第85話:ラムダ=エンシェントの優雅な一日(姦姦しい)
「ノア……起きなさい、ノア……! いつまで寝てるんだ、ノア!」
「スゥ……スゥ……ふえ……? あっ……おはようございます、ラムダさん……」
――――“享楽の都”【アモーレム】を出立してから二週間。ここは街道沿いにある小さな宿場町【レウニオン】にある宿屋、時刻は明朝。
俺の隣でいつまでも寝ているノアを呼び起こした所から一日は始まった。
「あぅ……ラムダさん、どうして私の隣で寝ているの/// まさか……夜這い///」
「もう朝だ、夜這いの時間じゃない! あと、ここは俺が借りた部屋な。夜中に寝惚けてベットに潜り込んだのはそっち……!」
「あれ……? 本当だ……うーん……寝るときに『リリエット=ルージュの指舐め耳舐めチュパボイス催眠ASMR』を聴くんじゃ無かった……」
「いつ録ったんだよそんなの……リリィ(※リリエット=ルージュの愛称)の奴も何やってんだか……」
ノアの意識がハッキリとしたのを確認して、俺はベットから身体を起こしていつもの軽装に着替える。
『おはようございます、ご主人様! 本日も良いお日柄ですね!』
「おはよう、【シャルルマーニュ】……今日も調子は良いかい?」
『もちろんですとも!』
ベットの脇に立て掛けた【破邪の聖剣】と軽い挨拶を交わしながら腰にベルトを巻いて、右手に滑り止め用のグローブをはめていく。
半袖と長ズボン、動きやすいブーツの冒険者の装束――――映えるは左の黒腕。アーティファクトで形取られた機械仕掛けの義手。
ノアと出会って一ヶ月、冒険者としての立ち姿にも風格が出始める頃合い。鏡に写った自分の姿におかしな点が無いかを確認して、俺の身繕いは完了する。
「ラムダさ~ん、私の服どこ〜?」
「ギャーーッ!? ノア、全裸で人の部屋を彷徨くなーーッ///」
「早くしないと風邪引いちゃう〜」
「お前の着替えは自分に部屋だろーーッ! コレット、コレットーーッ、ノアの着替えを持って来てーーッ!!」
〜30分後〜
――――宿場町【レウニオン】、小さな町食堂。そこで勇者パーティー【ベルヴェルク】は朝餉にありつく。
俺、ノア、コレット、オリビア、ミリアリア、リリィ、レティシア――――いつしか7名となった【ベルヴェルク】一行は食堂で一番大きな丸いテーブルを独占しつつ、運ばれてきた栄養満点の料理に舌鼓を打ちながら楽しげに談笑を進める。
「は~い♡ ラムダ様……あーん♡」
「あーん……ありがとう、オリビア」
オリビアが差し出して来た鶏肉のソテーを食べ。
「は~い♡ 御主人様……あーん♡」
「もぐもぐ……ありがとう、リリィ」
リリィが差し出した鶏肉のソテーを味わい。
「は~い♡ アナタ……あ~ん♡」
「もぐもぐ……あ、ありがとうございます……レティシア……」
俺のことを『アナタ』と呼び出したレティシアが差し出した鶏肉のソテー……全部同じじゃ無いか!
