普通の学園生活
俺の意識の中で扉が現れた。
決して開けることのできない扉が一つだけ開かれていた。
そこにはレンが頭をかきながら立っていた。
『辛気臭せえ顔してんじゃねえよ。てめえは俺のマブダチだろ?』
『レン……、逝かないでくれ……』
俺よりも小柄でどこか違う世界から飛ばされてきたレンはお調子者であった。
馬鹿な事を言ってみんなを和ませ――
女風呂を覗こうとして半殺しにされて――
やるときはやる男であった。
『馬鹿野郎! 男が泣くんじゃねえよ! 泣き虫セイヤは治らねえな。ていうか、てめえの周りって超カワイコちゃんばっかじゃねえか。かーーっ、羨ましいぜ!』
『お、俺は守られてばかりで……、みんなに迷惑を……』
レンが俺の頭を叩いた。優しい感触であった。
『バカ、お前がいたから一つになれたんだよ。……なあ、俺たちは最強の48班だろ? 迷惑? 勘違いするな。……俺達はな、お前が好きなだけなんだよ。だから――』
レンの存在が薄くなる。
レンが消えてしまう――
『――お前、本気だせよ。ったく、仕方ねえから俺が手伝ってやんよ! よっしゃーーっ! 手を出せや!』
俺はレンの前に手を出した。レンは俺の手を握りしめる。
『……安心しろ、俺は死んでも女神の呪いでどうせ転生か転移して違う世界で戦ってるぜ。だから、お前はこの世界で精一杯生きろ。友達も作って、学園生活を楽しんで……、邪魔する奴らはぶち倒せ!! ほら、さよならだ』
レンの想いが俺の心に刻み込まれる――
『――楽しかったぜ……、じゃあな!!』
レンの最後の笑顔が俺の心に染み渡った――
レンの扉が消え去って、ここには閉まっている扉しかない。
扉の奥から声が聞こえてきた――
『あちゃー、でしゃばりレンが先に逝きやがったな』
『レンの事だから転生でもするんじゃない? あいつ頭おかしいじゃん』
『……同意する』
『新しい子たちが来ちゃったね。セイヤ、安心して。誰も後悔してないからね』
『わ、私、好きって言わないって決めたのに言ってしまった!?』
『はぁ……、やっぱ運悪いよ……』
『セイヤ、私達は大丈夫。だから、立ち上がって――』
以前よりもはっきりと内側の声が聞こえてくる。
その声はすぐに消えてしまったけど、心にずっと響く。
心の扉の向こうで大切な人たちの気配を感じる。
そうだ、諦めるな――
前を向け――
俺の意識が覚醒した――
ナンバーズの修練所は瓦礫と化した。俺たちはグラウンドまで吹き飛ばされていた。
俺の隣には悲しそうな顔をしているリオが佇んでいる。
俺は立ち上がった。鼓動が激しい。レンの想いが身体の中で渦巻く。
マシマ、メルティ、姫の想いが心に浸透する。
「セイヤ、みんな死んじゃったよ……、ごめん、私、守れなかった……」
泣きながら悔しそうな顔で唇を噛み締めるリオ。
俺はリオの頭を優しく撫でた。
「諦めるな。マシマたちは俺の中で生きている。――俺が魔神を倒す」
瓦礫の中から誰かが起き上がる気配を感じる。
左腕がなくなっている魔神が俺たちを見据えた。
「……人間の力は侮れん。くっ、頭が……、依代ごときが黙ってろ……」
魔神がなくなった左腕に魔法をかける。素肌の左腕が生えてきた。
「あらあら、やっと理想値までいけたわね。ふふ、あとはお姉さんにまかせてね」
「ごほっ、ほこりっぽいな。早く洗脳して終わらしてしまえ」
魔神の隣から出てきた学園長が間髪入れずに魔眼を俺に向ける。
身体を蝕む洗脳の魔眼――
今までの俺では耐えきれない魔力の暴力。
――俺の心を洗脳する? そんなの許せるわけないだろ!!!
