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平民の地味子


「きょ、今日の授業を始めるよ。ふ、二人一組になってお互いに向かって魔力をぶつけて――」


「ふははっ、精一杯頑張れ! 若人よ! ところでスミレ先生、今日終わったらお茶でも――」


 担任の先生には眷属化のスキルを使った。俺に不利になることを言ったら苦しみながら死ぬはめになる。思考しただけでも激痛が走る。


 ……学園の内部を調べる必要がある。誰があの事件に関わっていて、誰が敵かわからない。

 鍵となる人物がいる。あの場所でも顔を隠さずにいた人物。

 それは学園長だ。


 魔導学園の学園長。賢者として名高い高潔な人物として政界、財界、魔導界に強い権力を持つ。強大な魔力は帝国の英雄にも匹敵するだろう。

 数多の犠牲を払い、あの場所から逃げ出せたが、あいつらにとって虫が一匹逃げ出した程度の認識だ。俺の記憶があっても無くてもどうでもいいんだろう。


 俺がみんなのスキルを完全に使いこなすまでは――

 俺は強く歯を食いしばった――




 スミレ先生の横には暑苦しい体術教員がいた。

 体育館を使う時は必ずいる教員であり、いつもタンクトップ姿である。

 先生と朗らかに会話をしているが、腹の底は腐っている奴だ。

 小等部時代、俺はあいつに体育の授業のたびに何度も怪我をさせられた。


 ――どうやら俺の顔が気に食わないらしい。


 ……あいつは小物だ。あの場所で見たことも、気配を感じたこともない。

 今は放っておこう。


 ささくれだった俺の心だが、俺の身体に染み付いているピピンの匂いを感じると心が落ち着く。

 ピピンは復活したばかりで殆どの時間を昼寝で費やしていた。

 気を抜くと猫魔獣の姿に戻ってしまい、俺に甘えてくる。

 ――可愛いから問題ない。




 そんな事を考えていると、魔導体育館に集まっている生徒が組を作り始めた。


 ……二人一組を作る? それは……問題だ。


 思えば小等部の頃は、あぶれているのが普通であった。

 いつも絶対最後に余ってしまう。

 そして、姫が『しょ、しょうがないわね』と言いながら班に入れてくれたんだ。


 それでも姫がいつもいるわけではない。男子だけの時は一人になってしまう。

 その時の俺は、みんなが楽しそうにしているのを疎外感を感じながら見ていた。

 ……今は違う。疎外感なんてない。だが、誰かと組まなければならない。


 どんどんと組みを作るクラスメイト達。

 俺は体育館を見渡した。

 俺と目が合いそうになると、目をそらした。

 ……なぜだ?


 つんつんしているひょうきんもの女子がトコトコと俺に近づいてきた。


「あんた、顔怖いんだよ。っていうか、あんたの事いじめていた罪悪感もあるしね」


「顔が怖いだと? そうか、気にしていなかった。ありがとう」


「な、なによ、す、素直じゃない。まあ、記憶がないならオッケーかもね。……私の嘘告白も忘れていると思うし……。うん、私の名前はメルティよ! 覚えておきなさい。あ、あんたが困っているなら、わ、私が――」


 この子は上級貴族だから取り巻きが多い。きっともう組を作っているんだろう。

 丁度、メルティの後ろに一人ぼっちの女の子がいた。


「……なあ、あそこにいる子はなんで一人なんだ?」


「へ? あ、あんた話し聞いていた? 絶対聞いてないでしょ? ……はぁ、まあいいわ……、ああ、あの子ね。うーん、ちょっと嫌な話しになるけどいい?」


「構わん」


「あの子は……、あんたの代わりみたいなものよ。覚えていないと思うけど、あんたはクラス中から――いじめられていたのよ。私を含めクラス全員からね。――あんたがいなくなって……、クラスの潤滑剤が必要だった。平民出身で地味な子だからね」



 地味な女の子は、ただ下を俯いていた。あれは経験したものにしかわからないだろう。

 苦痛な時間を耐えているんだ。

 きっと、あの先生が平民をこのクラスに入れたんだ。

 クラスをまとまるだけのために……。


 感じる必要がないはずの罪悪感が俺の心に沈み込む。

 俺がいなくなったからこの子がターゲットにされてしまったんだ。


「あ、あんたは誘拐されて記憶がないんだから、気に病む必要ないっしょ。っていうか、あんたの時よりはマシだから安心して、みんな見下しているだけよ」


「そうか、教えてくれてありがとう。……メルティは意外と良い人だったんだな。臭いなんて言って悪かった」


「え、あ、うん……、こっちこそ色々ごめんね――。べ、別に私はいい人じゃないし……。――私だってあんたにちゃんと謝りたいけど、ただの自己満足で終わるじゃん。だから、気長に見守ってるよ――。じゃあね、私は行くよ。あ、やべ、姫が睨んでるっしょ!」


 メルティは自分の友達たちのところへと走り去っていった。

 姫が俺を見ていた。その目には困惑と懐かしさを感じられた。

 ……姫はなんで下級貴族である俺にかまっていたんだ? 

