第86話:【レウニオン】開放戦
「よーく聴きな、人質諸君! あたしの名前は【死将軍】キーラ=バンデッド! あんた達の命を預かった魔王軍の【屍人将軍】だ!!」
小さな宿場町【レウニオン】を襲った惨劇――――町を包囲したのは数え切れ無いほどの死霊系魔物である【屍人】たち。
ゾンビ、グール、ゴースト、スケルトン――――そこに生者は無し。生きとし生けるものを妬む甦りし死者たちが、町に住む住民や滞在していた冒険者たちを魔法によって拘束していた。
「安心しな……あたしの言う通り大人しくしていれば、命まで取らないでいてやるよ! もっとも……無惨に殺されて【アンデッド】の仲間入りをしたいなら、止めはしねぇがな……アッハハハハ!!」
そして、無数の死者を侍らせて人々を町の広場で拘束し、彼らの目の前で悦に浸る指揮者と思しき女がひとり。
青い肌、原型を留めていない程に腐敗したのか包帯で隠された手足、魔性化した影響で変生した黒い眼球と金色の瞳、身の丈と同じ大きさはありそうな錆色の大剣を抱えた鎧姿の女ゾンビ。
「【死将軍】キーラ=バンデッド――――私と同じ魔王軍……グランティアーゼ王国侵攻部隊に席を置くゾンビ女……!」
「知っているのか、リリィ……って、当たり前か」
「元ギルドの“S級冒険者”……死して【アンデッド】と化しグラトニス様に隷属した人間からの離反者よ」
ノアの寝坊のせいで宿屋の部屋から出なかった為に難を逃れた俺とリリィ、そしてノアは部屋の窓から魔王軍の動向をこっそりと窺っていた。
「――――人形……起動開始。お困りのようですね、我が所有者?」
「えっ……どうしたの、ノア? 急に眼が死んだ魚みたいになったけど……??」
「あー……やっぱり、窓から見える幽霊のせいで気絶して出てきたのか……!」
「肯定――――『ノア』は幽霊が苦手なので、感情を持ち得ない私の出番と言うわけです我が所有者。それで、この事態をいかが収めますか……なんなりと私をお使いください……」
「なに、ノア……どうしちゃったの??」
深淵牢獄迷宮【インフェリス】以来、久々に姿を見せたノアの別側面【人形】――――恐らくは、ノアの本来の性格を切り取った……“真の人格”。
そんな人形は俺の手を掴んで指示を仰いでくる。
「我が所有者……」
「今はジッとしてて……下手に動けばあの女ゾンビに人質が殺されかねない……それに、あそこには……」
迂闊には動けない、相手は既に町を実行支配してしまっている。それに、町の中央に囚えられた人質達の中には―――
「ふぇ〜コレットは掴まってしまいました~! 屍人の腐敗臭がキツくて鼻が曲がりそうですぅ〜」
「しくしく……申し訳ございません、ラムダ様……無様なオリビアをどうぞ『雌犬』と罵ってくださいぃ~」
「あ~あ、寝ぼけてゾンビに挨拶なんて……僕は何を考えていたんだろう……」
「クッ……殺せ……! あっ、嘘ですごめんなさい剣を振りかざさないで、まだ死にたくありません!! わたくしを許してーーッ!!」
「…………なんだ、このアホな女の集団は? 捕まっている癖に余裕あり過ぎだろ……!」
――――俺たち以外の【ベルヴェルク】の面子が一緒になって捕まっている。
魔法拘束でスキルも発動出来ないだろうし、参ったな。
「まったく……リリエット=ルージュの奴、たかが雑魚に負けるなんて情けねぇ……! お陰であたしがあいつの管轄まで手ぇ出す羽目になっちまったじゃねぇか!!」
「いかが致します、キーラ様? 予定通り、この人質を交渉に使って第二師団の連中を【逆光時間神殿】から撤退させますか? あっ、目玉落ちた……」
「当たり前だ! さっさとしねぇとレイズ様にどやされちまう……! それに、メメントを殺ったって言う件の“アーティファクトの騎士”に嗅ぎ付けられても面倒だ……さっさと声明を出すぞ!」
「――――御意! あっ、腕が腐り落ちた……ゾンビは辛いね……」
「お前、大丈夫か!? 身体もろもろじゃねぇか!?」