「もぐもぐ……もぐもぐ……ごくんッ! え~っと……ラムダさん……口移し……♡」
「『ごくんッ!』で咀嚼していたの呑み込んだよな? 何を『口移し』する気なんだ、ノア?」
「………………唾液?」
「きたねぇ……」
そのやり取りを見ていたノアが雑な真似事をする。なんとまぁ、愉快な光景なのだろうか。
「あーッ、『月間冒険者目録』でラムダ様の特集が組まれていますー! なになに……『【死の商人】を討ちし“英雄”ラムダ=エンシェント、次は“逆光時間神殿”【ヴェニ・クラス】で女漁りか?』…………ふぅ、大した記事ではありませんね(汗)」
「行動予定がバレバレだし、甚だ不名誉な内容の記事なんだけど!?」
「それにしても……わたくし達も随分と有名になりましたわね」
「そりゃあんたが居るからでしょ、レティシア王女様〜」
「ムッ……! 元魔王軍最高幹部の貴女には言われたくありませんわ、リリエット=ルージュ!」
俺を挟んで火花を散らすレティシアとリリィ――――流石はプライドの高い王女と吸血鬼……些細な事でも喧嘩になりかねない。
だが、既に見慣れた光景になったのかノア達は窘める様子も無く食事を進めている。
我ながら、随分と肝の据わった少女ばかり集まったなと感心してしまう。
「けど、こんなに大っぴらに僕たちの動きを書かれたら魔王軍の標的にされちゃわない? リリィはどう思う?」
「う~ん……初手で最高幹部だった私をアリアの暗殺に派遣した手前、小物をちまちまと送るような手はグラトニス様も使わないと思う……多分だけど」
「まぁ、相手は【死の商人】をボッコボコのギッタギタにしたラムダ卿ですし、魔王軍も迂闊に手出しし難いのではなくて?」
「語彙力ぅ……」
「レティシアさんって……もしかして、ちょっとアホの子?」
「失礼な、ノア! わたくし……こう見えても勉強は得意でしたのよ…………武術だけですけど…………」
「紛うことなきアホの子ですね♡」
パンを齧りながら自らの有能性のアピールに“失敗”するレティシア――――麗しき第二王女がこれで良いのだろうか?
彼女に剣技を教えたアインス兄さんをいつか問い質さないと。
「…………んぅ♡ あん♡ だめ、リリィさん……吸いすぎ……///」
「い~じゃない、オリビア♡ 後で私が【口吻】で回復してあげるから〜」
「リリィ……オリビアに尻尾を刺して血を吸うのを止めてあげなさい!」
一方こちらは隣り合って食事を進めるオリビアとリリィのふたり。正体を隠すためのぶかぶかのローブに身を包んだリリィは、そのローブの下からこっそり伸ばした尻尾の先端をオリビアの脇腹に刺して血を啜っている最中だった。
どうも以前、【死の商人】の魔の手から救う為にリリィが尻尾をオリビアに突き刺した際に、ほんの“少しだけ”血を吸ってしまったらしく……以来、オリビアの血の美味しさに夢中になってしまったらしい。
リリィ曰く、満腹になるのに人間一人分の体液が必要だったのが、【神官】に選ばれたオリビアの場合のみ血が少量でも満腹になれるらしい――――しばらくオリビアが貧血になるが。
「えーっ! 私……【吸血淫魔】だから人間の食事じゃ生命力を補給できなくて、男性の精液か人間の体液を啜らないと生きていけないのー! それとも〜御主人様が私に精液を恵んでくれる♡」
「それは……その……///」
「でしょー? だから~、御主人様が『その気』になる迄は、オリビアの血で我慢するね♡ 大丈夫……私の尻尾で吸血されるのって……人間には“快感”だから♡」
「こ、これもラムダ様の貞操を守るため……♡ オ゛ッ……リビアは耐えてみせます……あぁん♡」
「飯に集中出来ねぇ……///」
相変わらず話を“下”へと運んでいくリリィ。流石は“淫魔”……彼女の口から清楚な話題は出ないのかも知れない。
〜数時間後〜
「あなたがラムダ=エンシェント様ですねー? わたし、あなたのファンなんです! 握手してください、握手!」
「あ、あぁ……どうも……」
