麻婆豆腐
「辛いにゃ! 熱いにゃ! でも美味しいにゃ! セイヤ、ふーふーするにゃ!」
マーボー豆腐と格闘しているピピンは、サウナが嫌で逃亡していた。
天気もいいのでそこら辺で日向ぼっこをして、猫と遊んでいたらしい。
ピピンのマーボー豆腐をふーふーしてあげる。
リオとツバサは俺たちがドン引きするほどの勢いで東方料理を食べていた。
カケルは――何故か泣いていた。
「な、なんだこれは、眼から汗が流れる……。胸の奥からこみ上げてくる感情が抑えられない……、美味しい……いつも食べているご飯よりも美味しく感じられる……」
ゆっくりとカレーを咀嚼するカケル。俺たちはカケルが落ち着くまで放置する事にした。
ようやく約束が果たせたからな。
……この場にマシマたちがいないのが悔やまれるが……、大丈夫、俺が必ず復活させる。
『……で、セイヤは他の班の奴隷の女の子から――』
『な、なんと……、キサラギ殿、もっと詳しく』
『ていうかお腹空かないじゃん?』
『もう、私達はこの空間で――ダンジョンを――』
薄っすらと胸の奥から声が聞こえてきた。
昔よりも頻繁に声が聞こえてくる。
存外仲良くしているみたいだ。
「どうしたの、セイヤ? はい、セイヤが好きな牛丼だよ」
リオが俺に牛丼を手渡してくれた。
サウナであんな話をしていたから少しだけ意識してしまう。
お風呂上がりのリオはほわほわしていて可愛かった。
「あ、ああ、ありがとう――」
ビールのジョッキを飲み干したサイオンジさんが真剣な口調で俺たちにいう。
「――対抗戦についてだが」
俺たちも料理を食べながら真剣に聞くことにした。
「あの大会は……代理戦争みたいなものだ。栄えた国家が戦争をしたらお互いの国が滅びてしまう。まあ水面下では小競り合いをしているがな。対抗戦の結果で、その国の発言権の強さが決まる」
ツバサが口を挟んだ。
「そんな事、学生の俺たちには関係ないだろ?」
「大人の世界は色々あるんだ。……対抗戦はこの地域最大のイベントだ。全国から観光客が来て、年に一度の対抗戦を楽しみにしている。……各国の首脳会談もついでに行われる」
俺は口を挟んだ。
「しかし、サトシの口ぶりから、帝国は王国に憎しみを感じました。本当に滅ぼそうと思っているんですか?」
「うむ、現在の帝国は軍備を備えている。超大国も自由都市も帝国を警戒している。……元々はこの地域一体は帝国の領土であったからな。帝国は昔の隆盛を取り戻したい、それに戦争で負けた王国に恨みがある」
ピピンはデザートの杏仁豆腐に手をつけ始めた。
「うにゃ? 昔の事なのに未練がましいにゃ」
俺も同意する。サイオンジさんは頷きながら続けた。
「確かにそうだ。だが、長い時間をかけて魔神を復活させた。……魔神なんて厄災として認識されている。しかも将軍級は特殊魔神でレアだ。完全体ならあれ一体で王国が滅んでもおかしくなかった」
魔神は様々な階級に分かれている。その存在は天災として分類されるほどだ。
コミュニケーションは取れるけど、人とは全く違う種族。
戯れで街を滅ぼす。戯れで力を与える。
メガミさんがジュースをすすってゲップをして俺たちに言った。
「げふっ――、魔神は神々のゲームの駒よ。アイツラよりも格上は存在するわ。といっても現世に顕現できるのはせいぜい魔神程度よ。私達が現世に来る場合は、依代よりももっと上位の存在が必要よ」
俺たちは首をかしげた。
あまりにも突拍子のない言葉を受け入れられなかった。
リオが俺の袖を引っ張る。
「――メガミさん……、魔力がおかしかった。多分……人じゃない」
「そ、そうか……、あまり深く関わらないようにしよう」
「ちょっと!! 私は至って普通の超かわいい女神よ! い、今はツバサに力を貸してあげてるんだから! 全く、この世界の女神教のせいで女神の評判ガタ落ちよ! あいつらは女神の名前を使ってるだけのテロ組織と変わらないわよ!」
「こいつ自分の事、神様って言ってるにゃ。女神がここにいるわけ無いにゃ」
「ふむ、女神は天上に住んでいてこの世界には極稀にした現れないと聞いた。嘘をつくのは良くない」
メガミさんが何故か泣き出した。きっと同じ名前だから辛い事があったんだろう。
ツバサに抱きつきながら甘え始めた。
ツバサはメガミさんの事を嫌そうに見ているが、押しのけようとはしなかった。
サイオンジさんが咳払いをする。
「ごほんっ、お前ら話が進まないぞ。全く……、いいか? 帝国は水面下で着々と力を付けていった。研究所や実験場、それに新しく設立された特殊兵候補生学校、ダークエルフとの共闘、魔族の囲い込み、現在の魔王も帝国の支配下だ」
そこまで言ってサイオンジさんは俺を見て軽く笑った。
「――だが、お前らは政治的な事を気にするな。ただ対抗戦を思いっきり戦え。そこであの女ミスティと魔神をぶちのめせ。色々絡み合っているが、複雑に考えるな。――強くなれ、戦って勝て。それだけだ――」
俺はふと思ったことを言った。
「……ツバサと本気で戦ったら会場壊れませんか?」
「高位土木結界師が数百人で組む結界だ。多分……大丈夫だろう」
昼間の模擬戦……という名の真剣勝負はお互いがボロボロになるまで続いた。
ツバサは恐ろしく強かった。それこそ魔神なんて比にならないくらいだ。
だが、負けてない。
ツバサは締めの冷麺をすすっている。
「俺は仕方なく対抗戦に出たんだ。……対抗戦に勝ったら友達が新しい鉄馬車テスラを貸してくれるっていうから……。だが、俺もセイヤと本気で戦ってみたい。対抗戦、楽しみにしてるぞ」
……まて、あれが本気じゃないだと?
「はははっ、仲良くなれて良かったな。とりあえずお前らはずっと特訓していればいい。対抗戦当日は俺とその仲間たちが備える。ほら、残さずいっぱい食え! 今日は学園長のおごりだからな!」




