第881話:VS.【原初の亜人】レイ=フレイムヘイズ③ / 後片付けの時間
「おのれぇ、よくも我が愛馬を……!!」
「次はお前の首だ、フレイムヘイズ!!」
――――“神殺しの魔剣”ラグナロクによる一閃は渓谷に大きな亀裂を入れ、フレイムヘイズの愛馬グルファクシの首を寸断した。
フレイムヘイズ自身は大きく身体を屈めたことで辛うじて斬撃を回避していたが、首を落とされたせいで愛馬の制御は不可能になっていた。燃える白馬は徐々に速度を落とし始め、俺たちの駆る大型二輪スレイプニルに置き去りにされていく。
「このまま反転してフレイムヘイズにトドメを……」
「待ちなさい、我が騎士……あの馬、様子がおかしい」
だが、追撃の為に後方に振り返った俺はある光景を目の当たりにした。それは首を落とされた筈の焔馬グルファクシが首の無い状態でいまだに走り続けているという奇怪な光景だった。
傷口や全身から煌々と輝く焔を噴き出しながら白馬は駆け続け、フレイムヘイズは怒りを滲ませた表情で俺たちを睨みつけている。
「ふぅ……まさか我が愛馬を仕留めるとは……ラムダ=エンシェント、私の“玩具”の分際でよくもやってくれたな」
「なんだ……馬の全身が燃え始めて……!?」
「良いだろう……そこまで私という“創造者”に歯向かうのなら情けは掛けん。我が灼熱の焔にて細胞の欠片も残さずに殺してやろう! “形態変化”……開始」
そして、淡々と怒りを口にしながらフレイムヘイズ自身も身体から魔力を帯びた焔を放出し始めて、同じく燃え盛る焔馬グルファクシの焔と一体化していく。
エルフの騎士と燃える白馬の“輪郭”は焔に溶け合い、やがて一つの“輪郭”へと変貌していく。上半身はエルフの女性、下半身は大地を駆ける白馬、人馬一体の亜人。
「人馬一体! モード“ケンタウロス”!!」
「なっ……自分の愛馬と融合しただと!?」
燃え盛る焔の中から現れたのは、焔馬グルファクシと融合して半人半馬の亜人『ケンタウロス』へと変化したフレイムヘイズの新たな姿だった。
ついさっきまで力無く駆けていた白馬は再び力強く大地を駆け始め、蹄や尻尾からはさらに強力な焔が溢れ出ている。
「お前たちは逃さん、この国と共に滅べ……!」
「焔で第三、第四の腕を形成してるの……!?」
そして、フレイムヘイズは魔力を帯びた焔でさらなる変身を行なっていた。彼女の両肩からは第三、第四の腕が生え、フレイムヘイズは四本腕の異形へと変身していた。
右手に“紅剣”を握り、左手に紅く輝く灼熱の光剣を握り、新たに出現した第二の右手には紅く輝く槍を、新たに出現した左手には同じ紅く輝く巨大な戦斧を装備している。
「元々グルファクシは我が魔力で生み出した使い魔……アレも私の“玩具”にすぎんのだよ」
「…………」
「一つだけ訂正しておこう……私にとってグランティアーゼ王国はただの“玩具”だが、それなりに愛着はあるんだよ。自分が創った傑作だからな……」
「なら、どうして破壊を……」
「これはな、ラムダ=エンシェント……後片付けなんだよ。遊び終わった“玩具”は仕舞わないとな……それをするのが、グランティアーゼ王国の終焉を看取るのが私の最後の使命なんだよ」
ケンタウロスになったフレイムヘイズが加速して徐々に大型二輪スレイプニルへと距離を詰めてくる。その中で、彼女はグランティアーゼ王国への愛着を語った。
フレイムヘイズはフレイムヘイズなりにグランティアーゼ王国を愛して、だから王国の終焉を看取るのだと言う。遊び終わった玩具を片付けるように。
「ヴィンセントとエトセトラの馬鹿がアーティファクトに魅入られなければ、貴様とノア=ラストアークが現れなければ……もっとこの国で遊べたんだがな。けれど、アーカーシャお母様に『グランティアーゼ王国を解体しなさい』と言われれば、もう私にはどうしようもない……」
「俺たちは……グランティアーゼはまだ死んでいない!」
「お前の意見など聞いちゃいない!! “玩具”の分際で私に逆らうんじゃない! さぁ、後片付けの邪魔だ……さっさと死ぬが良い! そして、グランティアーゼ王国共々……私の『思い出』という戸棚に仕舞われてしまえ」
「そして、次の“玩具”を建国するのですね……」
「そうだ……グランティアーゼ王国を片付けたら、私は新たな国を興す! お前たちはもう終わった『物語』なんだよ……だから、遊び終わった“玩具”が未練がましく動いているんじゃない!!」
フレイムヘイズの中ではグランティアーゼ王国は完全に遊び終わった“過去”になっていた。それは俺にとっては屈辱的なことだ。
俺やオリビアたちが生まれ、多くの先人が愛した国が建国の母であるフレイムヘイズによって消されようとしている。それは許せない、俺たちはまだグランティアーゼ王国の中で生きていたい。
「我が王よ……このままでは貴女がフレイムヘイズの猛攻に晒されます。スレイプニルを“反転走行形態”にして、私がフレイムヘイズと戦います。我が王は運転を代わりに……」
「任せます、存分に戦いなさい……我が騎士よ」
「e.l.f.、僚機で我が王を護ってくれ! いくぞ……スレイプニル、“反転走行形態”!!」
だからこそフレイムヘイズの“後片付け”は阻まないとならない。彼女の手からグランティアーゼ王国を取り戻す為にも。ノアに大型二輪スレイプニルの操縦を委ねて、俺はハンドルを思いっきり切って駆体をドリフトさせる。
大型二輪スレイプニルが風を切り、地面の砂利を巻き上げて反転していく。ただし前方に向かって回転し続けるタイヤはそのままだ。タイヤだけは特殊機構によって駆体の回転に影響を受けずに前進を続け、駆体だけが完全に真後ろを向く。
「ほう……面白い仕掛けだな」
「“破邪の聖剣”シャルルマーニュ、抜刀!! 俺は……俺たちはお前の『思い出』に仕舞われるつもりはない! レイ=フレイムヘイズ、この国はすでにお前の手から離れた。いつまで“玩具”で遊んでいるんだ……このクソ子供が」
「私を子どもと宣うか……不敬!!」
大型二輪スレイプニルの座席の上に立ち、駆体側面に装着していた聖剣を右手に装備して俺は迫りくるフレイムヘイズと相対する。後部座席に座っていたノアは身体を半回転させると、大型二輪スレイプニルの後部に格納されていた小型ハンドルを握って操縦を開始する。
そして、四本の腕に四つの得物を握ったフレイムヘイズは好戦的な笑みを浮かべて最後の加速をする。お互いの距離は一メートルを切った、完全に武器の間合いだ。
そして、俺とフレイムヘイズはお互いに手にした武器を振り抜いて――――
「お前も私の『思い出』になれ、ラムダ=エンシェント!!」
「思い出になるのはお前だ、レイ=フレイムヘイズ!!」
――――残り僅かな渓谷を高速で駆け抜けながら、俺とフレイムヘイズはお互いの信念を賭けて斬り結ぶのだった。