宿場町沿いの街道――――町で受けた魔物討伐の依頼を受けて目的地に向かう俺たちが出会ったのは、ふたりの冒険者の少女。
その内の一人が俺を見るやいなや、瞳を輝かせて握手を迫ったきたのだ。
「わたしの兄は【死の商人】に殺されたんです…………兄の仇を討ってくれてありがとうございます、ラムダ様!」
「あたしの父は深淵迷宮【インフェリス】で命を落とした……そこを15歳で攻略するなんてラムダさんは凄いなぁ……!」
「ははは……運が良かっただけだよ……」
「ラムダさん、嬉しそう……」
羨望の眼差し、語られる武勇――――まだ冒険者になって一ヶ月しか経っていない筈なのに、誰も彼もが俺の名を口にする。
英雄だ、騎士だ、狂犬だと……狂犬は納得いかねぇけど。
いつしか、俺を薄汚い【ゴミ漁り】だと罵る人は少なくなってきた……それが、少しだけ嬉しい。
ノア……君のお陰で、俺は今を楽しんで生きていける。
「ところで……ラムダ様は新しい冒険者をパーティーに募集していたり……しますか?」
「……? 【ベルヴェルク】に入りたいの?」
「は、はい! 是非にと思うのですが……いかがでしょうか?」
「んっ……? わたくし達の仲間になりたいのですか? 良いでしょー! このわたくし、レティシア=エトワール=グランティアーゼが歓迎しましてよ!!」
「だ、第二王女レティシア様……!? お、畏れ多いわ……す、すみません、ラムダ様……やっぱり、え……遠慮します〜!」
「…………はぁ、レティシアぇ……」
「レティシアさんのせいでパーティーの敷居が凄まじく高くなっていますね、ラムダ様?」
道行く冒険者たちは口を揃えて『【ベルヴェルク】に入りたい』と言ってくれるが、大体がレティシアの姿を見てすごすごと引き返していく。
まぁ、俺も最初は畏れ多かったから気持ちは分からなくも無いが……複雑な気分だ。
「あら? うふふ……やはりわたくしとラムダ卿の熱愛っぷりに恐れをなしたようね……!」
「恐れをなしたのはレティシアの存在そのものにだよ……」
「さぁ、ラムダ卿! 早く魔物をズバズバッ……っと倒して、王都で盛大な挙式を挙げますわよ!」
「あーーッ! またラムダさんにベタベタしてるーーッ! レティシアさん、ラムダさんからはーなーれーなーさーいーーッ!!」
〜更に8時間後〜
「ふむふむ……アーティファクトの稼働に異常なし……っと。もう服を着ても良いですよ、ラムダさん」
魔物を討伐し、報酬を受け取った俺たちは夕食を済ませて宿屋ヘと帰還し、今はノアによる俺の身体に組み込んだアーティファクトの点検の真っ最。
先にシャワーを浴びたノアの身体から漂う石鹸の匂い、火照った身体、濡れて艶を出した美しい銀色の髪――――それがいつにも増してノアの魅力を際立たせている。
「ありがとう、ノア。心臓も大丈夫だった?」
「ええ、【快楽園】での戦いでの【オーバードライヴ】で受けた負荷もしっかりと完治していますね」
「ごめん……心配掛けて……」
「…………まったくです! もう……無茶しないで……!」
俺がした無茶を咎めるノア……でも、俺を責めたのはノアの口だけで、手を握る彼女の火照った柔らかな手も、俺を見つめる宝石のような朱い瞳も、どれもこれもが俺を案じる慈しみに溢れていた。
それが、たまらなく申し訳なくて。
「でも……俺はノアを護りたい、たとえ【オーバードライヴ】で自分の命を削ることになっても……! 君の為なら、俺は死ねる……!」
「…………ばか……! はぁ……然るべき『工房』さえ有れば、ラムダさんの為の【装甲】を見繕えるのになぁ……」
「それって……?」
「――――今の話は頭の片隅に置いておいてください! ともかく、今は【オーバードライヴ】を使わないでください、絶対のぜーったいに!!」
「…………分かったから、そんな泣きそうな顔をしないで、ノア……」
ベットの縁に腰掛ける俺の前で屈んで、手をギュッと握りながら上目遣いでこちらを見つめるノア――――その姿のなんとも愛くるしいことか。
