第7話 王女のお披露目
王国の歴史に残る大事件がおきます。
「母さん、それはどういう意味なんだ?」
「いつか、話せなければならない時が来ると思ってはいたのだけれど、なかなか言い出すことができなくてごめんね、ユウ。私達がこの世界に転生したことや、私がこの世界の歴史調査をしていることとも大きく関わってくるわ」
「おばさま、あの事件の首謀者がユウのお父様だったということですか?」
「あなたの言うとおりです、セーラ姫。ただ、ユウの父親だった人間という言い方が正確です」
「おばさん、どういうことですか? ユウの父親だけどユウの父親ではないというような意味でしょうか?」
「シュウくんの言うとおりね。話はトマスが王様に報告に行った後になるわ」
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「エマ、俺はついに、この国の大きな災いを退けるための、ヒントを見つけたぞ!」
トマスは、自室で例の金貨に関する文献の解読中に何かに気づいたらしく、エマとユウが遊んでいる部屋に走ってきた。
「あら、トマス、そんなに興奮してどうしたの?」
「エマ、これをみてくれ?」
トマスは、古文書のあるページのある文を指しながら、エマに語り掛けた。
「これは、金貨を見つけた遺跡で一緒に発見した古文書じゃないの? この部分に何が書かれているかわかったの?」
「そうなんだ、この一節をみてくれ『金貨に選ばれし二人、災いの襲来せし時、再び出会い、共に災いを退けん』と、書いている。つまり、この金貨はこの世界を救う者を選んでくれるということじゃないだろうか?」
「確かに、この文献にはそう書かれているわね。でも、召喚術師はこの世界の人間だけど、勇者は別世界の人なのよね?」
「その通りだ、エマ。この金貨がこの世界にある限り、勇者が別世界から召喚されることができない。そこで、この金貨を別の世界に転移させる必要があるんだ」
エマは、トマスの言葉を頭の中で復唱し理解した。そこで浮かんできた疑問をトマスにぶつけた。
「トマス、確かに金貨をこの世界から転移すれば、転移先の世界から勇者を召喚できるようになるわ。でも、この金貨を別世界に転移することなんてできるの?」
「その点がずっと疑問だったんだけど、先日王様にお会いした時に、この国の成り立ちを聞いたと話しただろう?」
「ええ、召喚術師だった初代の王様と勇者がヴリトラを協力して倒したという話ね」
「その話を聞いた時から、勇者がこの世界からいなくなったことが気にかかっていたんだ」
「どういうこと?」
「もしこの世界のどこかにいたのであれば、その子孫が生き残っているはずだ。もし家系が途絶えていたとしても、何らかの痕跡が残っていていないとおかしくないだろうか?」
エマはトマスの言っていることの妥当性を理解し、納得して頷いた。
「確かにそうね」
「でも、どこにもその痕跡は残っていない。むしろ、世界を救った後に急に姿が消えている。跡形もなくね」
トマスの言葉を聞き、エマははっとした。
「あっ…つまり、勇者は別の世界に転移していったというわけね」
「その通り。でも、王様の家系の召喚術式ではそれはできない。つまり、この世界には王様の召喚術式以外の術式が存在しているということだ」
エマは相槌を打った。
「なるほど、理屈は通っているわね。でも、存在したとしても、どうやって見つけるの? もしかしたら、誰にも伝承されてないし、痕跡すら残っていないかもしれないじゃない」
「実は、金貨と古文書と一緒に発見された皿があっただろ? 覚えているかい?」
エマは、最初何のことを言っていることがわからなかったが、何とか思い出した。
「……ええ、あの黒くて不気味な模様が描かれた皿の事ね」
「そう、あの皿の模様について調べていたら面白いことがわかったんだ」
「面白いこと?」
エマは、首を傾げた。
「以前、古の戦場について調べたことがあっただろう?」
「ええ、王都の近くの港から見える、孤島にあると言われている遺跡の事ね」
「そこへ発掘に行ったことのある人から、その島にあの黒皿に似た模様が書かれた場所があると聞いたんだ。だから、その場所を調べに行けば、何か手掛かりが掴めるのではないかと考えている」
エマは、やっとトマスが興奮している理由がわかった。
「なるほど、そういう事ね。ただ、あの場所は不吉な場所で、呪いの類が蔓延していると聞いたけど、大丈夫かしら?」
「ああ、黒皿の模様の解読のヒントを掴みに行くだけだから、長居をする気はないから大丈夫。明日、王様に許可をいただいて、明後日にでも発掘をしに行く予定だよ」
