第5話 ファーストキス
第1章の後半のスタートです。
光に包まれたユウとセーラは、ユウの自宅の部屋へと瞬間移動した。
あたたかい……。先ほどまでは全身に引きちぎれそうな痛みが襲っていたが、口から何か温かく、痛みが和らいでくれるものが流れ込んできて、それが全身を巡って俺の傷を癒してくれているようだ。とても心地よく、俺は眠りについてしまった。
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目を開けると、目の前にセーラが座っている。見覚えのある風景だな。
「ユウ、眠ってしまったようね。こちらの世界にお帰りなさい」
「そうか、俺は向こうの世界で眠ってしまったから、こちらの世界に転移してきたのだな」
「その通りだわ。あなたの治療中に、私も急にこちらの世界に転移したからびっくりしているの」
「あちらの世界で、俺たちはどうなっているんだ?」
「今、あなたの部屋に移動して治療中だったの。だから、私たちは二人ともあなたの部屋で寝ていると思うわ」
「そうか、俺を部屋まで連れて行ってくれてありがとう」
「いえ、こちらこそ身を挺して、レイさんの攻撃から私を守ってくれてありがとう」
そう言って、俺たちはしばらく黙っていた。
俺たちの目の前には、二つのミルクセーキがある。さっき、セーラが言っていたように、前回目を覚ましたところで時間が止まっていたようだ。
とりあえず、俺はミルクセーキを一口飲んだ。意外といける。そして、グラスをテーブルに置き、セーラの美しい青色の瞳を見つめながら言った。
「セーラ……。あれは、やっぱりレイだったのだろうか? ずいぶん雰囲気が違っていたし、魔法まで使えるようになっていた」
「ええ、あれはレイさんと考えて間違いなさそうね。魔法が使えるようになっていたのは、あの澱んだ空間を作り出した召喚術師の仕業ね。レイさんを洗脳して、私たちに攻撃を仕掛けてきたみたいだわ」
「やっぱり、レイで間違えないのか。あちらの世界に転生したという確証が得られたのは収穫だったな。ただ、連れ戻すには洗脳を解かなければならないな。まあ、何より敵の目的がはっきりしたな」
「ええ、大きな災いの意味が何となく分かりかけて来たわ。あの召喚術師は、私の世界の人々の生命エネルギーを使って、何かを召喚するみたいね。それについては、この世界で少し調べる必要があるけど、とにかく方針は決まったわ」
「ああ、まずは三種の神器集めをする。それを集めた後で、召喚術師からレイを取り戻し、召喚を止める。こんな流れで間違いないか?」
「それだけではなく、まずは、あなたに戦い方の基礎を身に付けてもらわなければならないわ」
「確かに、今のままでは、レイみたいに魔法を使うような相手が出てきたら、ひとたまりもないな」
セーラもミルクセーキを飲んだ。美味しかったのだろうか、目を少し見開いた。
「このミルクセーキは絶品だわ。さすがに新鮮な卵を使っているだけあるわね」
「こちらの世界の料理も今度食べてみたいな。まあ、せっかくの異世界の冒険だ。セーラのように、俺もこちらの世界について学ばせてもらうよ」
「あなたの世界とはずいぶん違うから、色々と驚くと思うわよ。ところで、あなたに学んでもらわないとならないのは、この世界の戦い方についてね。あなたの世界では科学技術によって、色々な武器や兵器を生み出し、それを使用すると思うのだけれど、この世界では違うわ。物理的な武器みたいなものはないの」
「そうなのか。確かに、さっきのレイは武器らしきものは何も持っていなかったけど、雷?みたいなものを放出していたな」
「その通りよ。あれは魔法だから勇者のあなたには使えない。でも、あなたには勇者しか使えない、とても強力な技があるの。それはーー」
次の瞬間、俺は意識を失った。
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……っ、身体が重い。なんだ?
気づいて目を覚ますと、俺の目の前にセーラの顔がある。しかも、彼女の唇は俺の唇と重なり、俺の上に身体を重ねるようにしてベッドの上にいる。どういう事だ?
