第862話:新たな生命を抱いて
「次の目的地はサートゥスですよ、ラムダ様」
「そうだね、オリビア。懐かしいな……」
――――戦艦ラストアーク、作戦会議室、帝都ゲヘナ出立から数時間後。俺たちは来たる『グランティアーゼ王国奪還作戦』についての会議を行なっていた。
「これより我等ラストアーク騎士団は国境を越えてグランティアーゼ王国領へと突入。エンシェント領サートゥスへと向かい、エンシェント邸に陣を敷いたレジスタンスとの合流を目指します!」
壇上ではグランティアーゼ王国の地図をモニターに表示しながら、ノアとグラトニスが作戦概要の説明を行なっていた。
現在グランティアーゼ王国では旧貴族によって結成された反乱軍と、レイ=フレイムヘイズ卿率いるアーカーシャ教団の粛清部隊による戦闘が続いている。目的地はエンシェント領サートゥス、俺とオリビアの生まれ故郷だ。目的は反乱軍への加勢だ。
「伝令によれば……儂等がスペルビアと対峙している間にレジスタンスは“迷宮都市”の前線基地を落とされ、本拠地であるサートゥスまで撤退を余儀なくされたようじゃ」
「あの“迷宮都市”が陥落だって!?」
「そうです、ミリアちゃん……現在、アーカーシャ教団は“迷宮都市”を前線基地にし、オトゥールまで侵攻の手を伸ばしているそうです。レジスタンスからは、敵将レイ=フレイムヘイズは“享楽の都”で陣を敷いているとの情報も……」
反乱軍の状況は絶体絶命。裏切りの騎士フレイムヘイズ率いるアーカーシャ教団は反乱軍の前線基地だった“迷宮都市”を奪取、反乱軍の本陣の在るサートゥスへの侵攻を開始していた。
すでに一刻の猶予も残されていない。ラストアーク騎士団がスペルビアとの戦いの熱も冷めやらぬままに帝都ゲヘナから出立したのはそれが原因だ。
「しかし……魔王継承戦で負傷した面々の治療も終わった。このままグランティアーゼ王国領へと攻め込もうとも、儂等は万全の状態で戦いに臨める……違うかの?」
「異議なし! 僕たちいつでも戦えるよ!」
「ええ、ミリアリアさんの言う通り……今回の戦いを休んだ分、わたしたちの英気は十分に養われました。王立ダモクレス騎士団の……【王の剣】の名に賭けて、今こそ祖国奪還の時!」
「張り切ってるわね、トトリ」
「はん、当然でしょ! グランティアーゼ王国はあたし等の国、それをアーカーシャ教団のクソ共から取り返すのが【王の剣】の使命なのよ! あん時の屈辱……百倍にして返してやるわ!!」
「これヘキサグラムよ、ここで燥ぐでない」
しかし、スペルビアとの戦いの最中も回復に専念していたおかげで、ミリアリアたち魔王継承戦での負傷組が漸く戦線復帰を果たし、ラストアーク騎士団は漸く本調子になった。
仲間が倒された『バル・リベルタスの戦い』、アロガンティア帝国軍との決戦だった『帝都ゲヘナの戦い』に参加出来なかったからか、ミリアリアたちはやる気に漲っている。
「アーカーシャ教団は……え~、何故かヴィクター第一王子を擁護して、教団側の正統性を主張しています」
「――――っ!? お兄様がなぜ教団側に……?」
「これは私の予想ですが……以前、魔界で遭遇した際にヴィクター第一王子が連れていた『光導十二聖座』の二人が橋渡ししたのかと予想しています」
「アリエスⅢにレオⅤⅡですね……」
「その通りじゃ、リブラよ。故に儂等は第一王女レイチェルと第二王女レティシアを擁護してレジスタンスの正統性、王政の復活を主張せねばならん。これはラストアーク騎士団とアーカーシャ教団の、グランティアーゼ王国を賭けた壮大な“国獲り合戦”なのじゃ!」
「わ〜……私、推されました〜♪」
「お姉様、これはそんな軽いノリの話ではありませんわ。あ~……いいえ、お姉様は別に前線に出る訳じゃないし、別にドーンと構えてくださっても……」
「ヴィクター様が居るという事はアズラエルも……」
「あのヤンデレ、今度はグランティアーゼ王国で仕掛けてくるつもりですね。はぁ……いい加減、ラムダ様には勝てないって学習してくれないかしら」
ノア曰く、アーカーシャ教団はヴィクター第一王子を擁しているらしい。真偽は不明だが、おそらくは王族を盾にして教団側の支配の正統性を主張しているのだろう。
対するラストアーク騎士団はレイチェル第一王女とレティシア第二王女を擁し、教団によるグランティアーゼ王国の不法占拠、及び王都壊滅の事実の告発をしなければならない。
「いずれにせよ、これはグランティアーゼ王国の主権を王族が取り戻すか、アーカーシャ教団が王国領を完全に接収するかの極めて政治的な戦いじゃ! くれぐれも身勝手な行動は慎むのじゃ。特にラムダ……分かっておろうな?」
「な、なんで俺を名指し……!?」