普段の戯けた言動さえ無視すれば、ノアが絶世の美少女なのは間違いない。そんな少女とこうして一緒に居られるのは……恵まれているのだろう。
あぁ、君が欲しい――――なんて独占欲が強いのだろうか、俺は。きっと、これだけは父さんの血なのだろう……妻帯者でありながら、メイドだった母さんを手籠めにした父さんの悪い部分。
俺の恥ずべき汚点なのかも知れない……でも、それでも――――俺はどうしてもノアが欲しい。
「ノア……俺はノアを独占したい……!」
「ぶッ!!? ラ、ララ、ララララムダさん……い、いきなり何をををををを///」
「誰にも渡したくない、誰にも触られたくない……俺だけのノアであって欲しい……」
「ふぇぇ……あまりにも肉食系すぎる台詞……ワイルドすぎる/// 15歳の貫禄じゃ無いぃ……///」
「俺はノアが欲しい……駄目か……?」
「あわ、あわわわわ/// で、でも……私は、ただの人形で……だから……その……///」
「俺はノアを『人形』だと思わない……もし、ノア自身が自分を『人形』だと思っているのなら――――俺がノアを『人間』にする! だから……!」
「私は………“誰でもない”……“忘れ去られた”……“人間神話を紡ぐ者”――――そんな私を、ラムダさんは“所有”したいのですか?」
「ノーバディ……オブリビオン……アル・ヒュムノシス……?? なんの事か分からないけど、俺は……ずっとノアと一緒に居たいと思っているよ……」
不自然に朱く輝くノアの瞳――――【死の商人】はノアを造られた人形だと蔑んだ。でも、そんな事は俺にはどうでもいい。
あの日、死に瀕した俺を救ってくれたノアを、俺は護りたい。たとえ、ノアの行く先が地獄の果てであったとしても、俺は君の手を放さない。
「あぁ……嬉しい……! 私……ずっと、ラムダさんにご奉仕しますね……! それだけが……私の存在価値……! 私は――――ラムダさんの『人間神話』を紡ぎたい……もう、偽りの神を創りたくない……!!」
「言い過ぎ……! オリビアたちもノアには助けられてるよ」
「――――はい、そうですね……♪ えへへ……///」
白い絹のような手で涙を拭って微笑むノア。良かった、機嫌……なおったみたいだ。
もう時間も遅い――――そろそろ寝ないと。
「ラムダさん……あの、今日も一緒に…………寝てくれませんか?」
「良いけど……どうして?」
「その……昨日、3年前の“記録”を観て……少し落ち着けなくて……!」
「嫌な思い出……?」
「…………うん…………私がまだ……人形だった頃の“記録”……」
「――――分かった。ただし、変な気は起こすなよ? 昨日の件でコレットの監視が入っているからな……!」
「そのと〜り……! ドアの隙間から監視しておりますよ〜〜ノア様……!」
「ひぃ……!? コレットちゃんがドアの隙間から見てるぅ……!?」
「ノア様……くれぐれもラムダ様に粗相のないように…………よろしいですか?」
「はぃ……誓いますぅ……!」
「――――ぷっ、あははははは!」
「むぅ……脅かすなんて、ラムダさんのいじわる……!」
ノアと他愛ない話に花を咲かせて、大笑いする。あぁ、なんて楽しいのだろうか。
いつまでも、こんな穏やかな日々が続けば良いのに。
「おやすみ、ノア」
「おやすみなさい、ラムダさん」
ベットにふたりで並んで灯りを消して、瞼を閉じて姦しい一日が終わりを迎える―――寂しくないようにノアと手を繋いだまま。
「ラムダさん……私の……愛しい…………」
そして、いつかの母さんみたいな台詞を残してノアも眠りに――――願わくば、その夢が楽しいものでありますように。
〜翌日、明朝〜
「聞け! この町に滞在する者達よ! たった今、この【レウニオン】は我々魔王軍が占拠した!! 逆らったら命は無いと思えッ!!」
「えっ……? 何、何です……??」
――――そして翌日、穏やかな日常はけたたましい声と共に終わりを迎えた。
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