幸いな事に囚えられた人質の身の安全は保証されている。恐らくは何らかの交渉材料に使うのだろう。
このまま見張っていてもオリビア達が殺される心配は恐らくは無い――――ただし、傍観に徹するのはご法度だ。
「もたもたしていたら、例の“交渉”に使われそうだな……何とかみんなを解放しないと……!」
「スキル検索――――完了。所有者の所有する固有スキル【煌めきの魂剣】なら、人質に架けられた拘束をノーリスクで破壊することが可能……」
「本当か、ノア!? なら、何とか連中の隙を突かないと……!」
「なら御主人様……いっその事、キーラの前で名乗りを上げちゃいましょ♡ あいつ……“アーティファクトの騎士”を警戒しているみたいだし〜……くふふ♡」
「リリエット=ルージュの提案――――有効。キーラ=バンデッドの反応から察するに、会話だけで相当な時間稼ぎが可能です。後は離反者のリリエット=ルージュをそこに添えれば、完璧だと予測します……」
「だとさ……やるか、リリィ!」
「はぁ~い♡ 御主人様の命なら喜んで♡」
「私は此処から人質の正確な座標位置を割り出します……我が所有者――――どうかご武運を」
作戦は『堂々とした名乗り上げからの人質の迅速な解放』――――人形に目配せをして、俺とリリィは部屋の窓から飛び出す。
相手は魔王軍の一個師団を纏める屍人の女騎士――――相手にとって不足は無し。
「キーラ様、アレを……!!」
「あん? 金髪の小僧に……ありゃリリエット=ルージュか!?」
「――――聴け、魔王軍! 俺の名はラムダ=エンシェント! 勇者パーティー【ベルヴェルク】のリーダー……貴様たちに災いをもたらす――――アーティファクトの騎士だ!!」
「同じく、勇者パーティー【ベルヴェルク】の【吸血淫魔】――――リリエット=ルージュ!!」
「あいつが……アーティファクトの騎士……!! 既に町に入っていたのか……マズイな……!」
注がれる視線、向けられる敵意――――【レウニオン】にいる全ての人質と、魔物たちの眼が一点に集中する。
そこに立つのは俺とリリィ――――この町に残されたたった二人の反逆者。俺は右手に【ストームブリンガー】を構えて、魔王軍に啖呵を切る。
部屋に残った人形が人質の座標を割り出すまでの時間を稼ぐために。
「リリエット=ルージュ……人間に負けたどころか、アーティファクトの騎士に媚を売るたぁ……最高幹部が墜ちたもんだな!」
「うるさい、今の私はラムダ=エンシェント様の従僕――――そうこれは……寿退社よ!!」
「違うよ!? 誤解を招くようなこと言うな、リリィ!!」
「寿退社だぁ……!? おめでとう!! 魔王様にご祝儀を贈るように伝えておくぜ!!」
「――――通じた!? あの女ゾンビ、馬鹿だ!!」
リリィの誤解を招く発言でどうなるかと思ったが、なんとかなった――――でも、これで魔王軍に『ラムダ=エンシェントがリリエット=ルージュを娶った』と思われてしまったかも知れない……どうしよう。
「…………で、おめぇがアーティファクトの騎士だな? メメントを殺ったって言う……」
「あぁ、そうだ……! 【死の商人】メメントは俺が殺した――――同じ目に遭いたくなければ早々に退くんだな!」
「ケッ、抜かせ! あの忌々しいくそ商人が居なくなって困るのは――――人間界で売っているお菓子がメメント経由で買えなくなった魔王様ぐらいだぜ!!」
「………………それって大事?」
「あぁ、だいぶな! 魔王様が『いますぐに儂の前にアーティファクトの騎士の首を持って来るのじゃーーッ!!』とキレるぐらいにはな!!」
「………………」
「御主人様……顔が真っ青よ? 私が顔を舐め舐めしよっか?」
嘘だろ、あのくそ死神…………死んでからも俺に迷惑掛けるんじゃないよ。いきなり魔王グラトニスに目を付けられるなんて聞いてないっての。
「…………と、言うわけだ! おめぇを殺せば、あたしはそこの【復讐】のリリエット=ルージュに代わって7人の最高幹部【大罪】の末端に席を置ける!!」
