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第867話:“Never meet your heroes”


「えっ……ラムダ、いまお前が当主なのか!?」

「まぁ、色々あってね……」



 ――――エンシェント邸を目指して、俺はかつての友人たちと一緒にサートゥスの大通りを歩いていた。どうやらみんなはエンシェント邸の庭園に設営された野戦病院に用事があるらしい。



「そっか……ラムダくん、もう領主様なんだね」


「そんな大層な存在じゃないよ。今はラストアーク騎士団の一員としてやることもあるし……正式に領主として認められるのはまだ先の話さ」


「それでも凄いよ……わたしなんかと大違い」


「そんなことないさ。俺は……失敗してばかりだった。何度も過ちをおかして、その度に色んな人に迷惑を掛けて、たくさん傷付いて……こうしてサートゥスに戻って来れたのは運が良かっただけさ」


「それでも……凄いよ。ラムダくんのこと、見直しちゃったな」



 道すがら、みんなとこれまでの情報を交換しあった。俺が歩んだ軌跡、サートゥスで起こった出来事などを。どうやら『グランティアーゼの落涙』でエンシェント家の人間が全員不在になった後、サートゥスの街は大混乱に陥ったらしい。領主一家がもれなく戦死か消息不明になったのだから当然だろう。



「オリビアさんの両親……パルフェグラッセさんがサートゥスの交易をなんとかやりくりしてくれてたんだ。ラムダが王都でオリビアさんと再婚約したおかげで、パルフェグラッセさんが近隣の貴族に口出しできるようになったんだ」


「パルフェグラッセさんが……」


「エンシェント騎士団も街の治安維持や流通ルートの防衛に尽力してくれたんだ。おれたちが今も物資や食糧に困ってないのは、パルフェグラッセさんやエンシェント騎士団のおかげさ。半分はお前の手柄だぜ、ラムダ」



 エンシェント家という支えを失ったサートゥスを切り盛りしたのはパルフェグラッセ家、つまりオリビアの両親らしい。一度は婚約破棄で両家の関係は切れてしまったが、俺が王都でオリビアに再度婚約を申し込んだことで関係が復活、パルフェグラッセ家が自治に関われたらしい。

 そして、パルフェグラッセ家はエンシェント家の名代として、エンシェント騎士団と協力し合って治安維持や流通を守っていたらしい。おかげでサートゥスは物資や食糧をある程度は確保できていたようだ。



「君は……まさかラムダくんか!? 無事だったのか!」

「あっ……パルフェグラッセさん……!」



 そんな話を友人から聞いていた時、目の前からくだんの人物がやって来た。白髪碧眼の男性と黒髪紫眼の女性、オリビアの両親だ。二人は俺の姿を見るやいなや、慌てた様子でこちらへと駆け寄ってきた。



「良かった、無事だったのかラムダくん! 王都消滅以降、消息不明のままだったから心配していたんだ……」


「ご心配をお掛けして申し訳ございません……」


「ラムダさん……オリビアは? あの子も無事なんですか!? 王都が消滅してから……あの子の行方も分からなくて……うぅぅ」


「大丈夫です、オリビアも無事ですよ。私と一緒にラストアーク騎士団の一員として活動しています」


「聞いたかお前!? オリビアも生きてるって……」


「うぅ……オリビア、生きてたのね……うぅぅ、うぅぅぅぅ……!! 良かった、良かったぁ……」


「オリビアは街に降りて医療活動をしている筈です。どこかに居ると思うのですが……」



 俺とオリビアの無事を知ったパルフェグラッセ夫妻は涙ながらに安堵している。『グランティアーゼの落涙』以降、俺たちの安否が分からないままで不安だったのだろう。



「その声……お父さん、お母さん?」

「オリビア……? オリビアなのか!?」



 そして、俺の後方からパルフェグラッセ夫妻が探し求めているオリビアが近付いてきた。目が見えない中でもオリビアは両親の声を聞き分け、二人の呼びかけた方向に向かって走り始める。



