第863話:"I'm holding out for a hero 'til the end of the night"
EPISODE ⅩⅥ
“Return of the King's Sword”
The Kingdom of Grantearze stood on the brink of annihilation. Declaring the dissolution of the state, the Akasha Order occupied city after city, aiming to erase the long-standing tradition of the chivalric kingdom from history. In response, the noble houses rose in rebellion. Leading their knights, they waged resistance against the Order. Yet the rebellion was crushed by the Holy Templar Order, and the remaining forces were driven into the last sanctuary-Satus, domain of House Ancient.
But the knights have not yielded.
Even as they are cornered in Satus, the knights still stand as the “Shield of the Kingdom,” striving to protect the soul of Grantearze until the very end. And in this hour of despair, they place their hope in the return of the one who can overturn their fate − the long-lost “King's Sword”……
「急いで陣形を固めろ! アーカーシャ教団の粛清部隊が来るぞ! 急げ、急げ、急げ!!」
――――旧グランティアーゼ王国、エンシェント領サートゥス、時刻は深夜。代々の騎士の名家であるエンシェント辺境伯が統治する街では三百人の騎士たちが慌ただしく陣形を組んでいた。
「なんとしてでもこの街だけは死守を……!」
グランティアーゼ王国は国王だったヴィンセント=エトワール=グランティアーゼが教団によって禁忌と定めたアーティファクトを蒐集しようとした罪で粛清・解体された。国王ヴィンセントは処刑され、衛星機動兵器型アーティファクト【月の瞳】による大質量攻撃“落涙”によって王都シェルス・ポエナは消滅、グランティアーゼ王国はアーカーシャ教団によって解体が宣言された。
だが、グランティアーゼ王国への強い忠誠を誓う一部の貴族たちはアーカーシャ教団による理不尽な国家解体に反発、王立ダモクレス騎士団の残党や地方騎士団を率いて抵抗を開始した。しかし、精鋭騎士【王の剣】率いる王立ダモクレス騎士団を失った反乱軍に勝機の目は無かった。
「此処を落とされれば……我等は敗北する……」
グランティアーゼ王国の多くの都市はアーカーシャ教団の粛清部隊によって陥落させられ、反乱軍は徐々に追い詰められていく。貴族たちが拠点を構えていた“享楽の都”アモーレムはあっという間に落とされ、反乱軍が前哨基地としていた“迷宮都市”エルロルも攻め落とされ、そしてアーカーシャ教団は遂にエンシェント領オトゥールをも侵略しきった。
反乱軍に残されたのはグランティアーゼ王国辺境の地であるサートゥスのみ。この街を落とされた瞬間、反乱軍は全ての拠点を失ってアーカーシャ教団に完全な敗北を喫してしまう。
「奪わせない……わたしたちの国を!」
最初に反乱に参加した騎士たちは五〇〇〇人を超えていた。だが、騎士たちは次々に捕縛され、討ち取られて数を減らし、サートゥスへと逃げ延びた時にはその数を僅か三〇〇人へと減らしていた。
