第883話:VS.【原初の亜人】レイ=フレイムヘイズ⑤ / 方舟 -The ARK-
「我が王よ、攻撃が来ます! お覚悟を……!」
「分かっています! 任せましたよ、我が騎士よ!」
――――頭上から無数の燃え盛る矢が降り注ぐ。その様は完全に“焔の雨”で、矢の一つ一つに膨大な魔力が内包されている。
着弾した瞬間に込められた魔力が一気に爆ぜ、対象を高火力で焼き尽くす火焔が発生するのだろう。つまり、直撃したらおそらくは助からない。
「スレイプニル、最大速度……加速開始!!」
「ちょ、私は立っているんですが……うおっ!?」
ノアがハンドルのグリップを思いっきり回し込んだ瞬間、大型二輪スレイプニルは凄まじい速度で加速し始める。
同時に、後方で矢の雨が地面に落下して真っ白な火柱を無数に発生させる。爆炎の衝撃波で草原の草花が揺らぎ、肌を焼く熱波が視界を歪めていく。
「そうら、逃げろ逃げろ! 負け犬は負け犬らしく逃げろ! ハハハハハハハハッ!!」
立ち昇る火柱をかい潜ってフレイムヘイズが俺たちを追う。第二の腕に装備した強弓でさらに矢を放ちつつ、第一の腕に装備した剣を幾度となく振り抜いて灼熱の斬撃を発生させていく。
「我が王には傷一つ付けさせん!」
「すでにちょっと火傷気味なんですが……」
「シャルルマーニュ、ラグナロク……いくぞ!!」
「無視された!? 聞いてます、我が騎士!?」
フレイムヘイズから撃ち出された灼熱の斬撃を両手に握った聖剣と魔剣で、隠し腕に生成した蒼い剣で斬り払っていく。幸い、斬り払った矢は即座に霧散して消滅していた。
そして、上空から降り注ぐ矢の雨はノアが卓越したドライビングテクニックで回避し続けていた。
「いつまで避けれるかな? せいぜい足掻け……」
猛攻はなんとか耐え忍んでいる。だけどフレイムヘイズの言う通り、いつまでも耐えれる訳じゃない。
無尽蔵に繰り出される攻撃を前に少しずつ息が上がり始め、ノアの運転もおぼつかなくなってきていた。遠からず些細なミスで、或いはフレイムヘイズの奥の手で俺たちは攻撃を受けてしまうだろう。
「そろそろかな……ヴィクター様、砲撃を」
「――――ッ! フレイムヘイズが仕掛けてくる!」
そして、“享楽の都”アモーレム目前まで迫った時だった、フレイムヘイズが仕掛けてきたのは。
彼女が魔法でどこかに通信を試みた瞬間、進行方向上に在る“享楽の都”アモーレムから魔力を帯びた砲撃が無数に放たれたのだった。
「これは……まさか聖堂騎士団が街に……!」
「クククッ……まさか私がのこのこと貴様たちの策略に乗ったとでも思っていたのか? こういう事態は予め想定済み、“享楽の都”には後詰めの聖堂騎士たちを配置していたのさ!」
「どうりで……素直に誘いに乗った訳ね……」
「ノア=ラストアーク……私を甘く見積もったな? 私とてダモクレス騎士団の総司令として様々な戦局を切り抜けてきた! 自分だけが“智将”だと驕るなよ!」
フレイムヘイズは俺とノアが自分を戦場から引き離す事を予想していたらしい。魔砲を放ったのは“享楽の都”アモーレムに控えていた聖堂騎士たちだ。
後方からはフレイムヘイズが放った矢の雨と灼熱の斬撃が、前方からは聖堂騎士団が放った砲撃の雨が迫りくる。流石に大型二輪スレイプニルの機動力でも回避は困難な程の弾幕だ。
「スレイプニル……ごめん。我が王、私に掴まって!」
「――――ッ!? なにをする気で……きゃっ!?」
大型二輪スレイプニルの機動力でも回避は困難だと踏んだ俺は聖剣と魔剣を隠し腕に持ち直し、空いた両腕でノアを抱えて加速気味に跳躍した。
踵から魔力を噴射し、大型二輪スレイプニルを踏み台にして“享楽の都”アモーレム方面に向けて跳ぶ。
「これで“脚”は無くなったな……!」
跳躍した一秒後には魔砲と矢の雨が一点に降り注ぎ、着弾地点を走行していた大型二輪スレイプニルが攻撃に巻き込まれて大破していった。
さっきまで力強く大地を駆けていた愛機が粉々に吹き飛ばされていく。その光景を目の当たりにしながら、攻撃の爆風に巻き込まれながら俺とノアは吹き飛ばされていく。
「――――ッ!? う、うぅぅ……いつつ」
「だ、大丈夫ですか、我が王!?」
勢いよく地面に叩きつけられ、そのまま何度も転がったが、身を呈して庇ったからノアには怪我はなかった。
だが、大型二輪スレイプニルが完全に破壊され、俺たちは“享楽の都”アモーレムの一〇〇メートル手前で機動力を失ってしまった。
「抵抗は止めるんだ、ラムダ卿。貴殿はすでに聖堂騎士団に捕捉されている……大人しくその場で武装解除するんだ! ノア=ラストアーク嬢、君もだ」
「ヴィクター様……」