「そうね。もう、今日は遅いから、この子を寝かしつけてくれる?」
エマは、そう言うとトマスにユウを渡した。ユウは、父親に抱かれると、安心したのかウトウトしだした。
「この子のためにも、この国の未来を救わないとな。父さんは、頑張るから見ててくれよ」
「トマス、ユウのためにも…私のためにも無茶はしないでね」
「もちろん、愛する俺の家族のために、無理せず戻ってくるつもりさ。じゃあ、ユウを寝かしつけてくるるよ」
それがトマスとユウが一緒に過ごす最後の晩だった。
翌日、朝早くトマスは王宮に行き、王様に孤島の調査の件を話すと、その日の夕方から調査を行っても良いことになった。
トマスと数人の調査団のメンバー、そして、島の事をよく知る老人が一緒に行くことになった。
エマは、ユウの面倒を見なければならないので、今回は同行しないことにしたが、港を出る前に、ユウを連れて見送りに来た。
「トマス、今日はあちらに泊まるのかしら?」
「そうだな、今日は確実にあちらで夜を明かすことになるね。長引いてしまったら、もっとあちらで過ごす可能性もあるかもしれない」
「来週は、この前お生まれになった王女様のお披露目パレードがあるから、それまでには帰ってこれるといいわね」
「そうか、王女様のお姿は拝見したいから、何とかそれまでには終わらせてくるよ」
「アー、アー」
ユウが父親に抱っこを求めているようだ。
「よいしょっと。どうした、ユウ? お前も行きたいか? でも、父さんは仕事だから、お前はエマとお留守番しておくんだぞ」
「ウッ、ウッ……ウワーン!」
「よしよし、泣くなユウ。男の子だろ? またすぐ帰ってくるから」
「ユウったら、本当にトマスの事が好きなのね。ほら、お父さんがお仕事に行けないって困っているから、こちらにいらっしゃい」
そう言って、エマはユウをトマスから受け取った。
「今日は、朝からずっとこんな調子なの」
「何か気に入らないことでもあるのかな?」
「トマスが今晩帰らないから、寂しがって居るのかもしれないわ」
「まだ赤ん坊だけど、そんなことをわかるのかな? さすが俺の子だ。今の時期からその洞察力があれば、良い学者になれそうだ」
「あなたったら、この子を学者にしたいの? 全く、気が早いんだから」
出航の準備が整い、トマスを調査団の仲間が呼びに来た。
「エマ、じゃあそろそろ行ってくる。ものすごい発見をしてくるから楽しみにしていろよ」
「ええ、楽しみにしているわ。ユウも私もあなたの帰りを待っているから、無事に帰ってきてね」
「ああ!じゃあ行ってくる!」
それが、トマスの最後の姿だった。
結局、トマスは一週間経っても帰って来ずに、パレードの当日になった。
「ユウ、お父さんはまだお仕事で帰って来れないみたいだから、二人でパレードを見に行きましょうね」
エマは家にあったローゼリア国の国旗の手旗をユウに持たせ、ユウを抱きかかえてパレードが行われる大通りに向かった。
家を出ると、青空が広がってはいたが、遠くの方で黒くて分厚い雲の塊があるのが見えた。
「せっかくだからパレードが終わるまでは、天気がもってくれないかしら。あちらは孤島がある方角だけど、トマスは大丈夫かしらね、ユウ」
「キャッ、キャッ!」
エマの心配はよそに、ユウはご機嫌である。母親と外出できるのが楽しみなのだろう。
大通りに近づくにつれて人が増えていった。石畳の長い道のりの両端には、色々な店が立ち並ぶ。港から王宮まで続くこの道は、普段は王国一の賑わいを見せる繁華街である。港経由で、輸入されたばかりの外国の品々や、国中の名産品が立ち並ぶ大きな市場である。さらに、カフェやバーといった飲食店や、服飾品、武器、宝石、骨董品、美術品等の店、ありとあらゆるものが手に入る、巨大な市場である。
しかし、今日は全ての店は休業し、この国の未来を担う王女の誕生を祝福するために、皆、王様たちが王宮から現れるのを待っている。
「さあ、ユウ、着きましたよ。王女様が見られるといいわね」
ユウを抱いたエマは、皆が今か今かと王女たちの姿を見るために、大通りの道の両脇に集まった群衆の中にいる。王様たちのパレード一行が通る道の両端には、世界最強と言われるローゼリア王国軍の兵隊たちが、立ち並んでいる。その姿は自信と誇りに満ち満ちている。彼らもまた、国と国民を守ってくれるローゼリアの誇りである。
「兵隊さんたち、かっこいいわね、ユウ。あなたは大きくなったら学者さんになるのかしら、それとも、兵隊さんになるのかしら、お母さんは今からとても楽しみね」
すると、王宮の方から歓声が上がる。パレードが始まるのだろう。