俺はレンのスキルを発動した。
発動するだけで心が悲しくなって胸が痛む。なのに力が湧き上がってくる。
「――魔法剣【ファースト】」
俺はレンが愛用していた魔剣を空間から取り出し一振りした。
その一振りで魔眼の魔力を切り裂き、剣圧が大地を削り取る。
後ろに飛び退った学園長とサトシが驚愕の表情をした。
「あら? ……あらあら? ……あらあらあらあらあらあら、私の力を弾き返すの? ……ふぅ、サトシ、ごめん、失敗しちゃったわ。奴隷に神の子がいたなんてね……、引きましょう」
「なんだと? ミスティの魔眼が効かないだと?」
「――はぁ、後はあなた達に任せるわ」
「くっ、俺の身体が動かないぞ。……お前らは誰を依り代にしたんだ? 左手の自由が効かない」
――逃がすか、学園長。
「――魔法剣【フィフス】」
地面に突き刺した魔剣から空間を侵食する。
数多の剣が地面から湧き出てグラウンドの四方を囲み結界を作り出す。
「いやいや、こじ開けるわよ――【魔女の鉄槌】」
学園長が結界に向けて極大魔法を行使する。
その力は俺の空間に少しだけ穴を開けた。
「あ、サトシ、また後でね!」
学園長はうさぎに变化して小さな穴から逃げ出してしまった。
空間の穴はふさがって、魔神とサトシだけが取り残された。
サトシは舌打ちをする。
「ちっ、魔神を回収しなくては目的を果たせん。仕方ない。魔神、援軍が来る前にこいつらを殺すぞ」
「……承知」
俺を殺す? それは俺の大切な人を殺すっていう意味だ――
俺は二度とそんな事させない。
魔神が右手で細い剣を振りかざした。
禍々しい魔力が俺たちに襲いかかる――
『守るのは任せろ! わ、私の力を全部使ってくれ!!!』
――聞こえるはずのない声が俺の胸から響く。
やっとわかったんだ。マシマも俺も本当は不器用なだけで友達になれたんだ!
マシマ、生きて返ってきたら一緒に靴を買いに行こうな――
「――はぁぁぁ【秩序の盾】!!」
俺とリオを守る最上級大盾スキルが展開される。
魔神の致死の一撃を完全に防ぎ切る。
「目障りなガキだ……、魔人の群れに飲み込まれろ! 【魔族召喚】」
サトシが展開した魔法陣から数十体の魔人が現れた。
オーガのような風貌をしている魔人は自我をなくしているのか俺たちに向かって吠えながら襲いかかってきた。
リオが前に出る。瞳の色が赤く変わっていた。
魔力が暴走しているのか、リオの身体から熱気が伝わってくる。
「――セイヤ君は一人じゃない! 私だっているんだから!! 暴走するのが怖かったけど……、そんなもの乗り越える!! 【炎の竜】」
以前ケロベロス像の前で見た炎の竜よりも大きな竜が生まれ落ちた。
強大な魔力をまとった竜が、あたかも意思をもっているかのように、
魔人たちを蹂躙する。
リオの額から脂汗が流れる。
赤い瞳が輝いていた。
「大丈夫……、も、もっと、早く、私が、この力を使えていたら――シャルさんもマシマさんも、メルティさんも……ひくっ……、――もう後悔なんてしたくない!」
俺はリオに一言だけ告げた。
「――背中を任せる」
リオは泣きながら俺に言った。
「――う、ん」
俺は短距離転移を繰り返して、サトシと魔神を撹乱する。
荒れ狂う炎の竜がブレスを放つ。その度に魔人は消し炭と成り果てた。
「魔神、あれを厄介な竜を壊せないのか? 俺はセイヤを抑える。――【ライトニング】」
電撃の魔法を俺に放つが――
マシマが俺の背中を押してくれた。
「――【マジックキャンセル】――【魔法剣ファースト】」
サトシが放った魔法は俺に届く前にかき消えてしまった。
俺はその隙を逃さず、レンのスキルを解き放つ。
レンの魔法剣が射線上のものすべてを切り裂く――
サトシは魔神に腹を蹴られて射線から放り出された。
魔法剣は魔神の足を切り裂いた――
「――召喚主、貴様は下がっていろ」
足がすぐに生えてきて、魔神は俺に向かって魔法を放とうとしたその時――
魔神は動きを止めた。
いや、生えてきた足だけが動かない。
魔人の左手が自分の顔を殴りつける。その威力は魔人の顔を陥没させる一撃だった。
――もしかしてカケルか!? お前も戦ってるのか? なら――
「ぐほっ――、よ、依代ごときが……」
魔神が自分の左腕を抑えようとしている隙を狙って、俺はスキルを開放する。
魔神は躊躇なく自分の左手と足を切り裂く。
そして、向かってくる俺めがけて――
「小賢しい人間が、闇に消え去れ――【ソウルスティール】」
魂を食らう一撃が俺の身体を包み込む――
魔神の魔力が圧縮されて――俺の身体が粉々に――
『あはは、騙すのは得意じゃん。はぁ、自分のこともね――』
メルティの声が聞こえた気がした。
自分に自信がなさそうな声だけど、俺をいつも気にかけてくれていた。
あの告白だって嘘告白じゃないって、今は理解している。
ちゃんと向き合ってあげれなくてごめんな――
「――隠蔽スキル【空蝉バックスタブ】」
俺を殺したと思い込んだ魔神の背中へと回り込んだ。
そして俺は魔神に向かってレンの魔剣を突き刺した――
俺の魔剣は魔神の腹を突き破り、赤黒い血が吹き出す。
「ぐっ……、な、なぜだ? に、人間ごときが……、魔神である……俺を――」
サトシは炎の竜と、バトルスタッフを鬼神の如く振り回すリオによって足止めされていた。
リオがスタッフを振るうたびにグラウンドが破壊される。尋常じゃない威力と速度であった。
魔神が魔剣を掴んで逃げ出そうと試みるが――
『王女しか使えない魔法っていうのもあるのよ。私のレベルじゃ使えなかったけど――』
姫は本当は寂しそうだった。
俺の事をいじめていたと思っていたけど、あれは遊んでほしかっただけだったんだ。
姫は不器用で自分の本心を隠して……、王女としての責務とプレッシャーに押しつぶさそうな弱い女の子だったんだ。
何度も何度も、俺と仲良くなろうと試みようとした。
幼い頃は全部失敗に終わったけど――、俺たちの関係はまだ始まったばかりなんだ!