「オリビア、無事だったんだな!!」

「お父さん、お母さん……心配掛けてごめんなさい」


「良いんだ、良いんだよ……お前が無事ならそれで良いんだ。おかえり……オリビア」


「はい……ただいま、お父さん、お母さん……」

「オリビア……おかえりなさい。良かった……」



 大事な愛娘の姿を発見したパルフェグラッセ夫妻もオリビアの元へと走り始め、親子三人は抱き合ってお互いの無事を確認し合った。パルフェグラッセ夫妻はオリビアを強く抱き締めて涙を流し、オリビアも包帯を巻いた目元から涙を静かに流している。



「オリビア……その眼、どうしたんだ……?」

「あっ……えっと、これはその……」


「その、パルフェグラッセさん……実はオリビアは……視力を失ってしまって……。これは私の不徳の致すところであります。大切な一人娘であるオリビアを傷付けてしまい……申し訳ございません」


「ラムダくん……その話は……」


「い、いいえ、違うんですお父さん! これはわたしのせいなんです、ラムダ様の責任ではありません! どうかラムダ様を責めないでください、お願いします!」


「…………」



 オリビアは女神アーカーシャによる身体の乗っ取りから俺たちを守る為に、自らの視力を封じ込めた。身体を乗っ取られた際に視界情報を女神アーカーシャに与えないためだ。

 それを俺は『自分のせいだ』と打ち明けてパルフェグラッセ夫妻に頭を下げて、そんな俺をオリビアは必死に庇い立てした。そのせいかパルフェグラッセ夫妻は困惑した表情を浮かべている。



「この責任はちゃんと取ります。オリビアのことを生涯の伴侶として大事にします。だから……私たちの結婚を許してはいただけませんか!」


「ラムダさん……」


「そうか……ラムダくんもオリビアも、ちゃんとお互いを想っているんだな。なら……もう私から言うことはなにも無い。君たちの人生は君たちのものだ……ちゃんと後悔の無い道を歩みなさい」


「お父さん……」


「オリビア……少し見ない間に……立派な淑女レディになったようだね。若い頃の母さんにそっくりだ。もう……君は立派な大人だ。これからは……自分の信じた“道”を歩みなさい、オリビア」


「はい……ありがとうございます、お父さん……」



 けれど、俺とオリビアがお互いを想い合っている姿を見て観念したのか、パルフェグラッセ夫妻は俺たちの仲を素直に受け入れてくれた。

 それは、大切な愛娘からの“子離れ”を意味しているのかも知れない。パルフェグラッセ夫妻はオリビアの頭を優しく撫でて、彼女との()()()()()()()()()()を思い出に刻み込んで、そしてオリビアを自分たちと同じ『大人』として祝福した。



「ラムダくん……どうか娘をよろしく頼む。知っての通り、オリビアは利発だが少し腹黒い。どうか愛想を尽かさないで愛してやってくれ」


「お父さん……なぜ若干けなしたのですか?」


「もちろんです……オリビアのことは生涯を掛けて愛します。どうか安心してください。オリビアの優しさも……若干嫉妬深いところも愛してみせます」


「ラムダ様も……なぜ立て続けにけなすのですか?」


「頼むよ、ラムダくん……ああ、オリビアの結婚相手が君で本当に良かった。これで心配事が一つなくなったよ。そうなると……そうだな、()()()()()()()()()()()()。なんてな、ハハハ……少し二人には早い話か!」


「ゔっ!? う、うぅぅ…………」


「あら……どうしたの、ラムダくん? 急に顔面蒼白になって? どこか具合でも悪いの……大丈夫ですか?」



 さて、()()()()はここからである。俺とオリビアの結婚はパルフェグラッセ夫妻に認められ祝福された。しかし、俺には夫妻に報告しなければならない事がある。

 その事を切り出す前にパルフェグラッセ夫妻は()()()()を口にしてしまった。その瞬間、俺の全身から冷や汗が滝のように流れ出した。



「あ、あの……パルフェグラッセさん。実はですね……非常に……非っっ常ぉぉ〜〜に……言いづらい事があるんですが…………」


「なんだね……もう嫌な予感しかしないのだが?」


「じ、実はですね……あ、あはは……オリビアなんですが……もうすでに……に、妊娠していましてですね。そ、その……あと十カ月もしたら……ま、孫の顔を見れることになるかと……///」