「たわけ、この阿呆が! 帝都ゲヘナで無謀にもスペルビアに単身で挑んであっさりと返り討ちに遭いよって! アリステラがお主と“機神”を接続せねば死んでおったのじゃぞ!」
「そ、その説教は小一時間前にしただろ……」
「い〜や、まだ儂の気は収まらん! だからタスクフォースⅩⅠでの単独行動は禁止じゃとあれほど口を酸っぱくして言いつけたのに……」
「分かった分かった、反省してます!」
「やれやれ……痴話喧嘩は会議が終わってからお願いできますか、ラムダさん、グラトニスさん? それではグランティアーゼ王国奪還作戦のブリーフィングはこれで終わります。エンシェント領突入三時間前に最終ブリーフィングを行ないますので、それまでは各自出撃準備を整えつつ待機してください」
次のグランティアーゼ王国奪還作戦ではアーカーシャ教団の戦力と本格的な戦いになるだろう。その可能性を危惧しつつも、ノアによって作戦会議は一旦締め括られた。
エンシェント領への突入は翌々日の夜明け前になる。まだ十分に英気を養う時間はあるだろう。会議の終了を受けてラストアーク騎士団の騎士たちは作戦会議室を後にしようと立ち上がり始めた。
その時だった――――
「おい、ノア……今のうちにアレ、報告しな」
「げっ……!? 今ここでですか、ホープ?」
――――ホープが全員を呼び止めたのは。
ホープはノアに何かを報告するように促し、その言葉を聴いた全員が作戦会議室から退出するのを止めてノアの方に視線を向けた。
当のノアは少しバツの悪そうな表情をして、額からは少し冷や汗を流している。どうやらノア的には報告しづらい事らしい。
「さっさと白状しろ。じゃなきゃオレがバラすぞ?」
「あ~、言います、言いますから。うぅぅ……////」
ホープに急かされたノアは赤面している。そして、ノアの真横ではジブリールが“一つ目”を光らせて録画を始めている。これは俺の直感だが、少し嫌な予感がする。
ノアは顔を真っ赤にして恥ずかしがっているが、次第にホープの表情がイライラしてきている事に気が付いたのか、観念したように深呼吸をし始めた。
「じ、実は……ラ、ラムダさんにご報告が……」
「えっ……俺に? なんだよ改まって……」
「じ、実はですね……わ、私……その……えっと……魔界を出た後の検査でですね……その、あの…………」
「うん……すげー歯切れ悪いな……」
「えっとですね……私、その…………に、にに……妊娠が判明しましてですね……//// え、えへへ……」
「うん、そうか妊娠か………………妊娠か……妊娠?」
「はい……その……私のお腹の中にですね……私とラムダさんの子どもができたんですよ……できたんですよ」
「……? ……!? ……!!?!!?!!???」
そして、意を決したノアはその場に居た全員に対して衝撃的なカミングアウトをした。なんと妊娠が発覚したのだ。しかも相手はラムダ=エンシェントらしい……つまり俺だ。
その爆弾発言を聞いた全員が顎が外れるぐらいの驚愕の表情をして、ホープは『やれやれ』と肩を竦め、ノアは恥ずかしさのあまり縮こまってしまっている。当の俺はその場でフリーズした。
「えっ、妊娠!? ちょ、それ本当!!?」
「はい……間違いなく私とラムダさんの子です////」
「弊機の診断の結果、ちょうど天空大陸を出発した直後に受精したものと断定できました。つまり魔王継承戦の間、ノア様はすでに“妊婦”状態だった訳ですね」
「まぁ、私を引き込んだ直後にそんな鬼畜な事を……あなた、ヤル事はヤッていたのね」
「えっ……だってノア言ったじゃん……妊娠しない設計だから遠慮せずに中で出して良いって……」
「ゲスの発言ではないか……最低じゃのう」
「はい……思いっきりデキちゃいました♡ 私とラムダさんの子どもです。認知してくださいね♡」
どうやら天空大陸を出発した直後にノアは妊娠したらしい。確かにそのタイミングで行為に及んだ記憶はある。ジブリールが診断している以上、ノアの妊娠は疑いようのない事実だろう。
女性陣が一斉に俺を汚物を見るような眼で見つめてきだした。特にツヴァイ姉さんは眉間に皺を寄せて『この忙しい時期に何を?』みたいな表情をしながら殺気を放っている。かなり怖い。
「これからグランティアーゼ王国を取り返すって時になにをやっているのよ、ラムダ!」
「そんなに怒らないでよ、ツヴァイ姉さん……」
「ナニをヤッたのでは?」
「うるさいわよジブリール!」
「ひぇ~、誰か助けて〜(泣)」
「あちゃ〜……とうとうやらかしてしまいましたですね、ラムダ様〜。オリビア様、如何致しますですか〜?」
「…………////」