 確かに姫はひどい女子であった。

 だが、時折見せる優しさもあった。

 それは忘れたはずだ。俺は思い出を消して新しく前に進むんだ。



 急激な魔力反応を感じた――



「あ、ごめぇーんっ! あっぶないよ〜」


 下を向いていた平民の子に対して、大きなファイアーボールが迫っていた。

 平民の子はファイアーボールを見つめて諦めた表情をしていた。

 目に光がない。日常的な悪意を受け入れる空虚さ。

 ――胸がひどくざわつく。



 俺は気がついたら身体を動かして、ファイアーボールをこの身で受けていた。

 ファイアーボールの残り火が俺の体毛を少しだけ焦がす。この程度なら魔力を使わなくてもダメージはない。


 それに、魔力を使って実力をバラすわけにはいかない。痛いふりをした方がいいのか?


 平民の女の子は青ざめた顔で俺を見ていた。

 生徒たちがざわめく。


「え、あのファイアーボールって本気だったよな」

「ああ、えげつねえデカさだった」

「セイ、ヤはなんで無傷なんだ? 不完全魔法だったのか」

「きっとそうだろ。……じゃなきゃ大やけどをおってただろ」

「ほら、痛そうにうずくまってるじゃん!」

「ちょっと、あんたあれってわざとじゃないの!?」

「そんな事ないよ〜、たまたま逸れちゃっただけだよ〜」


 俺は立ち上がって制服に着いたホコリを払う。

 タンクトップの体術教員が甲高い声を上げてファイアーボールを放った生徒に注意をしていた。

 他の生徒は興味を無くしたのか、各々魔法の練習へと戻った。


 俺は平民の子に声をかける。


「大丈夫か? 怪我はないか?」


「……余計な事しないで。庇われたら……またいじめられるから」


 気持ちが良くわかる。庇われると、それを理由に更にいじめがひどくなる。

 庇った生徒も攻撃を食らう。そしていつしか庇ってくれる生徒はいなくなるんだ。

 この子は俺の心配をして青ざめてくれたんだ。きっと優しい子だ。


 俺は何故かこの平民の女の子の事が放っておけなかった。


「……俺はセイヤだ。記憶がないから授業の要領がわからん。俺と一緒に組んでくれ」


「は、話、聞いてたの? あなたも……攻撃されちゃうよ……」


「構わん。ほら、授業を再開しよう。全力で魔法を放て」


「……で、でも、本気で打つと……またいじめられて……、それに防御できないと――」


「いいから打て。俺は誰とも組めないから寂しいんだ」


 寂しい、という言葉に平民の女の子が反応した。

 俺もなんで【寂しい】なんて言葉を使ったかわからなかった。


 女の子は一拍置いて、身体に魔力を溜めて詠唱を始める。

 俺は距離を取って、魔法に備えた。


「――【ファイアーボール改】!!」


 まて? 改とはなんだ? そんな魔法名聞いたことないぞ?