王宮の門が空き、王立音楽団が行進をしながら姿を現した。今日のために作られた勇壮なマーチが流れ、沿道の民衆は、皆歓喜の声を上げた。その後、次々とこの国を代表する音楽家、芸術家、演劇家による賑やかな行進が行われた。皆、その演出に陶酔し、見入っている。
「ユウ、すごいね。ほらあの道化さん、ユウに手を振っているわよ。本当に、トマスが一緒に見ることができないのが残念だわ」
一通りこの国の著名な人々が王宮から行進していき、一番最初に出てきた音楽団が港の近くまで着こうかという時に、この国の軍隊の中でも、精鋭中の精鋭である王直属部隊が現われた。彼らの登場は、一際の歓声を集めた。なぜなら、彼らは何度もこの国を救ったことのある英雄だからだ。ローゼリア王国は、その広大な領土により、度々国境付近で他国から攻め入られることが多い。しかし、彼ら精鋭部隊は、いつもそのような王国の平和を乱すような隣国から、この国を守ってくれる。どんな劣勢であっても、覆して王国に勝利をもたらしてくれる、王国の英雄達なのだ。
「ユウ、あれが、この国の英雄。王直属部隊『ローゼリア・ガーディアンズ』よ。本当に勇ましいわね」
最後に、二匹の白く美しいペガサスが馬車を引いて出てきた。その馬車は、煌びやかであるが上品に宝飾品が施され、左右の乗降口の扉は王国の国旗と同じデザインがされている。普段は屋根のため姿は見えないのだが、今日は特別仕様で、屋根が取り外されており、王様、王妃、そして、王女の姿が見える。王妃が王女を抱き、王様が民衆に向かって手を振りながら、ありがとうと言っている。
エマたちの前を王様たちの馬車が過ぎ、民衆の歓声も遠くの方で聞こえるようになってきた。パレードも終盤に差し掛かった。
「さあ、ユウ。王様の演説を聞きに広場に行きましょうね」
エマは、そう言い港の方にユウを抱いて歩いて行った。
パレードの最後は、港の大広場で行われる、王様の演説である。
エマが、港の広場に着くと、高台にある演説棟の上に王、王女を抱いた王妃が立っていた。その高台の周りをローゼリア・ガーディアンズ、さらに、その周りを兵隊が取り囲んでいた。
海に面した高台の前に、先ほどのパレードを見物していた民衆が皆集まってきた。少なくとも数千人はいるだろう。
「そろそろ、始まりそうね。でも雲行きが少し怪しそうだけど大丈夫かしら?」
エマは、先ほどの黒雲が港の目の前にまで近づいているのを見た。
しかし、その心配とは関係なく、演説は始まった。
「この度は、先日生まれた王女の誕生祝いに国中から駆け付けてくれてありがとう。この子の名前は」
王様がそこまで言うと、王妃様が抱きかかえていた王女を王様に渡した。そして、王様は、民衆の皆に見えるように一歩前に出て、言葉を続けた。
「『セーラ』である」
王様がそういった瞬間、皆が歓声を上げた。セーラ様! セーラ姫! あちらこちらで、そのように声を上げる人々がいた。
「セーラ様だってよ、ユウ。あなたも、セーラ様も。この国で幸せになってほしいわ」
エマは、ユウを見ながらそう言った。ユウは、よくわかっていない様子であったが、セーラの方を見つめていた。
歓声が静まってきたところで、王様は続けた。
「幸い我が治世には、いまだかつて大きな危機はなかった。それは全て、民の皆が互いに助け合い、平和を愛してくれているからである。しかし、最近の調査で、あと10年から20年以内にこの国に大きな災いが降りかかるという予言があると分かった。その予言では、私も王妃も民の大多数も、何らかの病のようなものにかかり、瀕死の状態になるといわれている。ただ、安心してくれ、このセーラがこの国の救世主となり、将来現われる勇者と共に必ず我々を救ってくれると言われている。だから、皆は……」
次の瞬間、先ほどまで港の手前の海に漂っていた黒雲が突然広場を覆った。
さらに、急に雨が降り出し、強風が吹き始め、雷が高台の近くに止めてあった王家の馬車に落ちた。
王家の馬車は落雷により燃え始めた。
「我が主を封印せし、因縁の召喚術師の子孫よ。今こそ我が怒りを知るがよい」
黒雲の上からか、そのような声が聞こえ、この日の集められた贈答品などに次々と雷が落ちていった。
雷が落ちたものは全て燃え盛り、風により四方八方に広がっていく。
「一体何が起こっているの?」
エマは、そう言うとユウを守るために抱きしめた。
急に黒雲の中心から光がさし、その光の道筋に沿って誰かがゆっくりと降りてきて、王様の目の前で宙に浮いたまま、止まった。
「お、お前は? トマスなのか? どうしてこのようなことを……」
「召喚術師の子孫よ、私は闇の召喚術師。トマスというものの身体は、我が魂の器として使ってやっている」
次回もユウの過去編です。