「えっ……な、なにを言ってるのかね、ラムダくん?」


「その、お父さん、お母さん……わたし、もうラムダ様との子を妊娠していまして/// まだ結婚式も挙げてないんですけど……わたしオリビア=パルフェグラッセは……ママになってしまいました♡」



 その発言を聞いた瞬間、パルフェグラッセ夫妻はおろか友人たちも、話を立ち聞きしていたサートゥスの住民全員が驚愕の表情のまま固まった。一瞬にして感動の雰囲気が凍りついてしまったのである。

 嬉しそうにしているのは、お腹を擦って頬を赤らめているオリビアだけである。



「お、おぉ……おわぁぁ〜〜! オリビアさんが、オリビアさんが……僕たちのクラスのアイドルであるオリビアさんがぁぁ!? ラ、ラムダにもう孕まされてしまっただとぉぉ〜〜!!?」


「うわぁぁ〜〜、オリビアさんがぁぁ〜〜!!」


「サートゥスで一番の美少女であるオリビアさんが……うぉぉ〜〜、結婚前にオリビアさんを妊娠させるなんて……見損なったぞラムダぁぁ……おれはまだ童貞なのにぃぃ〜〜!!」


(せっかく上げた好感度が地に墜ちた!?)


「ラ、ラムダくん……君は結婚前にオリビアを孕ませたのか!? まだ嫁入り前の15歳の娘を!? それは立場的にマズいだろう……いや、ちょっと……オ、オリビアが……すでに妊娠……」


「でもあなた……私もオリビアを産んだのは16歳の時ですよ? あなた他人ひとのこと言えるのですか?」


「えっ……それはそうだが……いや、しかし……ラムダくんは由緒ある辺境伯家の人間だぞ? 私のようなただの庶民とは訳が……」


「ラムダくん最低〜、ヤリチンだったのね……」


「ラ、ラムダくん……オリビアさんを妊娠させるなんて……爽やかな見た目なのにアッチは“男”なんだ。良いなぁ……オリビアさん、羨ましいなぁ///」


「あぁ……みんなの中の俺の印象が悪くなっていくぅぅ(泣)」



 オリビアに憧れを抱いていたクラスの男子がその場に崩れ落ち、女子たちが軽蔑の眼差しで俺を睨んでいる。それほどまでにサートゥスに於ける『オリビアの妊娠』は一大スキャンダルなのである。



「ラムダくん……君がそこまで軽薄な男だとは……」


「お待ち下さい、お父さん。これは我がパルフェグラッセ家とエンシェント家の結び付きをより強固なものにする為に必要なことなのです。良いですか……ラムダ様はすでにエンシェント家の当主。つまり……わたしの子どもは『エンシェント家の跡取り』になる事が確定しているのです!」


「だがなオリビア……これはそういう問題では……」


「それに……ラムダ様との関係強化はすでにパルフェグラッセ商会の販路拡大だけには留まりません。ふふっ……コレットさん、シリカさん、ラムダ様ご自慢のコネクションをわたしの両親に紹介してください」


「「かしこまりました、奥方様!」」


「なんだこの狐メイドと竜人メイド!? いつの間に現れた!? いや……片方はコレットさんか……」



 パルフェグラッセ夫妻……というよりお義父さんはオリビアがすでに妊娠している事に激しく動揺している。だが、そんな父親をよそにオリビアは得意気な表情で指をパチンと鳴らし、どこからともなく現れたコレットとシリカはぞろぞろと誰かを連れてき始めた。



