魔導学園小等部の思い出を全てを消して、俺は普通に学園生活を送りたい。姫も幼馴染も今さら罪悪感を感じても俺には関係ない。奴隷仲間たちと過ごした日々が俺のスキルへと変わる。

二章

認識の違い

　骸骨王の姿が消えて、その場には気を失ったマツコ先生が倒れていた。

　マツコ先生は戦闘不能状態なのか、段々とこの空間から姿が消えていく。

「ふむ、不測の事態で驚いたが、問題なかったようだな」

　全然驚いている風に見えないカケルが俺の横にいた。

　戦闘後でも警戒を解かずにいたのに、全く気配がない……。

「ああ、マツコ先生レベルの依代で良かった。あれがサトシ先生だったらゾッとしないぞ」

「それはそれで楽しそうだ。む、君の仲間が駆け寄って来たぞ？　俺は離れたほうがいいか？」

「……いや、そんな事はない。一緒に戦った……なんといえばいいかわからんが……友人、みたいなものか」

　俺がそう言うとカケルはほんの少しだけ口角を上げた。。

「なるほど、これが恥ずかしいという感情か……、悪くないな」

　カケルと俺が話しているところにリオたちが合流してきた。

　マシマだけが気を失っていてメルティに背負われているが、回復魔法をかけたのか命には別状なさそうであった。

　リオは俺の顔を見て、手を突き出してきた。

　俺が不思議そうな顔をしていると、軽く微笑んで俺の手を取って自分の手をパンッと当てた。

「もう、ハイタッチだよ。……一度やって見たかったんだ」

「そ、そうか、これが噂に聞いたことがあるハイタッチか……感慨深いものがあるな」

　ふと、カケルを見ると、自分の手を見つめて少しだけ寂しそうにしていた。

　俺はおずおずとカケルの前に手差し出す。

　カケルは恐る恐る俺の手を叩いた。

　――い、痛いぞ……。

「……不思議な気分だ。……セイヤ君との距離が少し縮まった気がする」

　俺もなんだか恥ずかしくなってきた。

　そうこうしているうちに、マシマが目を覚ました。

「う、ううぅん……、セ、イヤ……」

　覚醒したマツコ先生の攻撃は激しいものであった。マシマが隙を与えてくれなければ長期戦になって被害が拡大していただろう。

　あの防御は大したものだ。学生が受け止められる威力ではなかったのに、マシマはそれをやってのけた。

　マシマはメルティの背中から降りて立ち上がる。

「まだ休んでいろ、もう本選もこれで終わ――」

　俺が言い終わる前に、修練所の空間にサトシの声が響いた。

「……まだ五人になっていないぞ。……ここからは特別ステージだ」

　俺たちのクラスは全員生き残った。カケルのクラスはカケル一人だけだ。

　それ以外に三人の知らない生徒がメルティの後ろに隠れていた。

「な、なんだよ！　終わりじゃねのかよ！」

「もう選抜メンバーはこいつらでいいだろ！？　に、逃げ回っていた俺達には無理っしょ！」

「ママ……、帰りたいよ」

　生徒たちの声に答えるかのように、サトシが修練所に現れた。

　身にまとっている気配が先生面している時とは違う。

　冷たい空気を感じる。

　黙って俺たちを見ているサトシの後ろに人影が現れた。

　見たことがある人であった。

　保健室のおばちゃん先生が白衣姿で立っていた。

「あらあら、実験は成功ですね。賭けは私の勝ちですよ、サトシ君」

「ふん、お前が育てた実験体もなかなかだな。だが、洗脳できなかったんだろ？」

　おばちゃん先生はにこやかな笑顔で俺たちを見つめる。

　ここにいる生徒誰もが困惑をしていた。

　還暦に近いおばちゃん先生がこんなところに現れる意味がない。

　おばちゃん先生は普段通りの柔らかい口調で喋っている。

「だって、保健室でセイヤ君を【視た】時はがっくりしちゃったもん。あれだけ辛い目に合わせたのに思ったよりも覚醒してなかったのよ。でもね、いい感じにスキルを開放して――実験は良い方向に行ってるわ」

　キサラギの直感スキルが俺に警告をしている。

　胸がざわめく。

　頭が痛くなる。

　嫌な予感が止まらない。

　リオの魔力が高まる気配を感じた。

　カケルはこの状況に戸惑っていた。

　サトシはカケルの肩を叩いた。

「ふん、俺が育てたカケルだって中々のものだぞ？　感情が薄くて純真な心を持っている、依代としては最適だ」

「サ、サトシ、何を言っているんだ？　俺は自由に――」

　サトシはカケルを見ずにおばちゃん先生に向かって頷く。

「じゃあ、そろそろいいかしらね？」

「ああ、団員には連絡済みだ。今日、この場で俺たちは帰還する――」

　誰もが口を挟めなかった。

　不穏な空気が最悪を予測する。

　そんな中、姫が口を開いた。

「ま、待ちなさい！　サ、サトシ先生、わ、私は第三王女のシーナ・シャルロットよ。あ、あなた達、まさかこの国を――」

　サトシが冷たい目で姫を見た。

「政略結婚の道具でしかない第三王女か。……貴様が思ってる通りのことだ。俺たちは本来の主人の元へ帰る」

「あらあら、冷たいわね。ふう、頭の悪いガキの面倒は本当に面倒だったよ。たかだか４０年ぽっちの時間だったしね。エルフにしてみたら留学と変わらないわ」

　おばちゃん先生がそう言うと、還暦目前の女性であったおばちゃん先生の姿が変化していく――

　年老いた姿から若い女性の姿になり、そこには黒い肌で耳が長い絶世の美女が立っていた。

　その姿を見て、俺は何も考えられなくなった。

　おばちゃん先生の視線が俺を射る。

　俺は魔眼を食らった。

　骸骨王のそれとは比較にならない威力――

　耐え難いほどの苦痛が俺の身体の中を渦巻く。

　頭が割れそうになるが、痛みよりも疑問が俺の頭に渦巻く。

　なぜだ？　なぜだ？　なぜだ？

　俺の記憶では――

　朝礼で見かける学園長の姿は、違う――

　俺が知っている学園長は――

「――やっと思い出した？　あらあら、本当に忘れっぽいんだから。……サトシ君以外の人には認識阻害をかけていたからね〜」

「なぜだ！　なんでおばちゃん先生が学園長に――、あの学園長は――」

　そこには俺が知っている奴隷仲間を殺した学園長が立っていた――