すると、セーラも同時に目を覚まし、この状況に気づいた。すぐさま、顔を真っ赤にして唇を外し、俺の身体の上からベッドの下に降りた。
「お……驚かせてしまってごめんなさい。あなたを治療するために、唇を介して私の癒しの術を使うしかなかったの。魔法使いではないから、あなたと直接つながることでしか、回復させることができなかったの……。その……ごめんなさいね」
「い……いや。こちらこそ、治療をしてくれてありがと……う……」
お互い目を合わせることができずに、おどおどしている。
「あの……誰かと……キスをした……ことはあるのかしら?」
「え、いや。……誰とも……ないかな……。セーラこそ……どう……なんだ?……」
「わ……私も…は……じめてなの。ごめんなさいね、本来はレイさんとあなたが…」
「あいつとは、そんな関係じゃないから。気にしなくてもいいんだけど……。こちらこそ、一国の王女さまの大事なファーストキスを奪ってしまったみたいで……申し訳ない」
「いえ、私はーー」
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チャイムの音がした。
そうか、シュウが泊まりに来るという約束をしているのだった。
「セーラ、今日はシュウが俺の家に泊まりに来ることになっているんだ」
「そうだったのね。彼にもレイさんの関連の話を聞いて欲しいから、ちょうど良かったわ」
「今連れてくるから、少し待っててくれ」
「わかったわ、よろしくね」
俺は下の階に降り、モニターでシュウが写っていることを確認して、玄関の扉を開けた。
「ユウ、何度か連絡したんだけど返事がなかったから、直接押しかけてしまったけれど大丈夫だったかな?」
「ちょっと色々あってな。後でゆっくり話すよ。ちょうどセーラもいるんだ、上がってくれ」
「セーラも来ているんだ。それなら話はしやすい。じゃあ、今日は泊まらせてもらうからよろしくね」
外はすっかり暗くなっている。数時間くらいは寝てしまっていたのだろう。
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「なるほど。では、僕たちの幼馴染のレイが、セーラの世界の召喚術師によって無理やり召喚された。その術によって、ユウとセーラ以外はレイの存在を忘れてしまった、ということだね」
「そうね。だいたいその通りだと考えてくれて構わないわ」
「さらに、敵の目的はセーラの世界の破壊。大きな災いと呼ばれるものの召喚。そして、セーラの命といったところだね」
「シュウの言うとおりだ。俺も大体そのように理解している」
俺たちは、出前で頼んだデリバリーのピザを食べながら、今までの出来事を話し合っている。
今回もセーラは、いちいち、ピザについて分析し、感動している。
先程の街を案内した時もそうだったが、好奇心が旺盛のようだ
「セーラ、僕をそちらの世界に召喚するということはできないのかい?」
シュウは突然言い出した。
「……気持ちはとてもうれしいわ。でも……レイさんの件もあるし、これ以上この世界の人を巻き込むわけには……」
「セーラ、僕はレイの事を全く覚えていないんだ。僕はユウの事を幼馴染として、とても大切に思っている。きっと、レイに対してもそうだ。そんな大事な記憶を奪われて、何もしないというのはとてもつらい。」
「シュウ、お前……」
「それだけじゃない、セーラ、君はあちらの世界には仲間がいないのでしょ? 確かに僕は向こうの世界の事は何も知らないし、役に立てないかもしれない。でも、僕の親友であるユウが、君の仲間になっている。その君が仲間を求めているのなら、僕が仲間になるのは当たり前だと思っている」
セーラは、肩を震わせ、その青い瞳いっぱいに涙を浮かべている。
「……シュウ。ありがとう……頼らさせてもらうわ」
そういうと、ピザを食べ終わったばかりの取り皿の上に、ぽろぽろと涙が落ちる。
「シュウ、お前がいてくれると、俺もとても心強い。知力も体力も圧倒的に俺よりも優れているからな」
「親友だから当たり前だよ。そんなに褒めなくても、僕もユウもそんなに大差ないよ。ただ、問題は僕がどうやってセーラの世界に転生するかなんだよ。セーラの世界と僕の間には縁となるものがない」
セーラは涙をぬぐいながら、しばらく考えている。
「……シュウの言うとおりなのよ。私の術式では二つの世界を結ぶものがないと召喚ができないわ。何か良い方法はないかしら?」
「セーラ、敵はあちらの世界にこちらの世界のものを召喚したり、その逆も自由にやっているみたいだけど、似たような技がないのかな」
セーラは、しばらく考え込んでいる。その間に、三人ともピザを全て食べ終えた。
食後のコーヒーを作っていると、急にセーラが立ち上がった。
「あっ!」
「セーラ、僕が召喚できるいい方法が見つかったかい?」
「推測でしかないけれど、ユウが縁となって召喚ができるかもしれないわ!」
「ん、俺が縁? どういうことだ?」
俺は二人に作りたてのコーヒーを持って行った。
「シュウはあなたの幼馴染で、昔からあなたと親しかったのわけよね? だから当然、二人は深い絆で結ばれていると思うの」
「確かに僕たちは、深い絆で結ばれているといえる」
「つまり、ユウがあちらに召喚されている状態では、シュウはユウを介してあちらの世界に縁ができるというわけなの」
そう言うと、セーラはコーヒーを一口すすった。苦かったのか、びっくりしている。
「なるほど、確かに理屈は通るな。つまり、俺をあちらに召喚した状態で、シュウを召喚すれば良いという事か」
「その通りよ。ただユウがいない時にシュウが召喚されることがないし。ユウがこちらに戻る時はシュウも同時に戻ることになるわね」
「それは、僕とユウが、セーラの世界での行動を共にできるという点では、むしろ便利ですらあるね」
セーラはもう一度コーヒーを口に含むが、やっぱり苦手そうにしている。俺は、砂糖とミルクを進めた。
「甘くなった! 本当にこの世界のものは不思議ね。ところで、今の話は推測でしかないから、今夜、実験的にシュウの召喚を実行してみるしかないわね」
「俺は、構わないが、シュウは?」
「僕も、もちろん構わないよ」
「じゃあ、そうと分かれば打ち合わせをしましょうーー」
玄関の方で鍵が開く音がした。母さんが帰ってきた。しまった、セーラの事をそどう説明しよう。
「ユウ、ただいま。あら、シュウ君もいるのね。あと…あなたはもしかして、セーラ姫?」
さすがセーラの術だ。自然に俺の母さんの記憶にも存在しているみたいだ。しかし、姫? 母さんに、そこまで情報を与えているのであろうか。
「おばさん、お久しぶりです。僕は今夜泊まらせてもらうことにしましたが、よろしいでしょうか?」
「シュウ君、狭い家だけど遠慮なく泊まっていいわよ」
セーラは母さんを見て呆然としている。何かあるのか?
「はい、おばさま。私はセーラと申します。なぜ私の名前と王女ということをーー」
言葉の途中で、母さんは真剣なまなざしをセーラに向けて言った。
「セーラ姫。あちらの世界から転生してきたのですね。とても美しくなられましたね。」
第5話 -完-
次回は、ユウの過去が明らかになります。