「お父さん、お母さん、紹介しますね……」


「始めまして、パルフェグラッセさん。わたくしはレティシア=エトワール=グランティアーゼと申します。ラムダ卿やオリビアさんには日頃からお世話になっていますわ」


「レティシアさ……第二王女様ーーっ!!?」


「祖国奪還の暁には……是非ともパルフェグラッセ商会のお力添えをお願いしますわ。それと……オリビアさんのご懐妊おめでとうございます。我等グランティアーゼ王族はあなた方を手厚くサポートいたしますわ……」


「あ、あわわ……王族とコネクションが……!?」


「コホン……私の名前はアロガンティア帝国第二皇女、アリステラ=エル=アロガンティアと申します。ラムダ卿とオリビアさんの同志にして友人です」


「ア……アロガンティア帝国の皇女様……!?」


「グランティアーゼ王国奪還の暁には……我が帝国はグランティアーゼ王国との同盟を考えています。その時、ぜひパルフェグラッセ商会には両国の物流を担って貰いたいと思っていますわ」


「あ、あわわ……」


「儂はグロリアス=バハムート……天空大陸ルイナ・テグミーネを治める領主じゃ。パルフェグラッセ殿には是非とも我が天空大陸との流通をお願いしたいのだが……如何かな?」


「て、天空大陸……あの伝説の!!?」


「どうもお初に、パルフェグラッセ殿。我の名はミカゲ=イザヨイ、幻想郷マホロバのまつりごとを任せられた議員の一人だ。オリビア嬢から貴殿の話を聞いていてな……是非とも我が幻想郷との流通ルートを確保してもらいたいのだが」


「げ、幻想郷……!!?」


「クハハハ、そなたがオリビアの父親か? 儂の名はルクスリア=グラトニスじゃ! ラストアーク騎士団総司令、そして魔界マカイを統べる“暴食の魔王”なのじゃ!」


「え、えぇ〜!? 魔王グラトニスまで〜〜!?」


「実はのう……【死の商人】メメントが失脚して、儂の元にグランティアーゼ王国の美味なる菓子を運ぶ商人が居らんで困っておったのじゃ。どうじゃ……儂と取り引きせんか?」


「お、おぉぉ……!? おぉぉぉぉ!?」


「どうですか、お父さん? ラムダ様と結婚し、さらに子どもを産めば、この錚々たるVIPたちとのコネクションが手に入りますよ? もはやパルフェグラッセ商会はグランティアーゼ王国を飛び越えて、世界のパルフェグラッセ商会へと成ってしまうのです!」


(き、きたねぇ……コネで親を丸めこもうとしている……)



 オリビアが両親に紹介したのは各国の首脳や王族たちだ。俺が築いたコネクションを利用すれば、パルフェグラッセ商会は世界に名を轟かせる存在になるとオリビアは父親に囁いている。

 お義父さんは口あんぐりと開けて呆然としている。元々俺とオリビアの婚約はエンシェント・パルフェグラッセ両家の勢力拡大を目論んだ政略結婚だ。だが、当初の予想を大幅に超えたコネクションを提示されてしまったせいでお義父さんは頭がパンクしてしまったのだろう。



「あ、あ、あぁ……圧倒的コネクションーーッ!!?」

「ギャーーッ!? お義父さんが泡吹いて倒れたーーッ!?」



 そして、あまりにも強大なコネクションをオリビアによって披露されてしまったお義父さんは口から泡を吹きながらその場に倒れてしまうのだった。

 こうして、俺とオリビアの結婚は正式に認められ、オリビアの妊娠もなんとか許して貰えたのだった。その代償として、俺はクラスメイト達から『孕ませ騎士ナイト』と呼ばれる事になってしまったのだが……。

今回のサブタイトル『Never meet your heroes』……意味は「英雄に会うな」です。憧れていた人の素顔を知るとギャップとの差で幻滅する、という意味らしいですね。


これと似たような格言に「憧れは理解から最も遠い感情だよ」がありますね。こっちは逆方向からのアプローチで、“憧れ”というフィルターのせいでその人物の本質が見えなくなってしまうという意味ですね。

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