貴様から消し炭にしてやろう。そして、皆殺しにして完全に潰えさせてやろう……グランティアーゼの意志とやらをなァ!!」
盾になってノアを見送りつつ、俺はひとりフレイムヘイズと相対する。グランティアーゼ王国の歴史にその名を刻んだ“伝説の騎士”の欺瞞を暴き、討ち倒す為に。
背後でラストアーク騎士団と聖堂騎士団の激突の音が響く中で、俺とフレイムヘイズは剣を構えて睨み合う。
そして、ノアを乗せた方舟が飛翔して、朝日に照らされた草原に一陣の風を起こした瞬間――――
「決着を着けようか、ラムダ=エンシェント!」
「望むところだ、レイ=フレイムヘイズ!!」
――――“神殺しの魔剣”と“紅剣”が火花を散らして激突しあい、俺とフレイムヘイズによる決闘が幕を上げるのだった。