第873話:狂信者たち
「こちらアメン中隊ロッタ! ユニコーン中隊、状況を報告せよ! 繰り返すユニコーン中隊状況を報告せよ! ネルソン、聴こえますかネルソン!」
――――“迷宮都市”エルロル地下迷宮、“深淵牢獄迷宮”インフェリス第七階層『試練の間』にて。魔法によって構成された擬似的な月光によって照らされた彼岸花の花園、そこに拠点を構えた聖堂騎士団はラストアーク騎士団への対応に追われていた。
「ラストアーク騎士団の動きは〜?」
「第一階層に配置したペガサス中隊からの報告では……“傲慢の魔王”ラムダ=エンシェントが単独で“深淵迷宮”に侵入したと。ペガサス中隊はその直後にラムダ=エンシェントの襲撃を受けて壊滅したかと……」
「サートゥスへの制圧部隊の転移状況は〜」
「すでに第五階層まで転移済みです、アリエスⅢ。現在は第六階層のフェニックス大隊が転移中の筈ですが……」
「転移が間に合うか心配ですね〜……」
ラストアーク騎士団の中で唯一、ラムダ=エンシェントのみが“深淵迷宮”インフェリスへと突入、アリエスⅢたちの居る第七階層に向けて進撃を開始していた。
ラストアーク騎士団の襲撃に備え、迷宮の入り口である第一階層を守っていた筈の部隊はラムダ=エンシェントによって壊滅させられ、第七階層に陣を敷いた部隊は上層階層の状況を把握できなくなっていた。
「ともかく〜、フェニックス大隊の転移を最優先で行なうのです〜。我々アメン中隊はこのまま第七階層で待機〜、ラムダ=エンシェントの足止めに徹するのです〜」
「分かりました、アリエスⅢ」
「ラムダ=エンシェント……魔界で出会った時は鏖殺を是とする人間には見えませんでしたが〜……何があったのでしょうか〜? ともかく〜、アズラエルさんには早急に報告する必要がありそうですね〜……」
アリエスⅢはサートゥス制圧部隊の転移を優先させ、彼女の命令を受けた聖堂騎士は第六階層に居る部隊に転移を促す。
すでに第一から第五階層に配置していた制圧部隊はサートゥス制圧に向けて転移しており、ラムダ=エンシェントの襲撃は回避できた。あとは制圧部隊の後詰めである第六階層のフェニックス大隊を送れば目的はほぼ完遂できるとアリエスⅢたちは考えていた。
「こちらアメン中隊ロッタ! フェニックス大隊、応答せよ! ラムダ=エンシェントが向かって来ている。早急に転移を実行せよ! 繰り返す、ラムダ=エンシェントがそちらに向かって来ている!!」
《奴は……くっ、迎撃しろ! 急げ、急げーーッ!!》
「フェニックス大隊……どうしたのですか!? なぜ戦闘を行なっている……状況を報告せよ! フェニックス大隊、状況を報告しなさい!!」
《駄目だ、食い止め……ぐっ、あぁぁ!?》
「フェニックス大隊……!? フェニックス大隊、応答せよ!! 状況を報告せよ! ラムダ=エンシェントがもう第六階層まで来ているのか!? 報告を……報告を…………っ、通信途絶…………」
しかし、第七階層に留まった聖堂騎士たちが感じていたのは悪い予感だった。地上の防衛部隊を含む各階層との連絡を受け持っていた女性騎士ロッタによって伝えられたのは、何者かの襲撃を受けた第六階層の部隊が悲鳴とともに通信途絶したという事実だった。
その事実を知らされ、二〇〇名の聖堂騎士で構成されたアリエスⅢ旗下アメン中隊は固唾を呑んでいた。すぐ真上の階層で何かが起こったからだ。
「これは……困ったことになりました〜……」