まだ遅くないんだ!!!
【武器召喚】
左手に奇妙な小さな鉄の武器を構える。
「――【装填聖弾】」
「ひ、左腕が勝手に生え――、く、邪魔をするな――、頭が――」
魔神の左腕が生えてきて逃げるのを阻止する。
カケル、これが終わったらみんなで東方料理を食べに行こうな――
俺は魔神の魂めがけてスキルを解き放った。
「――ってぇぇぇぇっ【砲撃――ソウルイーター】!!」
小さな武器の砲身から放たれた聖弾が魔神の中で暴れ狂う。
魔神の身体がガクガクと激しく振動する。
身体がピクリとも動かなくなり、身体から黒いモヤ出てきて宙をさまよった。
黒いモヤはもがき苦しみながら徐々に小さくなっていく――
これで、マシマたちを――
――気を抜いたつもりはなかった。それでも気配が一切感じられなかった。
「――よっと、ただいま」
――なんでそこにお前がいる!?
いなくなったはずのうさぎ姿の学園長がモヤを魔法の檻で捕獲した。
魔眼の不意の一撃が俺の身体を吹き飛ばす――
俺は吹き飛ばされながらもスキルを発動させる。
「あらあら、せっかくの魔神は回収しなきゃね。……はぁ、今度は魔法対抗戦で暴れるからよろしくね! あら、サトシの事忘れてたわ。――じゃあね!」
ボロボロのサトシが学園長に引き寄せられ、学園長は空間に魔法陣を描いた。
人の身で空間転移だと?
「まて!! お前らの魔力を奪わないと――、仲間が――、【魔法剣イレブン】!!」
俺の本気の魔力を込めた十一本の魔剣が学園長めがけて放たれるが――
魔剣は空の彼方へと消えてしまった……。
俺は破壊の限りを尽くしたグラウンドの真ん中で天を仰いだ。
――また、救えなかった……。
また、救えなかった――
また救えなかった。
俺はグラウンドの地面を叩きながら叫んだ――
「――――――――――――――――――ッッッ!!!!」
その直後、頭にガツンと衝撃がきた。
物理的な衝撃じゃない、俺の心の中で衝撃がきた。
『いつまでもうじうじしてんじゃねえよ。まだまだチャンスはあるだろ!』
『同意する』
『セイヤは真面目だからね。気楽に行こうよ!』
『わ、私たちなら大丈夫だ。心配するな。……ずっと苦しんでいたセイヤに比べれば……』
『ちょ、マシマ、重いって! はぁ、ここって居心地いいから大丈夫じゃん』
『あ、セイヤ、リオが大変よ! 早く行ってあげて。私達の事は後でいいから……心配、しないで……』
悲しいのに……、何故か笑いたくなった。
「は、ははっ、はははっ……、みんな……本当に、優しいな……」
奴隷仲間と過ごした日々が俺の力になったんだ。
みんながいたから俺は強くなれたんだ。
小等部の思い出を消すことなんて出来なかったんだ。
俺の願いは今でも変わらない。
普通に学園に通いたいだけだ。
みんなと学園に通いたいだけなんだよ!!
涙で視界が歪んでいる。視界の先にはリオが力尽きて倒れている。自分の炎に焼かれたのか、全身が黒焦げになっていた。
俺がリオに駆け寄ろうとすると、知らない女の人がリオの身体を抱き上げながら回復魔法をかけていた。リオの身体が一瞬で回復した。
女の人は魔力をグラウンドに向けて飛ばした。
その先には魔神の依代であったボロボロのカケルが倒れていた。
魔力がカケルに当たると、カケルの傷が急速に癒えていく。
超高等魔法の飛ばしヒール――
――魔力の質があの学園長と同じレベルの化け物だ。
女の人を見ていると、俺の認識が狂いそうになる。
見たことがある人だった。
もう学園長の認識阻害は無いはずだ。
記憶の齟齬と人の顔が段々と一致する。
この人が本当の――。
「……まさか学園内部にまで。……すまぬ。これは我の責任だ。我の名はライザ、ほとんど姿を見せないが、この学園の学園長だ」
白い肌のエルフの姿の学園長が俺たちに申し訳無さそうな顔でそう告げた。
第二章完です!
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