プロローグ:絶望と再起から始まる物語
「――――Grr!!」
「――――うあッ!? あぁぁ……!!」
――――世界は残酷な“現実”に満ちている。神は君を救わず、ただ苦しむ君を見て嘲笑うだけ。努力しても結果は能わず、思い描いた“夢”は無残に砕かれ、絶望のどん底に落とされても誰も手を差し伸ばさない。
敬愛していた家族に見捨てられ、家からも故郷からも追放された君を待っていたのは“理不尽”な世界だった。暗い暗い遺跡の中、獰猛な狼の魔物に襲われて君は右眼は光を失い、今まさに振り下ろされた凶爪が剣を握っていた左腕を容赦なく引き裂く。
「Grrrrr――――!」
刀身の折れた剣を握ったまま、無残に引き裂かれた左腕は冷たい地面に落ち、君は吹き飛ばされて倒れ込む。鮮やかな金髪は泥だらけになり、美し蒼い瞳は血に濡れている。潰れた右眼と切り落とされ左腕から発せられる激痛に君は悶え苦しみ、その様子を見た魔狼が舌舐めずりをしながら近付いてくる。
その魔狼には君の“絶望”は理解らない。女神に信じていた“夢”を否定され、両親に生きる価値もない“ゴミ”だと罵られ、それでも生きようとした君の意思を。魔狼にとって、目の前で傷付いた少年はただの餌に過ぎない。
「くそ……くそ……くそ……! まだ……俺は……!」
心を蝕む激痛が、迫りくる“死”が、君の意志を折ろうとする。誰も助けてくれはしない、誰も元にも君の声は届かない、目の前の怪物には命乞いも通じない。ただ無情な現実だけが、君の前に待ち構えている。
それでも君の心にはまだ“希望”が灯っている。どんなに残酷な現実が襲い掛かろうとも、どれだけ強大な敵が立ち塞がろうとも、君は諦めず、ただ“希望”に向かって手を伸ばす。
「俺はまだ……!!」
残された武器は右手に握られた機械製のライフル、十万年前に滅び去った古代文明が遺した『遺物』だけ。悠久の時の中、君を待ち続けたそのアーティファクトだけが、残された“最後の希望”。
痛みに震えながらも右腕を伸ばし、歯を食いしばって意識を保ち、それでも生きたいと願って君はライフルの銃口を迫りくる怪物に向け、引き金に指と“覚悟”を添える。
そして、引き金を引くと瞬間に銃口から眩い閃光が煌めき――――
「うあぁぁああああッ!!」
「Grrr――――!?」
――――同時に銃口から撃ち出された朱い光の弾丸が飛び掛かってきていた怪物を一撃で消し炭にした。
それは人間の手には余りある代物、人間の“悪意”が凝縮された禁断の武器。使えばその先には破滅しかない。けれど、そのアーティファクトを以って君は“希望”を掴み取った。
それまで遺跡の中に響いていた獰猛な唸り声は鳴りを潜め、静寂に包まれる暗闇の中で君の吐息だけが静かに響く。怪物を消し去った朱い光の残光が網膜に焼き付き、脅威を焼き払った閃光の余韻が微かに残り続ける。
「ガルムは……まさか、消し飛んだのか……?」
迫り来ていた怪物は排除され、君は逃れられぬと覚悟した“絶望”に打ち勝った。右眼を潰され、左腕を失って、絶望的な窮地に陥っても、それでも君は立ち上がることを選んだのだ。
『敵性個体の排除を確認。ゲートオープン、ゲートオープン。方舟、再起動を開始します』
そして、絶望の淵で踏み止まった君は、再起への道を歩み始める。暗い遺跡の中に佇んでいた巨大な鋼鉄の“門”がゆっくりと開かれていく。まるで選ばれた勇者を迎え入れるように。
門の向こう側で君を待っているのは、世界から忘れ去られたように残されていた白銀の“方舟”。この世界の技術力では到底作り得ぬ空飛ぶ方舟を見て、君は何かに導かれるように立ち上がって歩き出す。
「あそこに……何か、傷を癒やすものがあれば……」
その歩みは“運命の分岐点”、歩んだ先に在る方舟で君は一人の少女と出逢う。それは物語の始まりを告げる出逢い、悠久の時の中で“その日”を待ち続けた少女の未来が動き出す瞬間。
絶望を越えた先で君は“大いなる力”を手にし、やがて覇業を成していくだろう。これはその『序曲』、まだ名前すら付いていない未知なる演劇。絶望と再起から始まる物語の開幕、忘れられぬ長い旅の始まり。
これは、“神”に見捨てられた少年の物語。
君自身の手で、“希望”を取り戻すまでの物語。
その日、君の運命は変わる。その事を、まだ君自身が気付かないままに。これより語られる君の旅の名は――――『忘れじのデウス・エクス・マキナ』。
傷を負い、それでも立ち上がるあなたに贈る物語。