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人形姫~今日は何の日短編集・3月9日~

作者: 白兎 扇一


今日は何の日短編集

→今日は何の日か調べて、短編小説を書く白兎扇一の企画。同人絵・同人小説大歓迎。



3月9日 バービー誕生記念日


1959(昭和34)年3月9日にニューヨークで開催された「国際おもちゃフェア」で、マテル社がバービー人形を初めて発表したことを受け、3月9日は「バービーの誕生日」になっています。


https://netlab.click/todayis/0309


(思いつかなかったんでテーマを「人形」にしました)

元始、女性は実に太陽であった。真正の人であった。今、女性は月である。他に依って生き、他の光によって輝く、病人のような蒼白い顔の月である。

─平塚らいてう/19世紀・20世紀の日本の女性解放運動の先駆者


人を立ち入らせないような森を超え、切り立った崖の上に立った白いレンガ造りの城の中で新しい王女は産声を上げた。やきもきして居ても立っても居られなかった王は王妃の部屋に入り、彼女を抱きかかえた。玉のようなその小さな子は、耳を裂かれるような大声を上げて泣いていた。

王は王妃の名前を呼ぶ。王妃は目を閉じたままだ。王は細い肩を揺らす。王妃の緑の瞳は見えることがない。近くにいた医者に脈を調べさせる。医者は、首を横に振った。

王は、この時初めて赤子の泣き声が耳に入らなくなった。

当然のことだった。

今まで自分を支えてきた、聡明で素晴らしい女性。

それがたった今、命を絶ったのだ。

召使いが何度も王を呼ぶ。その声に王はようやく正気を取り戻し、腕に抱えた赤子の顔に視線を落とす。赤子は小さな腕と足をあっちこっちに動かしながら、力の限り声を振り絞っている。

「お前をお母さんに負けない一流のプリンセスにするからな」

王は王女に口づけをした。王女はさらに激しく泣いていた。


そこから、この王の異常な教育が始まった。フランと名付けられた将来有望な王女は、ドレスの着こなし・刺繍・言葉遣いはおろか、食べ物にまでその規制をかけられた。貴族の男の子が遊びにきている時は必ずマカロンを食べさせられ、夕食のステーキも彼らより小さい物に変えられた。

この王が口すっぱく注意したのは、剣の扱いだった。城の廊下に置いてある剣と鎧に彼女が触れた、それで遊んでいると知ると、王は彼女を牢屋に閉じ込めた。王女は「もう二度とこんなことをしない」と言うまで、である。王女がその一言を言うと、王は彼女をあたたかく抱きしめるのであった。

こんなに厳しく罰せられるにもかかわらず、王女は剣が好きだった。鞘を抜いた時の輝き、振った時の音、空気の切れる感覚……全てが彼女を捉えて止まなかった。彼女は城のナイトを連れ出しては、内緒で手合わせをした。ナイトもナイトで気が良い連中だったから、みんな手伝ってくれた。彼女がこの城の中で一番強くなっていたことを、王以外誰もが知るようになっていた。


そんな風にして育ってきたフランは15歳の誕生日を迎えた。金色のシャンパン、紫色のワインが入った透明なグラスがあちこちで掲げられた。フランはこの日にも羽目を外せなかった。

夜を写し出すガラス窓に、何か黒いものが写った。黒いものは窓を叩き割って、入ってきた。黒いローブを被って、紫色の髪をした大きな化け物は天井を浮遊した。

「我が名は魔女ヴェギュイオン!王女の命を奪いにきた!」

魔女は大きな爪で彼女を指すと、黒い光が王女の胸を貫いた。王や召使、周りの貴族は王女に近づく。魔女は笑い、姿を消した。王女は、あの日の王妃のように動くことはない。命を絶たれたのだ。王は再びの涙を流した。