「フレイムヘイズ卿と聖堂騎士団の挟撃だ、流石の君もラストアーク嬢を守って戦うことは至難だろう。君の負けだ……潔く投降するんだ」
大地に転がる俺とノアに対して、聖堂騎士団を率いるヴィクター様が降伏を勧告してきた。すでに聖堂騎士団が俺とノアを囲むように部隊を展開している。
聖堂騎士たちの数は目算で三〇〇〇、主力とは言わずとも後詰めとしては大戦力だ。その数の聖堂騎士たちが魔力を込めた矢を番え、俺とノアを狙っている。
「仲間の元に戻るべきだったな、ラムダ卿。言っておくが、此処に残った聖堂騎士たちは私の直属……つまりは精鋭だ。私を相手にしながら、片手間で殺せるとは思うなよ」
「フレイムヘイズ……」
「貴様が倒した『四大』どもと私は違う……私はグランティアーゼ王国建国から王立騎士団の長として戦術を指揮してきたんだ。残念だったな……これで“王手”だ」
そして、俺たちの退路を塞ぐように、背後からスレイプニルの残骸を踏みくだきながら人型形態に戻ったフレイムヘイズが近付いてくる。
右手に握った“紅剣”が煌々と輝き、その輝きに照らされただけで彼女の足下の草木や土が燃えていく。
「我が王……貴女だけは我が命に代えても……!」
「フフッ……あくまでもノア=ラストアークの盾になるか。泣かせるな……それをヴィンセント相手にしていれば良かったものを」
「…………っ!」
「なら、貴様の古ぼけた騎士道に免じて……貴様から先に殺してやろう。安心しろ、後で貴様の大好きな主も同じあの世に送ってやろう……その“人形”にあの世に逝ける“魂”があるかは知らんがな」
「貴女は……騎士道を理解していないのですか?」
「騎士道? なぜ私が“自己犠牲”を至上の喜びとする変態共の教義に従う必要があるのだ? 私は『四大』の“火”……偉大なる創造神アーカーシャの娘だぞ」
「呆れた……性根から腐ってるのね、貴女……」
フレイムヘイズからは“殺気”と“愉悦”の感情が滲んでいる。俺とノアを殺して、グランティアーゼ王国の反乱にトドメを刺すつもりなのだろう。
ヴィクター様も冷静に指示を出し、聖堂騎士たちに俺とノアを狙わしている。この状況でノアを護りながら戦い抜くのはフレイムヘイズの指摘通り至難の業だろう。
「聖堂騎士団よ、ラムダ=エンシェントとノア=ラストアークに狙いを定めろ。さぁ、貴様たちの首を取り、死体を晒してグランティアーゼ王国の歴史に“終止符”を打とうか……!」
「我が騎士、私には構わずに……」
「いいえ、お断りします……貴女を護ることこそが我が使命。貴女の死は我が死に等しい……ならば、最期まで私は貴女の“盾”として、“剣”としてお仕えさせていただきます」
ノアが時分は見捨てて戦えと言っている。だが、その命令には従えない。
俺は“ノアの騎士”として生きると決めたのだ。ならば、如何なる窮地でもノアを護らねばならない……たとえその果てに死んだとしても。
「ヴィクター様、攻撃宣言を……」
「悪く思うなよ、ラムダ卿……攻撃準備!」
フレイムヘイズに促されてヴィクター様が攻撃を宣言し、聖堂騎士団が手にした弓矢に魔力を集束させていく。
俺にできるのはノアの盾となって戦うこと。聖剣と魔剣を手に、目の前のフレイムヘイズを睨み、後方の聖堂騎士団に意識を注ぐ。
そして、ヴィクター様が攻撃指揮の為に振り上げた右腕を振り下ろそうとした瞬間だった――――
《おおっと、ふたりは殺させねぇぜ!》
「この声……ホープか!? どこに……!?」
「――――ッ! 上から何かが迫ってくる!?」
《オラオラァ、雑魚は引っ込んでなァ!!》
――――何処からともなくホープの声が響き、同時に上空から無数の弾丸が降り注いで聖堂騎士団を攻撃し始めたのだった。
弾丸の雨が降り注ぎ弓矢を番えていた聖堂騎士たちが撃ち抜かれていく。残った聖堂騎士たちはヴィクター様を庇いながら盾を展開して、突然の攻撃に防御姿勢を取る。
俺たちやフレイムヘイズは上空を見上げる。そこには昇り始めた朝日を浴びながら地上に向かって突っ込んでくるあるアーティファクトの姿があった。
「あれはまさか……どうしてあの舟が……!?」
音を切り裂きながら飛翔するのは、流線状の駆体が特徴的な全長二十メートルの白銀に輝く飛空艇。絶対に翔べなさそうな機影にも関わらず、未知の機関にて浮遊する未来の宙舟。
その機体を俺は知っている。ロクウルスの森の底の遺跡に封印されたように眠っていた方舟だ。
「ノアの方舟……ロクウルスの森に在った舟がどうして!?」
「私の宇宙艇……まさかホープ……!?」
《おう、短けぇ時間の中でサルベージしておいたぜ、ノア! てめぇの方舟でとっておきの増援を送り届けに来たぜぇ!!》
ノアの方舟――――俺がノアと出逢った天翔る舟が“享楽の都”アモーレムに向けて接近しつつあったのだった。