恋のライバル
保健室に入ると、担当の志慶眞先生がいた。白衣にタイトなスカート、そしてメガネというスタンダードな衣服を見事に着こなす大人の女性。
色っぽくて学生の中で密かな人気があるとか何とか。
そんな志慶眞先生は、俺を虚ろな瞳で見据えてきた。
「あ、あの……先生。凩さんが足を負傷したんです。さっきマラソンで転倒して、それで……」
「ベッドへ下ろして」
「わ、分かりました」
俺は指示された通りに木葉をベッドへ座らせた。
「ん、なんか濡れてるね」
先生はジロジロと俺と木葉を観察してくる。
「さっき突発的な雨が降ったんですよ。――へっくちっ!」
俺は説明すると同時にくしゃみをした。やっべ、風邪引いちゃうかも。
「ほら、タオル。えっと……田中くん」
「俺は微風です」
「うん、微風くん。こっちのギャルの子は佐藤さんかな」
落ち着きのある口調で木葉の前で腰を下ろす先生。足を診てくれていた。
「あたしは凩です。凩 木葉ですよ、先生」
「あら、可愛い名前ね。う~ん、ただの捻挫ね。湿布は貼っておくから安静にしていれば大丈夫よ」
「ありがとうございます、先生」
木葉は、良かったぁと安堵していた。
俺も大きな怪我でないことを確認してホッとした。
「湿布、湿布――あ、切らしている。ちょっと職員室へ取りにくるから、田中くん、佐藤さんを見ておいて」
「いやだから、俺は微風です。あとこの子は凩ですよ」
「あぁ、そうだった。人の名前を覚えるのは苦手でね。じゃあ、頼んだよ」
先生は、くるりと背を向けて保健室を去っていく。なんだかマイペースな人だ。
というわけで、俺と木葉の二人きりになってしまった。
「「…………」」
見つめ合い、沈黙が流れる。
「……風吹くん、変なこと考えてる?」
「ばっ! そんなこと考えてない……よ?」
「なんで声が上擦っているのかな」
ニヤニヤと俺をからかう木葉。くそっ、この保健室という特殊な空間だから、なんだか変な感じがするぞ。
「お、俺はあっち向いているから」
「いいよ、こっち向いて。ていうか、ベッドの上来てよ」
「ちょ、引っ張るなっ!」
腕をグイグイ引っ張られ、俺はバランスを崩してベッドの上へ。木葉の上に覆いかぶさる形となった。
「「…………っ」」
お互い、顔が真っ赤になって視線を外す。うわ、これでは俺が襲っているみたいじゃないか。
「木葉が強引に引っ張るから悪いんだぞ」
「う、うん……ごめんね。でも、これヤバすぎない? 胸がドキドキして死んじゃいそう」
俺も木葉も呼吸が荒くなる。
段々と熱を帯びていくような錯覚に陥る。……なんだこれ、まだ何もしていないのに興奮する。
「そうだな。かなりヤバい。誰かに見られたら確実に誤解されるだろうな」
なんて言ったそばから保健室の扉が開いて、俺はビビった。やっべ! 先生ならいいけど……ん? 生徒っぽいぞ。
「まっず。仕切りカーテンがあるから閉めて」
「お、おう」
俺は素早くカーテンを覆った。
これでベッド周りは隠れたが……。
生徒っぽい気配が保健室内をウロウロしていた。まるで誰かを探しているような――そんな気配だ。
気配は、こちらのカーテンへ向く。
って、やべぇ。
「風吹くん、あたしの毛布の中へ隠れて!」
「えっ……けど」
「悩んでいる暇はないでしょ。ほらっ!」
頭を掴まれ、毛布の中へ押し込まれる俺。木葉のヤツ、馬鹿力かよ!
かなり無理がある隠れ方な気がするが、緊急事態につき仕方ないか。
俺は木葉のお腹のあたりに顔を埋める形となった。
――で、カーテンが開いたんだ。
「……凩さん」
「あ、あら……風紀委員長じゃない。なんで保健室に? まだ授業中のはずよ」
「もうとっくに休み時間ですよ。微風くんを探していたのですが、負傷した人を保健室へ運んだって聞いたので……まさか凩さんだったとは」
「そ、そうよ。足を挫いたのよ」
「そうでしたか。それで、微風くんは?」
「もう教室へ戻ったんじゃない?」
「…………」
「な、なによ、その疑心暗鬼な眼差し」
「凩さん、太りました?」
「――うぅ!!」
やっぱり、そう見えるよな。
いくらなんでも膨らみがあるだろうし、バレそうな気が。
「まさかその毛布の中に――」
「そんなわけないでしょ! 単に足が痛いから伸ばしているだけよ」
「なるほど、それで毛布が盛り上がっていると」
うまく誤魔化せた……のか?
それにしても暑いな。
今日は湿度も高いし、じめじめする。
それに、木葉のお腹は寝心地が抜群だ。まるで低反発クッションのようだぞ。
このままだと俺は、まさに腹上死する自信があった。
いやだけど――とびっきり可愛いギャルの腹の上で死ねるとか本望でしかない。
「そ、そうなの。だから、風吹くんは知らない」
「そうですか。では、良い機会なので少し話をしましょう」
「話?」
「ええ、私がなぜ微風くんが好きなのか!」
「やっぱり好きなんだ!!」
「ええ、好きですよ。好きで好きで毎日がたまらない。あの横顔を見るだけでキュンキュンして……胸が辛いです。今直ぐにでも告白したい――でも、でも……。
そんなわけです。私と微風くんの出会いをお話ししましょう」
「え、長くなりそうだし、いいや」
「……んな! ちょ、凩さん! これでも私は貴女を正当な恋のライバルとして認めているのですよ。こうしてギャル化したのも対抗する為で……」
そうだったんだ。
水瀬は、俺が好きだったのか。
って、ええッ!?
「恋のライバルねぇ。ひとつ聞きたいけどさ」
「はい、なんでしょう」
「物々交換で勝負するって話じゃん?」
「ええ、そうですね」
「風紀委員長はさ、風吹くんにパンツ差し出すくらいの覚悟あんの?」
「は……ぱんつ? って、なああああああああ!!」
いきなり、パンツとか言われ叫ぶ水瀬。
そりゃそうだ。
「顔を真っ赤にしちゃって。それくらいの心意気がないと、あたしと対等にやり合うなんて無理よ」
「ふ、ふ、ふざけないで下さいっ! パンツとか、微風くんそんなの興味ないと思いますし、嫌われちゃいますよ!!」
「どうかなー。多分、風吹くんは健全な男の子だけどね」
「なんだか詳しいですね。まさか、本当にパンツと何かを交換したとか」
「本人に聞いてみたら?」
木葉のヤツ、なんてことを言い出すんだ。
とはいえ、本当のことを言えるはずがないし、誤魔化すけどな。
「分かりました。話はまた今度にしましょう。凩さん、今は安静にして下さい。私は微風くんを探しに行きますので――では」
水瀬は去っていく。
ふぅ、なんとかバレずに済んだな。