アリエスⅢを含めた聖堂騎士たちの半数が第六階層がある真上を見つめ、残りの半数が第七階層の入口にあたる巨大な“門”の方向を見つめる。
聖堂騎士団が陣取った“深淵迷宮”は半年前、とある冒険者によって完全に攻略された。迷宮に蔓延っていた魔物を発生させていた最深部の邪神は討たれ、迷宮内からは危険な魔物の影は消失した。つまり、第六階層にいた聖堂騎士たちを襲ったのは“魔物以外の何者か”である。
「アメン中隊、戦闘態勢を取りなさい〜……」
精鋭揃いである聖堂騎士団が木っ端の相手に後れを取ることはない。だが、そんな聖堂騎士たちをいとも容易く屠る人物がラストアーク騎士団に所属しており、なおかつ“深淵迷宮”にすでに侵入している。
故にアリエスⅢは第七階層で待機している聖堂騎士たちに戦闘態勢を取るように促した。間もなくやって来るからだ、自分たちを殺すかも知れない存在が。その事実を聖堂騎士たち全員が察し、各々は即座に武装して敵襲に備える。
「我々の任務は時間稼ぎ……少しでも此の第七階層に“彼”を足止めするのです……」
「はい、心得ています、アリエスⅢ……」
「我々は此処で討ち死にします……ですが、これは嘆かわしい事ではありません。死した我々は女神アーカーシャ様の元へと旅立てる。永遠の安息が齎されるのです」
「はい……我々は美しい世界の礎に……」
「女神アーカーシャ様……どうか我々を、彷徨える子羊たちをお導きください。我々聖堂騎士に……この美しい世界を護る為の祝福をお与えください」
アリエスⅢが静かに祈り、彼女の声を聞いた聖堂騎士たちがその場で眼を閉じて女神アーカーシャへと祈る。彼女たちは全員が討ち死にを覚悟している。撤退の意志はない、サートゥスの制圧へと赴いた仲間たちへの脅威を少しでも軽減する為に、アリエスⅢたちは全員が“人柱”になる事を選択したのだった。
「アリエスⅢ、アレを……天井から血が……」
そして、聖堂騎士たちが緊張の糸を張り巡らせる中で、いよいよその脅威は第七階層へとやって来ようとしていた。一人の聖堂騎士は身に纏っている甲冑に何かの液体が滴ったのに気がついた。人間の血である。
その場に居た全員が真上を見上げれば、数十メートル頭上にある夜空模様の天井にヒビが入っており、そこから血が滴っていた。少しずつ量を増やし、ボタボタと滴り始めた鮮血は第七階層の庭園に植えられた朱い彼岸花に降り注ぐ。
「これは〜……嫌な予感がします〜……」
天井のヒビは数秒毎に広がっていき、彼方此方から鮮血が流れ落ち始めていく。ものの数十秒後には天井のヒビは十メートルほどに広がり、流れる鮮血はシャワーのように降り注ぎ始める。
そして、滴る鮮血が滝のようになった瞬間、ヒビの中央部に金色の刀身が突き刺されるように現れ――――
「こちらラムダ=エンシェント、たったいま第七階層に到着した。これより制圧を開始する……!」
――――同時に天井は音を立てて崩壊し、無数の瓦礫と聖堂騎士たちの亡骸と共に、白銀の甲冑を纏った金髪蒼眼の騎士が降ってきたのだった。
瓦礫が音を立てて第七階層に積もり、聖堂騎士たちの亡骸が甲冑由来の金属音を立てて瓦礫の上に積もる。そして、瓦礫と死体の山の上に返り血塗れの騎士が立つ。
「アリエスⅢを発見した……」
「ラムダ……エンシェント……」
聖堂騎士団の前に現れたのはラストアーク騎士団の“傲慢の魔王”ラムダ=エンシェント。緊迫の表情をするアリエスⅢたちが、金髪蒼眼の騎士が冷酷な視線で睨みつけていたのだった。




