第872話:エルロルの戦い -Battle of Error-
「一度だけ警告する……死にたくなければ退け。挑んでくるのなら……命の保証はしない」
「ラムダ=エンシェント……覚悟!!」
「分かった……それがお前たちの“意志”だな。ならば……“ノアの騎士”として、俺はお前たちを斬り捨てる!」
――――“迷宮都市”エルロル第零階層、広大な地下迷宮の上に築かれた冒険者たちの街。その大通りで俺は待ち構えていた聖堂騎士団と対峙した。俺の目の前にいる相手は目算で百人ほど、数百人を街全体に配備しているようだ。
俺が視覚から得た情報は右眼のアーティファクトを通じて戦艦ラストアークの艦橋に居るノアへと転送される。あとは彼女が戦況を分析してラストアーク騎士団に適時指令を送るだろう。俺はノアの判断に従うだけでいい。
《聖堂騎士団は第零階層全体を三〇〇名ほどで防衛しています。実際の人数よりも少ない、大半は“深淵迷宮”に居ると見做して良いでしょう》
「私に指示を……我が王よ」
《ラムダ卿は単騎で敵陣に突撃、できる限り敵対勢力を倒しつつ冒険者ギルド支部に在る迷宮への“門”の開放を。道中の敵は可能なら無力化を、必要なら殺害を許可します》
「イエス、ユア・マジェスティ!」
《聖堂騎士団は貴方を最大の脅威と見做して戦力を集中させるでしょう。残った聖堂騎士たちは『ベルヴェルグ』の皆に任せるのです。よろしいですね、我が“剣”よ》
戦況を分析したノアから俺への指令が送られる。俺の使命は聖堂騎士を蹴散らしつつも連中の気を引き、後続のミリアリアたちの為に戦場を引っ掻き回しながら冒険者ギルド支部に在る地下迷宮への入り口を開放する事だ。
ノアからの命令は絶対、ノアからの指令には疑う余地はなし、ノアからの信頼には“結果”を以って応える。それが“ノアの騎士”としてのラムダ=エンシェントの使命だ。俺は魔剣を握り、迫りくる聖堂騎士たちを迎え撃つ。
「女神アーカーシャ様の敵……貴様は此処で――」
「――――遅い。喋ってる暇があるなら剣を振れ」
先陣を切った聖堂騎士の騎槍による刺突を躱しつつ、すれ違いざまに魔剣を素早く振り抜いて首を斬り落とす。鋼鉄で形成された白銀の騎士甲冑は紙切れのように溶断され、騎士の首が頭上へと舞い上がる。
最初の殺しは“脅し”だ。仲間があっさりと死んだ様を見て、後続の騎士たちがどう反応するかを観察する。殺しは“ノア”から許可を得ている。躊躇う必要はない。必要なら視界に入る聖堂騎士は全て殺す。それが“ノアの騎士”の務めだ。
「怯むな! 波状攻撃で消耗させろ!!」
「動じないか……ならこっちも遠慮も無しだ」
宙を舞う仲間の首には目もくれず、聖堂騎士たちは俺を仕留めようと勇よく大地を踏みしだく。ある程度は覚悟していたが、やはり聖堂騎士たちは自らの“死”も仲間たちの“死”も気には留めないらしい。
目の前で武器や盾を構えた聖堂騎士の全員が己の命と引き換えにラストアーク騎士団を討つことを、世界の礎になることを良しとしている。彼等はたとえ手足をもいでも敵に喰らいつくだろう。
「斬り裂け、“神殺しの魔剣”!!」
「ラムダ=エンシェントを討て! 神の敵を討て!」
最初の二十人の聖堂騎士と交戦する。先頭に立つ五人の持つ魔力を帯びた騎槍が俺の心臓向けて突き出される。
「灼き斬れ――――“憤怒焔獄”!!」
その刺突に反撃するように、俺は灼熱を帯びさせた魔剣で眼前の空を真横に薙ぐ。その瞬間、刀身からは灼熱の斬撃が放たれて迫りくる騎槍を溶かし、盾や甲冑ごと聖堂騎士たちを溶断して切断する。
「ガッ――――!?」
「警告はした……退かないなら死ね」
胸元で上下に切断された聖堂騎士たちがその場に崩れて死んでいく。全員即死だ、彼等は大義を果たせぬままに“名も無き英雄”として死んでいく。
そして、斃れた聖堂騎士たちの亡骸を踏みしだいて俺は次の聖堂騎士たちの迎撃準備に入る。感傷に浸る暇は無い、俺に罪悪感を募らせる資格は無い。俺は“ノアの騎士”として、ノアを勝利に導く為に剣を振るうのみ。
「どぉけぇぇえええええええええッッ!!!」
素早く魔剣を真横に振り抜き、風で形成した斬撃を発生させる。鎌鼬のような風の斬撃は聖堂騎士たちの盾や甲冑を紙切れのように切り裂いて、その内側にいる生身の人間たちをズタズタに斬り裂いていく。
「我等は……アーカーシャ様の世界を護る為にぃぃ……!!」
大勢の聖堂騎士が死んでいく。だが彼等は断末魔などあげない。絶命する瞬間まで俺への敵意を剥き出しにし、最期まで武器を握り続けながら斃れていく。
それを俺は哀れとは思わない。聖堂騎士たちは自らの信念に殉じて死んでいくのだ。彼等は最期まで女神アーカーシャに忠誠を貫いた。その死に様を俺は美しく思う、主君を拝する同じ“騎士”として。
