第866話:衣錦還郷
「ホープ、聖堂騎士団はどうなった?」
《ああ、おめぇがレオⅤⅡを叩きのめした時点でラストアーク騎士団の勝ちだ。“聖竜”とか言う御大層な名前のトカゲはツヴァイたちが討伐、聖堂騎士団も半数が死亡、ないし戦闘不能だ》
「残った聖堂騎士はどこに消えたか分かるか?」
《転移陣で強制転移された連中は近くには居なさそうだな……シャルロットの“千里眼”でも確認済みだ。隣街のオトゥールにも居なさそうだ》
「分かった、ありがとう」
――――エンシェント領サートゥス。ラストアーク騎士団とアーカーシャ教団による『サートゥスの戦い』から三時間程が経過した頃。戦いの結果はラストアーク騎士団の勝利で終わり、聖堂騎士団は結局サートゥスの街へと足を踏み込むことなく敗北した。
聖堂騎士団を率いていたレオⅤⅡは俺との決闘に敗北して捕虜に、聖堂騎士の半数は戦死か捕虜に、残りの半数は突如出現した転移陣によって強制的に転移させられて撤退していった。
《一応、艦橋で引き続きアーカーシャ教団の動向には目を光らせておく。おめぇはレジスタンスを指揮している貴族どもと話をつけてこい》
「ああ、そうするよ……」
《グラトニスはもう向かってる。さっさとしねぇとまたドヤされるぞ。それと……せっかく故郷に錦を飾れたんだ。胸張って堂々と歩きなよ……英雄さん》
「誂うなよ、ホープ……」
《へっ……んだよ、世辞は嫌いか? 相変わらず謙虚だな。まっ、そこがおめぇの美点なんだが……いいや、なんでもねぇ。さっ、オレも忙しくなるから通信切るぞ。あとはてめぇで頑張んな》
ホープ曰く、近隣には聖堂騎士団の影は見えないらしい。どうやら連中はエンシェント領から撤退したらしい。おそらくは何者かが意図的に聖堂騎士たちを遠くに撤退させたのだろう。レオⅤⅡに食いちぎられた左腕を接合しながら、俺はそんな事を考えていた。
よって当面の危機はないらしい。サートゥスの街は辛うじて助かった。それを確信した瞬間に思わず安堵のため息をついてしまい、そこから俺はエンシェント邸を目指して街の大通りを歩き始めた。
(変わっていない……半年前と同じ光景だ)
朝日に照らされたサートゥスの街並みは昔と同じ、俺が住んでいた時のままだった。白い壁が特徴的ま住宅が大通りに建ち並び、街の中心に在る大広間にはエンシェント家の初代当主を象った銅像が設置されている。
エンシェント領サートゥス――――グランティアーゼ王国から辺境伯の地位を貰った騎士の名家エンシェント家が治める街で、俺とオリビアの生まれ故郷だ。人口は三〇〇〇人ほど、ほんの少しだけ栄えた辺境の土地。
王立ダモクレス騎士団を目指す若き騎士たちはエンシェント家が指揮するエンシェント騎士団へと入団し、そこで武功を上げて王立騎士団への足掛かりを掴む。王立騎士を目指す者たちの“登竜門”となる地だ。
(負傷者した民間人が多い……各地から逃れた難民か?)
街並みは以前と変わらない。ただ少し違うのは、サートゥスの住民に紛れて、グランティアーゼ王国の各地から流れてきた難民たちが居ることだ。おそらくレジスタンスと共にアーカーシャ教団の粛清から逃げてきた人たちなのだろう。
レジスタンスの騎士たちと共に難民たちも治療を受け、余力のある者はサートゥスの住民たちと共に負傷者の手当てに奔走しているのが見えた。
「お前……ラムダか? 帰ってきたのか……!?」
「……っ! その声は…………」
沿道の人たちを見ながら歩いていた時、ふと俺は誰かから声を掛けられた。振り返れば、そこには医療道具を両手いっぱいに抱えていた十数名の少年少女の姿があった。
皆、なんとも言えぬ表情で俺の顔を見つめている。彼等の顔には見覚えがあった。
「みんな……久しぶり!」
彼等は俺とオリビアが十五歳になるまで通っていたサートゥスの学校のクラスメイトたちだ。同じ校舎で学び、それぞれの“夢”を語り合い、『神授の儀』を境に別々の道を歩み始めた“友人”たち。
「変わってないな〜、元気そうで良かった!」
みんな半年前と変らない姿だった。だからだろうか、俺は少しだけ安心して、声を弾ませながらみんなの元へと駆け寄って行った。単純にみんなが元気で、アーカーシャ教団の粛清から逃れてくれた事が嬉しかった。
「ラムダ……お前、変わったんだな……」
けれど、俺が近付いた瞬間、みんなは表情を曇らせて、俺のことを『変わった』と言って目を逸らしてしまった。なにか負い目を感じているような、そんな表情に見える。
「どうしたんだ……みんな?」
「風の噂で聞いたんだ……お前が王立ダモクレス騎士団のスカウトされて、魔王グラトニスを戦争で倒して、国王陛下を暗殺したって……」
「それは……いや、俺は国王陛下は殺して……」
「ああ、知ってる……この街に避難してきた人から全部聞いた。お前は濡れ衣を着せられただけだって。ラムダ……おれたちの知らない所で苦労したんだな……」
「みんな……」
