君がくれたもの
最初はリップクリーム。
唇が荒れていることに気づいたのは、どちらが先だったのだろう。
次にハンドクリーム。
手帳に走り書きしていた手を横から奪われ、適当に切った爪と逆剥けた指を君の眼前に晒されて、僕の鼓動はドキリと跳ね上がる。
「塗ってあげます。」と言われ「そのくらい自分で出来る。」と断ったのに、「あなたは大雑把だから。」と強引に押し切られた。丁寧に塗り込められる香りの良いクリームと、存外に高い君の体温。何故だか顔を上げられず、逞しく美しい君の手と、痩せて節くれ立つ自分の手が絡み合う様子をぼんやりと眺め続けた。
剃り残しを指摘する指先を僕が許すことを、その頃にはもう君も悟っていたのだろう。切れ味の鈍ったシェイバーを買い換えるため、休日に、一緒に大型電気店に行くことすら自然な流れだった。
誕生日には香水を一緒に選んだ。
年甲斐もなく。
若い時分のようなときめきを年下の部下に対して抱いている。
気がつけば、君好みの男に作り替えられている。干渉される事を僕は楽しんでいる。
注文の多い君は、次は何を僕に与えてくれるのだろう。
「僕は、熟した果実を丁寧に味わうのが好きなんです。」
隠れ家のような新橋のバーで、芳醇な香りのウイスキーを味わいながら。僕は子供の頃に読んだ絵本を思い出していた。
初出 2018.03.10 Twitter。