「さぁ、ラムダ=エンシェントは此処だぞ! 次に我をはばむ誇り高き騎士は誰だ! 遠慮せずに掛かってこい、さもなくば貴様たちの将の首をいただくぞ!!」
「オレたちで奴を仕留めるぞ、エリーゼ!」
「分かってるわ、ネルソン! 行くわよッ!」
「――――っ、上か。良いだろう……お前たちを気高き“騎士”として討ち、名誉ある戦死を手向けてやろう!」
俺の目の前にいた二十人ほどの聖堂騎士が死んで、大通りの向こう側からさらなる聖堂騎士たちが迫って来ている。
それと同時に、近くにあった宿屋の屋上から二人の聖堂騎士が武器を構えて飛び降りて来ていた。女性騎士は盾と騎槍を構え、もう一人の男性騎士は盾と片手剣を手にしている。
「アーティファクト生成――――“可変銃”!!」
飛び降りる二人を先に処理しなければ、後続の聖堂騎士たちを迎え撃つ際に妨げになりかねない。俺は肉体を構成するナノマシンを流動させ、空いていた右手にアーティファクトを生成する。
“可変銃”ヴァリアブル・トリガー――――長い銃身が特徴的な拳銃型アーティファクト。それを装備した俺は頭上から降ってくる二人の聖堂騎士に銃口を向け、躊躇うことなく引き金を引いた。
「魔弾装填――――発射ッ!!」
「――――ッ! ネルソン、離れ――――あっ……」
「――――ッ!? エリーゼ……!? くそ……!」
「まずは一人……次はお前だ……!」
撃ち出された魔弾は女性騎士の頭部を射貫いた。小さく声を漏らして女性騎士は空中で絶命する。だが、彼女は死ぬ間際、もう一人の男性騎士を思いっきり地面へと蹴り飛ばして彼を守っていた。
撃ち出した魔弾は二発。だが、女性騎士の身を呈した行動で男性騎士は魔弾をギリギリで躱していたのだった。
「よくもエリーゼを……貴様はオレが討つ!!」
そして、俺の目の前に着地した男性騎士は怒りに満ちた叫び声を上げると、手にした剣の刀身に魔力を込め、剣を勢いよく振り上げながら俺へと挑みかかってきた。
男性騎士の行動は迅速果断だった。女性騎士の“死”に惑わされることなく、彼女から繋いだ“命のバトン”を無駄にせんと着地と同時に跳び上がるように攻撃に移ったのだから。
だが、迅速果断なのは俺も同じ――――
「女神アーカーシャの威光の前に沈め、ラムダ――」
「――――“視閃光”」
「――=エンシェ……なっ!? かは……っ!?」
――――男性騎士よりも疾く、俺は攻撃していた。
男性騎士が剣を振り上げると同時に、俺は両眼から魔力を帯びた光線を発射していた。左眼から放たれた光線は男性騎士の剣の刀身を砕き、右眼から放たれた光線は男性騎士の心臓を撃ち抜いた。
致命傷を負った男性騎士は手から剣と盾を落とし、その場に膝をついて崩れ落ち始める。彼の行動、判断は優秀だった。だけど、それよりも俺の方が疾く、強かった。ただそれだけの話だ。
「おのれ……オレは……まだァァ!! ラムダ=エンシェントぉぉ……ノア=ラストアークなどという“悪魔”を崇拝する狂信者がァァ!!」
「……狂信者なのはお互い様だ」
「貴様のせいで大勢が悲しみを背負う……貴様のせいで大勢の幸福が壊される……どれだけの命を踏み躙れば満足するのだ、貴様はァァ……!!」
「……我が主を勝利させるまでだ」
「うっ……ガハッ! オ、オレは……女神アーカーシャ様の愛する世界を……ま、護りたい……だけなんだ……! な、何故……貴様は…………我々の愛する“平和”を……壊すのだ…………」
男性騎士は最期の力を振り絞って俺に掴みかかり、呪詛のような怒りを吐き出す。彼の言い分は正しい、彼は……俺が殺した聖堂騎士たちは全員、女神アーカーシャが築いた“世界”を護ろうとしただけだった。
「お前たちは……俺の“神”の敵だったからだ」
「エリーゼ、すまない……仇は……討てな…………」
そして、俺は俺自身が信奉する“神”の為に聖堂騎士たちを鏖殺した。俺も聖堂騎士たちも、どちらも“正義”にして“悪”である。ただそれだけである。
先に殉職した女性騎士に謝りながら絶命した男性騎士の亡骸を振りほどき、俺は大通りの向こう側から迫りくる聖堂騎士たちを迎え撃つ準備を進める。
《我が騎士よ、敵将アリエスⅢは“深淵迷宮”第七階層に居ると分かりました。地上階層は『ベルヴェルグ』に任せ、貴方は第七階層に向かいアリエスⅢを倒しなさい》
「――――イエス、ユア・マジェスティ……」
《貴方が犯した“罪”は……私が背負うべき“罪”です、我が騎士よ。貴方は貴方の成すべき“正義”を実行しなさい。その嘆きを、その葛藤を、その苦痛を……このノア=ラストアークが観測します》
そして、我が主からアリエスⅢの現在地の情報を貰い、俺は迷宮の入り口がある冒険者ギルド支部に向けて駆け出して行くのだった。