しかも、その多くがそれまでの戦いで負傷した者ばかりだった。剣や槍はボロボロになり、傷だらけの身体を無理やり奮起させ、騎士たちは今にも折れそうな心を“希望”で繋ぎ止めて迫りくる脅威に備える。
「サートゥス郊外距離二〇〇に“転移陣”の出現を感知! アーカーシャ教団――――来ます!!」
そんな傷だらけの騎士たちに絶望を与えるように、夜の静寂を撃ち破ってアーカーシャ教団の刺客たちはサートゥスへと迫りくる。サートゥスと隣街オトゥールを繋ぐ街道沿いに無数の転移陣が出現し、そこから白い仮面を装備し、全身を純白の甲冑で覆った武装騎士たちが続々と現れ始める。
彼等はアーカーシャ教団が抱える聖堂騎士団、アーカーシャ教団へと反旗を翻した逆賊を粛清する為に派遣される“神の剣”である。その数は実に一万名を超える。そして、そんな聖堂騎士団を率いるのは目元を仮面で隠した獅子系亜人種の青年。
「反乱軍、サートゥスの大通りに陣を敷いています。如何なさいますか、レオⅤⅡ? ご指示を……」
「ここまで生き残った連中はそれなりの手練れか、運がいい奴だ。油断は禁物……数で勝るからと迂闊には攻め込むな」
彼の名はレオⅤⅡ――――アーカーシャ教団が誇る最高位の騎士『光導十二聖座』の一角である。
教皇ヴェーダから反乱軍の鎮圧を言い渡されたレオⅤⅡは聖堂騎士団を率いる将として戦いに参戦。あっという間に反乱軍をサートゥスまで追い詰めていた。それでも彼は自身の勝利に慢心せず、冷静に勝利への方程式を導いていく。
「しかし、一箇所に固まって陣形を組むとは愚かな……それでは一撃で粉砕してくださいと言っているようなものだ」
「では如何します、レオⅤⅡ?」
「召喚魔法を用いて“聖竜”プラエスタンティアを呼び寄せる。“聖竜”の一撃で騎士どもの反乱を一気に終わらせてやろう……それが女神アーカーシャ様の思し召しだ」
反乱軍の騎士たちはサートゥスのメインストリート上に固まって、槍と盾を構えた“密集陣形”を敷いている。たった三〇〇人の騎士で数の暴力に対抗する為には、密集陣形でメインストリートという閉所で戦うという策しか残されていなかった。
だが、そんな反乱軍の策を見抜いたレオⅤⅡは上空からの爆撃攻撃を選択した。そして、レオⅤⅡは魔法の詠唱を開始し、聖堂騎士団の頭上に召喚用の巨大魔法陣を展開していく。
「来たれ、聖なる竜よ。女神の名の下にその威光を示し、群がる悪鬼を討ち滅ぼせ……召喚陣、展開!」
「あれは……聖堂騎士が何かするつもりだ!」
「レオⅤⅡの名に於いて命じる……いでよ、“聖竜”プラエスタンティア!! 女神アーカーシャ様の威光を示す代行者よ、グランティアーゼの亡霊ども討ち滅ぼせ!!」
「Grooooooooooo!!」
「まさか、あれは……デア・ウテルス大聖堂を護る守護聖獣か!? そんな馬鹿な……どうして最上位のドラゴンがこんな辺境の地に……!?」
そして、レオⅤⅡの召喚魔法によって、夜を切り裂くほどの光を放つ純白のドラゴンが大地を震わせる程の咆哮を上げながら魔法陣から出現したのだった。
“聖竜”プラエスタンティア――――デア・ウテルス大聖堂を護る守護聖獣の一角、アーカーシャ教団が古くから手懐けている最上位の竜種だ。たったの一撃で荘厳な王城すら破壊するドラゴンの出現に、反乱軍の騎士たちは一気に戦意を削がれていく。
「あんな怪物を出されては……我々の陣形は意味を成さない……!」
「そうだ、そんな陣形なぞ“聖竜”の前には意味を為さん! さぁ、“聖竜”よ……その聖なる威光で反乱軍を薙ぎ払え!! そして、反乱軍を壊滅させた後、おれたち聖堂騎士団はエンシェント邸に立て籠もった貴族どもを粛清するぞ!!」
「承知しました、レオⅤⅡ!!」
「これでグランティアーゼ王国の残滓は全て消え去る……お前たちの負けだ、亡霊どもよ! さぁ、大人しく女神アーカーシャ様の威光の前にひれ伏し、己のが“罪”を償うが良い!!」
「せ、“聖竜”……口部に魔力集束を開始し始めました……! ま、まさか我々に撃つつもりでは……!?」