「おれたちは女神アーカーシャ様から授かった職業に安堵して、今日までのうのうと暮らしていた……お前が何度も死線をくぐり抜けていた事も知らずに」
「…………」
「おれたちが変らない間に、お前は変わっちまった。もう……お前が遠い雲の上の人のように感じるよ……ラムダ」
それは、少しだけ寂しい独白だった。みんなが『変らない毎日』を送っている中で、俺は『激動の毎日』を送っていた。その“差”が俺たちの間にあまりにも大きな“溝”を作ってしまっていた。
みんなの目の前に立っているのは、もう『あの日のラムダ』ではないらしい。もっと別次元の人物が立っているように見えるのだろう。その事実を知って、俺はみんなに置いていかれた気がした。いいや……俺がみんなを置いていってしまったのだろう。
「ありがとう、ラムダ……サートゥスを守ってくれて。お前が来てくれなかったら……おれたち今頃アーカーシャ教団の粛清に巻き込まれていたかも知れない……」
「いいんだよ、そんなこと気にしなくても……」
「それと、あの……すごく言いにくいんだけど……謝らせて欲しいんだ。ごめん、ラムダ……『神授の儀』の時、お前のことを笑って本当に悪かった。この通りだ、本当にごめん!」
「みんな……」
「わたしもごめんさなさい、ラムダくん……わたしたち、サートゥスを守ってくれてたラムダくんに酷いことを言っちゃった。本当に……本当にごめんなさい!」
そして、みんなは俺に『ありがとう』と伝えると、すぐに頭を下げて謝った。みんな『神授の儀』の出来事を後悔していた。
その日、女神アーカーシャから術式と職業が授けられる『神授の儀』の日、俺は【ゴミ漁り】だと言われてサートゥスから追放された。教会に居合わせた人々は、エンシェント家の子どもである俺の凋落を嗤った。クラスメイトのみんなも同じだった。
「おれは……おれたちは……女神アーカーシャ様から与えられた『人生』に満足していた、ラムダのことを嗤ってしまった自分が恥ずかしい……! ラムダはサートゥスを守った英雄になったのに……おれたちにできるのは負傷者を手当てすることぐらいだ」
「…………」
「聖堂騎士団とお前が戦っていた時……俺たちは怖くてずっと隠れていた。情けないよな……お前は最前線で戦っていたのに。お前の方が凄いよ、ラムダ……だから、嗤ってごめん。おれたちが悪かった……馬鹿にして…………ごめん」
みんな、俺に対して罪悪感を感じている。中には泣いている者もいる。自分たちが馬鹿にして追い出した男に命を守られた事で、自分たちのした事の重さを知ってしまったのだろう。
その場にいた全員が、俺から下される“断罪”を受け入れようとする表情をしていた。きっと俺が許さないと思っているのだろう。だから負い目を感じて目を逸らしてしまった。
「…………俺は……最初はみんなを見返そうと思っていた。俺のことを嘲笑った奴をギャフンと言わせようって……そんなことを考えていた」
「ラムダ……」
「けど……旅の中で俺は大切なものを見つけれた。だから……今は【ゴミ漁り】だって言われてサートゥスを追い出されたことも意味があったんだって思っている。そりゃ……今でも納得できないことは色々あるけどね……」
「…………」
「それでも……俺は今まで歩いてきた“自分の歩み”は否定したくないんだ。だから……怒ってないよ。こうして謝ってくれたんだ……それだけで、もう十分に満たされたよ」
だからちゃんと伝えたかった。俺の今の想いを。確かに追放された時は怒りを感じていた、悔しさを滲ませていた。けれど、今はもう違う。
ノアと出逢い、仲間たちと出逢い、王立ダモクレス騎士団に迎えられ、ラストアーク騎士団の一員として戦い、大勢の大人たちの背中を見て、ノアとオリビアとの間に子どもを授かって、そんな考えは変わった。
「俺は今でも……ラムダ=エンシェントのままさ」
全てを否定されて、嘲笑されながらサートゥスを追い出され、苦難の果てに人間でなくなっても、その歩みの全てが今の『ラムダ=エンシェント』を形作る大切な“欠片”だと胸を張って言える。
だから、俺は精一杯の笑みを浮かべて、ずっと頭を下げ続けるみんなに右手を差し伸べた。またやり直したい、もう一度『友だち』になる為に。
「俺は変わったのかも知れない……けど、みんなだって遅くない。今から少しずつ変われば良いさ。その第一歩として……どうか俺を助けて欲しい」
「ラムダ……」
「みんなが怪我人を手当てしてくれるなら、俺は安心して戦える。約束するよ……必ずグランティアーゼ王国は取り戻す。だから……みんなは俺の代わりにサートゥスを守って欲しい。もうやってるんだ……簡単だろ?」
「ラムダ……あぁ、そうだな。今からでも……変われるよな! ありがとう……ありがとう、ラムダ……」
そして、先頭でずっと頭を下げていた友だちが俺の手を取って、『神授の儀』からずっと別々の道を歩んでいた俺たちの“道”は再び交わるのだった。