「魔王軍最高幹部――――【大罪】……!!」
「悪いが死んで貰うぜ、アーティファクトの騎士様よぉ……!!」
《聴こえますか、我が所有者……人質全員の座標特定完了しました――――位置を七式観測眼に表示します》
けたたましく聴こえるキーラの声、その中で微かに聴こえる人形の通信、右眼に表示される人質たちの正確な位置。
殆どがキーラの近くで縛られているが、何人かの人質は屋内や建物の裏に隠れている――――恐らくは人質を分散させて万が一に備えているのだろう。
人形の解析が無ければ、確実に不利になっていた。
「リリィ……始めるぞ…………固有スキル【煌めきの魂剣】……!」
「分かったわ、御主人様……! 【魅了】……そこのグール、『人質解放と同時に爆発四散なさい』……!」
「…………ひでぇ……」
右手に構えた【ストームブリンガー】をチラつかせながら、背中に回した左腕で【煌めきの魂剣】を操る。
人質たちを拘束する魔法陣――――それを切断するための小さな蒼い小刀を敵に見つからないように人質たちの拘束に添えて慎重に配置していく。
孤立して配置された人質には、拘束解除と共に見張りを斬れるように短剣サイズの剣を――――後は、キーラの油断を待つだけ。
「さっきから何をこそこそと喋ってやがる!? おら、この人質たちがどうなっても良いのか、あぁん!? まずはこの清楚そうな【神官】から殺しちまうぞ!」
「ひぇぇ……ラムダ様ぁ…………この憐れな『雌犬』をお救いくださいぃ〜」
「なんだこの白髪の女……!? 自分の事を『雌犬』とか言ってんぞ!? 女としての矜持はねぇのか!?」
「女としての矜持よりラムダ様の寵愛の方が優先ですぅ〜」
「くっ……この神官に完全に調教されてやがる……アーティファクトの騎士……なんて鬼畜なんだ……!」
「オリビアぇ……いいや、キーラの意識が逸れているな……! 今だ、“魂剣”……方陣斬壊“蒼破斬”!!」
「合わせて〜……爆ぜなさい、屍人ちゃん♡」
――――開戦の狼煙。爆発四散する一体のグール、魔王軍の意識がその爆発に向いた瞬間に蒼き剣によって切断される人質たちの拘束魔法陣。
隔離された人質たちの見張りは俺の操る“魂剣”によって素っ首を斬り落とされて即座に沈黙する。
「なにぃ……!? いつの間に人質を……!?」
「浄化の光よ、不浄を清め賜え――――【無垢なる波導】!!」
「しまっ――――あぐぁッ!?」
「汚い手で俺のオリビアに触れるな、キーラッ!! 翔べ蒼き魂剣――――“蒼翔刃”!!」
「――――ぐぁッ!!」
その一瞬の出来事に狼狽するキーラの顔面に添えられた杖から炸裂したオリビアの聖魔法。それと合わせて俺が放った蒼い剣の投擲。
顔の左半分をオリビアに抉り取られ、俺の【煌めきの魂剣】を胸に突き刺され、キーラは大きく後方へと吹き飛ばされて行く。
「オリビア! 非戦闘要員を一箇所に固めて結界を!!」
「――――承知しました、ラムダ様!」
「アリア、コレット、レティシア、そして腕に覚えのある者たちは戦闘準備!! 魔王軍に目にもの見せてやれ!!」
「コレットはいま猛烈に怒っていますーッ! それこそ、憤怒の如き怒りですーーッ!!」
「さぁ、ここからが反撃の時だ! 僕たちを甘く見たこと、公開させてやる!!」
「うふふ……アーッハッハッハッハ!! 覚悟しなさい、魔王軍の屍人ども……このわたくし、レティシア=エトワール=グランティアーゼが正義の名の下に、滅して差し上げますわ!!」
一斉に武器を取る人質たち、それに呼応して戦闘態勢へと移行する魔物たち――――配下のゾンビから生命力を吸収して立ち上がるキーラ。
「やってくれたな……“アーティファクトの騎士”――――ラムダ=エンシェントッ!!」
「今さら後悔しても――――もう遅いぞ、【死将軍】キーラ=バンデッドッ!!」
小さな宿場町【レウニオン】開放戦――――開幕。
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