王国中が悲しみに包まれた。棺で運ばれていく自分の娘を見るのに王は耐えられなくなり、友人の人形職人の元へ走り出した。王は、彼女の等身大の人形を職人に頼んだ。

それからすぐに人形は届いた。どこから見ても彼女そっくりの人形だった。王は人形を部屋に連れ、彼女が生きているかのように振る舞った。召使いがバカにしようと、貴族が貶そうと。

その甲斐があってだろうか。ある夜、その世界を移動していたフランの魂は人形の中にすっぽりと入って、生前と同じように動けるようになってしまった。フランは周りを見渡した。眠っている自分の父親の隣には、何よりも大切にしている剣が置かれていた。

(この剣があれば、ヴェギュイオンを倒せるかもしれない)

フランは剣を持った。慣れない重さを背中で抱えるようにして、城から抜け出した。

とは言っても、彼女は魔女の行方が分からなかった。とりあえず、情報集めも兼ねて城下町を歩くことにした。街の広場、噴水の前で小さな箱から光が出ていた。フランは近づく。小さな箱の中にはこの街にそっくりなミニチュアと─親指ほどの人形達が動いていた。一際大きいフランに彼らは戸惑い、動きを止めた。しかし、人形であることがわかると、彼らは自分たちのことを話し出した。もっぱら自分達は夜の間だけ動けることとフランもその例外でないこと、であったが。

雲もないのに、突然フランの頭に影がさした。闇夜に黒いローブが浮いている。ヴェギュイオンだった。フランは剣を取り出し、ヴェギュイオンのローブに斬りかかった。ヴェギュイオンは攻撃をかわして、あの黒い閃光を放つ。フランは側転して避け、再び斬りつける。今度は攻撃が当たった。

こういうことを幾度か繰り返した。フランですら魔女は強敵だった。なにせ大きさが違う。しかし、人形の国の人々も微力ながらも戦闘に協力してくれたおかげで、魔女は地に落ちた。

フランは魔女に剣を突きつける。魔女は強い光を放った。一瞬目を瞑ったものの、フランは目を開ける。そこには、緑の目をした優しい女性がいた。

「やっと会えたわね。フラン」

女性はフランに抱きつく。フランは振り払おうともしなかった。何故だか、その女性の正体がわかった。母親だった。

「天国からずっと見てたの。お父様から厳しい教育を受けていたことも、お姫様であることを強制されていることも。私はなんとか止めたいと思った。だけど、その想いが強過ぎて魔女になったみたいね。ごめんなさいね─」

王妃はフランの肩に涙を垂らす。フランは首を横に振った。王妃は彼女から離れ、手を高く上に上げる。光がフランに降り注いだ。

フランは肌を見る。オークの木の腕は、暖かい人間の皮膚の腕に変わっていた。

「最後に持っている力で、フランを人間に戻したの。でも、もう私は居られないみたい」

王妃の体は優しい光に包まれていた。パズルのピースが欠けていくみたいに、肩のあたりからバラバラになっていっている。

「じゃあね。自由に、生きるのよ─」

王妃は目一杯の力で、フランを抱こうとした。フランも母親の胸にもう一度飛び込もうとした。しかし、その感触はすでになかった。天に眩しい光が一直線に上がっていくのだけが見えた。

フランは涙を流した。父親に厳しい教育をされても一度も見せなかった涙が、溢れた。


城に戻ったフランは三年後、引退した王に成り代わり女王となった。この新女王の玉座のそばには必ず、剣が置かれていたとかいなかったとか。

ご閲覧ありがとうございました。

イプセンの『人形の国』とはまた違う感じの人形とフェミニズムについてのお話にしました。実は昔から考えていたお話なのですが、あまり温めていてもしょうがないので世に出しました。

王女の名前、フランは哲学者デカルトが命を落とした娘の代わりとして作ったフランシーヌ人形からとりました。デカルトさん、教科書のはアレだけど若い時顔が良かったからなぁ。フランシーヌちゃん成長してたらきっと美人になってたと思……ゲフンゲフン。

さて、本当にありがとうございました。

また、明日。

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