 凄まじい勢いで炎の玉が俺に襲いかかる。

 流石にこの学園の先生レベルには達していないが、かなりの高魔力であった。


 ――炎の温度が桁違いだ。これは……。


 俺は魔力の使い方がうまくない。魔法障壁で守ったら他の生徒たちに俺の実力がバレてしまう。なら――


「――ふんっ!!」


 手のひらだけに魔力を集中させて、炎の玉を受け止めた。気合で魔力を握りつぶす――


「え……、今の……なに?」


 呆けている平民の少女に俺は言った。


「さあ、どんどん来い! 俺に一撃食らわしてみろ」


「――っ、【ファイアーボール改】! 【ファイアーボール改】【ファイアーストーム】――ああっ、もう! 【フレアバースト】」


 炎の嵐が俺に襲いかかる。俺は両手に魔力を集中させて再び炎を受け止める。

 俺が握りつぶすたびに少女が悔しそうな顔をして魔法を放ってきた。

「はっ!」「ふんっ」「いい感じだぞ!」「そうだ、もっと魔力を込めろ!」「まだまだっ!」


 俺はなんだか楽しくなってきた。

 キャッチボールというものはしたことが無いけど、こんな感じだったんだな。

 公園で同世代の少年たちがボールを投げあっているのを見たことがある。

 俺は遠くからそれを見ていただけであった。真似をして一人で河原で石を投げた事があったが、全然楽しくなかった。

 あの時、俺は誰かとキャッチボールをしたかったんだな――


「な、なによあの魔力……」

「おいおい、ファイアーボールの領域を超えてるっしょ」

「あいつ平民だろ? 魔力測定はいくつだ?」

「ファ、ファイアーストームって、ランクAの魔法じゃん……」

「な、なあ、セイヤって、なんで無傷なんだ?」

「あん? どうせ不正してんだろ? 昔もそうだっただろ?」

「そ、そうか、そうだよな。素手で魔法を止めるってありえねえしな」

「み、みんなー、他の生徒の事は気にしないで練習してねー」


 外野の声はどうでも良くなってくる。

 ふと、平民の女の子の魔法が止まっていた。

 肩で息をしている。


「はぁはぁ……、私ばかりだと不公平。あなたも打ってきて――」


「……わかった」


 平民の女の子が魔法障壁を展開する。

 詠唱といい魔力の流れといい、非常に強固な障壁であった。

 俺はファイアーボールを極小の魔力で放った。

 ひょろひょろ飛ぶそれは先ほどのファイアーボールとは比べ物にならなかった。


 女の子の魔法障壁にあたり、ファイアーボールは魔法障壁と一緒に砕け散った。

 女の子は驚いた表情をした。


「えっ、しょ、障壁が……壊れた……、そ、それに無詠唱……」


 そうだ、詠唱するフリをしなくては――

 呆然と俺を見つめる女の子をよそに、クラスメイトは俺の魔法を馬鹿にする。


「しょぼっ」

「小等部レベルじゃん」

「まああんなもんだろうな。ほら、俺たちも練習しようぜ」


 女の子は真剣な顔で俺に言った。


「も、もう一度お願い――」


 俺は何度もファイアーボールを放った。

 全部魔法障壁で止められたけど、やっぱり楽しくなってきた。

 これが、コミュニケーションというやつか。


 そんな時、強大な魔力を感じ取った。

 先生の横にいたタンクトップの体術教師がニヤニヤと嫌な笑いをしながら詠唱をしていた。

 電撃の魔法を俺に打ち込もうとしていた。まったく、本当に嫌な男だ。

 あの魔力量なら普通の生徒は瀕死に陥る強さだ。


 俺は微弱なファイアーボールを連打しながら――、予め飛ばしておいた小さなファイアーボールを操作した。



「――【光炎】」



 小さなファイアーボールはタンクトップの後ろに静かに回り込み――俺は一瞬だけ魔力を高めると、ファイアーボールは光線となってタンクトップの腹を突き破った――


「ぐぼっ!?!? あがががががっ――――」


 タンクトップの元から爆音と電撃の音が聞こえてきた。

 ファイアーボールによって電撃魔法が詠唱失敗をして、タンクトップは自分の電撃で自滅をした。


「せ、先生ーー!! な、何があったんですか!」

「やば、誰かの流れ玉が当たったのかな?」

「いやいや、電撃魔法なんて使ってねえぞ!?」

「ちょ、タンクトップの頭チリチリじゃん。ぷぷっ」

「い、いや、腹に穴空いてんぞ……」


 俺は先生に目で合図をした。

 先生は怯えながら頷く。バレなければこの程度は大丈夫だ。授業の一環として処理をしておけ。


「は、はい、みんなー、処理は私がするから、気にせず授業をしてね!」


 タンクトップは先生によって体育館の外へ運び出された。

 俺と女の子は授業が終わるまでずっと魔法のキャッチボールを楽しんでいた――




 授業終了の鐘がなる時には、女の子は汗をびっしょりかいていた。

 俺は女の子にタオルを手渡す。俺は汗をかいていないしな。


「これを使ってくれ。まだ使ってないから綺麗だ」

「え、あ、うん、ありがとう。……き、貴族なのに変な人……」


「そうか? じゃあ、また教室で――」


 俺が立ち去ろうとしたら、女の子は俺に声をかけてきた。


「あ……、な、名前。わ、私、リオって言うんだ。……きょ、今日はありがと。で、で、も、あなたが嫌がらせを受けたら…………」


「ああ、問題ない。慣れている」


「あ……」


 動かないリオに自然な笑顔を向けて、俺は歩き出した――

 そして、後ろからリオが付いてくる足音が聞こえてきて、なんだか嬉しくなった。


読んで下さってありがとうございます!

皆様の応援のおかげで表紙入りする事ができました。

励みになりますのでブクマと★の応援をよろしくお願い致します!

ありがとうございます!

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