「オリビア様……なぜ明後日の方向を見ているのでしょうか? ラムダ様がオリビア様ではなくノア様を孕ませてしまったのですよ〜?」
女性陣が俺を取り囲んで糾弾している中、何故かオリビアは明後日の方向を向いて意味深に赤面していた。何やら腹部を弄っている。
「ええと……実はですね、コレットさん……」
「はい、何でしょうか、オリビア様?」
「じ、実はわたしも……生理が来なくて……それでちょっと前にラファエルさんに検査して貰ったのですが……」
「はい……あっ、嫌な予感がするです〜……」
「実はわたしも……に、妊娠が発覚しまして……//// ええ、ラムダ様の子かと……そもそもラムダ様としか関係を持っていないので確実にラムダ様の子かと……」
「ちょ……ちょ、えぇ!? オリビアまで!?」
「はい、ラムダ様♡ わたしもラムダ様との子を妊娠してしまいました♡ ええ、これは由々しき事態ですね♡ どうしましょうか……////」
そして、ノアに続き、オリビアまでもが衝撃的な発言を繰り出した。なんとオリビアまでもが俺の子どもを身籠ったらしい。
作戦会議室が静まり返り、その場にいた全員の表情が凍りついた。コレットはその場に崩れ落ち、ジブリールは嬉々として撮影を続け、ノアとオリビアは満足そうな表情をし、ツヴァイ姉さんとアンジュは般若のような形相に変化した。
「だってオリビア……避妊魔法使えるって……(泣)」
「はい、使えます。使うとは言っていません♡」
「まさか……俺は嵌められた……!?」
「御主人様はハメた側でしょ?」
「急な下ネタはやめるでござる、リリエット殿」
「さすが旦那様……圧倒的“種馬力”……感服」
「ラムダ……少し話したい事があるわ……」
「ちょっと裏に来い、ラムダ……」
「あっ……嫌だな〜、ツヴァイ姉さんもアンジュさんも。顔が怖いよ……あ、あはは、あははははは……」
「ラムダ様が部屋の外の連行されたです〜……」
〜〜10分後〜〜
「も、もひろんにんひするお。あはりまえひゃないは……あはは(も、もちろん認知するよ。当たり前じゃないか……あはは)」(※顔面ボコボコのため翻訳)
ツヴァイ姉さんやアンジュさんにボコボコにされるまでもなく、俺はノアとオリビアの子どもを認知する事を全員の前で宣言した。
妊娠してしまったのなら、生まれてくる子どもに責任を持つのが俺の負うべき“責任”だ。その宣言を聞いて全員は漸く納得してくれた表情をしてくれた。そして、ノアとオリビアは少しだけ嬉しそうに微笑んでいる。
「まったく……まだ15だろてめぇら? 子供が子供作って責任取れんのかよ……」
「ん……? それは古代文明の価値観じゃぞ、ホープよ。この時代では早婚早産はごく当たり前の事じゃ。別のオリビアの妊娠は何らおかしくはないのじゃ。ノアは……そもそも何歳じゃ??」
「それはですね……実は私は3……」
「ともかく、俺はちゃんと責任は取る! ノアとの子どももオリビアとの子どももちゃんと養う! これでこの話は終わりだ、俺は逃げも隠れもしない!!」
「おお〜、流石です、ラムダ様〜」
「けど……これでもう逃げれませんね、ラムダ様。未来の妻を結婚前に孕ませたんですもの……絶対に逃しませんよ♡ ねぇ、ノアさん?」
「ラムダさんには覚悟して貰いましょう……」
「な、なんの覚悟だよ……?」
「「親になる覚悟ですよ……パ〜パ♡」」
俺は自身の闇を乗り越えて“大人”になった同時に、ノアとオリビアの子どもの“親”となった。それは父親と母親と悲劇的な別れをしてしまった俺には些か眩しい出来事だった。
親の愛情に飢えた子どもだった俺が、今度は血の繋がった子どもの親になる番が来たのだ。そして、ここで俺は漸く彼女に抱いた感情を理解できた。
(そうか……これが“親”になるって事なんだな。やっと理解できたよ……アスハ)
まだ見ぬ自分の子どもに、俺は言い知れぬ愛着をすでに感じ始めていた。嬉しくて仕方がない、きっとノアとオリビアも同じ想いなのだろう。
俺たちの表情を見て、その場にいた全員が『やれやれ』と呆れながらも拍手をして祝福してくれた。
「あっ、ついでに儂にも仕込んどくれ〜♡」
「わたくしにもお願いしますわ、ラムダ卿」
「えっ……この身体でデキるかな? あはは……」
「あたしもお兄ちゃんの子ども欲しいのだ〜!」
「“機人”同士なら妊娠もありね……」
「ちょ……なんでみんなノリ気なの……!?」
「あ~、私にも仕込んで御主人様♡」
「良いなぁ〜……僕も欲しくなってきちゃった////」
「ひぃ!!? 誰か助けて……(泣)」
こうして、ラムダ=エンシェントもモラトリアムは完全に終焉を迎え、俺は“親”への階段を上がり始めたのだった。
避妊は男性側が責任を持ってしましょう。