反乱軍から動揺の声が上がる中、レオⅤⅡによって反乱軍粛清を命じられた“聖竜”は大きく口を開けて純白に輝く魔力を集束させていく。夜を照らす太陽のような輝きが、盾を構える騎士たちを照らしていく。
“聖竜”が光弾を放てば、僅か三〇〇名の騎士団は一撃で消し飛ぶ。そうなれば無抵抗になったサートゥスにレオⅤⅡ率いる聖堂騎士団がなだれ込み、エンシェント邸に立て籠もった貴族たち反乱の首謀者は一網打尽にされるだろう。
「――――ッ! ここで逃げるは騎士の恥! 全騎、盾にありったけの魔力を注げ! なんとしてでもサートゥスを……グランティアーゼ王国の誇りを護り抜くのだ!!」
「「イエス、マイ・ロードッ!!」」
「ふん……徹底抗戦の構えか。なんと愚かな……良いだろう、その騎士道に免じて……名誉の戦死をくれてやる! “聖竜”、威光発射準備……!!」
それでも、反乱軍は一歩の退かず、アーカーシャ教団への徹底抗戦を選択した。そして、その光景を見たレオⅤⅡは少しだけ呆れたように口元を歪ませると頭上に浮かぶ“聖竜”に反乱軍の撃滅を命じるのだった。
レオⅤⅡの命令を受けた“聖竜”は集束させた魔力を撃ち出す準備を整える。放った魔力をさらに束ねる魔法陣を三枚、自身の目の前に展開し、メインストリートで陣形を組む騎士たちに狙いを定める。
「これで終わりだ! “竜の咆哮”――――放てッ!!」
そして、レオⅤⅡが右腕でサートゥスを指差して合図を送った瞬間、“聖竜”は大きく目を見開き、竜の咆哮を思わせるような轟音を纏いながら魔砲を発射するのだった。
「「――――ッ!!」」
撃ち出された砲撃は音の壁を破りながら反乱軍目掛けて一直線に飛んでくる。誰もが“死”を覚悟した。だが誰一人として退かなかった。騎士たちはグランティアーゼ王国の威信を護るための“盾”である事を選んだのだ。
アーカーシャ教団の聖堂騎士たちは反乱の灯火が消え去る事を確信していた。だが、その時、反乱軍も聖堂騎士団も気が付いていなかった。漆黒の夜空を、分厚い雲を切り裂いて希望の“星”が迫りきている事を。
そして、“聖竜”が放った砲撃が反乱軍の騎士たちの目前まで迫ろうとした瞬間だった――――
「斬り裂け――――“神殺しの魔剣”!!」
――――遥か上空から光速で降り注いだ金色の一閃が“聖竜”の砲撃を真っ二つに斬り裂いた。
縦に真っ二つに斬り裂かれた光弾はそのまま弾かれ左右に吹き飛び、サートゥス郊外の草原に着弾して光の柱のような爆発を巻き起こす。反乱軍の騎士たちは無傷だった。
そして、陣形を組んでいた騎士たちの前には、空から降り注いで“聖竜”の攻撃を斬り裂いた一人の騎士が立っていた。白銀の鎧を纏い、左手に金色に輝く禍々しい魔剣を握りしめた、金髪蒼眼の騎士だ。
「まさか……貴方は……!?」
「レオⅤⅡ、彼はまさか……!?」
反乱軍の騎士たちも、聖堂騎士たちも全員がその人物を見た瞬間に動揺した。何故なら、その人物を誰もが知っていたからだ。
「遂にお出ましか……待っていたぞ……!!」
その騎士が誰であるか即座に把握したレオⅤⅡは冷や汗をかきながらも不敵な笑みを浮かべる。彼は一度、魔界でその騎士とは顔を合わせている。だから見間違う筈はなかった。
「アズラエル、悪いな……貴様の獲物はおれがいただくぞ! さぁ、ここに来たことを後悔させてやる……“神殺しの騎士”ラムダ=エンシェント!!」
「ラムダ様……ご帰還なされたのですね……!!」
「遅くなってすみません。でも、もう大丈夫……我が名はラムダ=エンシェント! ラストアーク騎士団第十一番隊隊長! これよりグランティアーゼ王国奪還作戦を開始する!!」
「【王の剣】ラムダ卿が帰還なされた……!!」
「返してもらうぞ、アーカーシャ教団! 俺たちの祖国グランティアーゼ王国を!! 父さんが……兄さんたちが……母さんが愛した国を、お前たちが奪った全てを!!」
その騎士の名はラムダ=エンシェント――――グランティアーゼ王国が誇る騎士の名家エンシェント辺境伯の子どもにして、王国最上位の騎士となった“星騎士”。
アーカーシャ教団に奪われた祖国グランティアーゼを奪還する為に、かつて【王の剣】と謳われた“剣”は祖国への帰還を果たすのだった。




