エクストリーム葉子
「困る。だからさっさと卒業して正社員になって欲しいな。」
葉子の時が止まった。どうせいつものように、冷たいつれない返事をされるんだろうと思っていたら。予想外の本音。
文句を言おうと構えていた葉子は動きが止まってしまった。
「え、えーーっと、それは、その……愛しいハニー的な意味で……ですか?」
「そんなわけあるか。正社員になって欲しいと言っただろう。」
「もぉー! 荷物持ち的な意味じゃないですか! 所詮は体目当てなんですね! せんせぇのばかぁ!」
「いや違う。正社員になったら荷物持ちだけでは困る。営業から除霊から全部やってもらうぞ。まあ経理は……また考えるが。」
「じゃ、じゃあ夏休みとか冬休みはどうなんですかぁ!? 私絶対帰ってきますからねぇ!?」
「その時はバイトだろ。きりきり働いてもらうぞ?」
「なんですかそれぇー! 所詮私の体だけが目当てってことじゃないですかぁ! このブラック企業! 搾取! マルクス主義! 鬼! イケメン! 凄腕霊能者!」
当然だが葉子はマルクス主義が何かなど知らない。清もだ。ブラック企業という言葉も百年以上前の出来事なのだから。
「それはそうと腹がへらないか?」
「とっくにぺこぺこですよぉ! 何食べさせてくれるんですか!? せんせぇのアレですかぁ!?」
徹夜で勉強して初日の出を見た後だ。空腹なのも当然だろう。もっとも清は、早く帰って寝たいなどと考えているが。
「正月の食事はおせちと決まっている。もうすぐ届く頃だからな。帰るぞ。」
「ええーー!? もう帰るんですかぁ!? こぉーーんないい景色なのに! もったいないですよぉ!」
「時間切れだ。ヘリコプターってのはいつまでも飛べるもんじゃないからな。」
実際は清がチャーターした時間が短いだけのことである。
「もぉー! で、でも事務所に帰ってせんせぇと二人っきりでおせちですよね!? 昔からお正月にはお屠蘇も付きものって言いますし? お屠蘇って可憐な女子中学生でも飲んでもいいんですよね!? だから私がついつい飲みすぎちゃって酔った勢いか何かでせんせぇに襲いかかっても不可抗力ってやつですよね? ね?」
「いくつか勘違いがあるから教えておこう。お屠蘇はアルコールだ。お子様は飲めない。」
「そ、そんなぁ! 昔はどこのご家庭でも無病息災や酒池肉林の子孫繁栄を願って飲んでたって……」
「第二に、そもそもお屠蘇は頼んでない。飲みたいならお母さんにお願いするんだな。」
「そ、そんなぁ……うちのママって酒は飲んだら飲み尽くせとか訳の分からないこと言ってて変なアレなのに……」
「第三に、そろそろだな。これを背負うんだ。」
「ほぇ? リュック、ですか? まさかお土産? にしては軽いですね。」
「そろそろだな。お母さんには連絡しておいたから。玄関の鍵は開いてるはずだ。あとはじっとしておけばいい。」
「あっ、なるほど! 分かりましたはぁーい! じっと目をつぶって天井のシミを数えてればいいんですよねっ! もぉーせんせぇったら。パイロットさんが見てますよぉ? でも、それも青春の1ページですよね! 私、いつでも覚悟できてますから!」
「おっ、覚悟できてるのか。さすがだな。よし、もうそろそろだ。目はつぶってても開けててもどっちでもいいぞ。まあ外は寒いから閉じてた方がいいかもな。」
「えぇー? せんせぇったらぁ。外なんですかぁ? 私初めてなんですけどぉ? そ、そりゃあ外ならパイロットさんも見てないとは思いますけどぉ? で、でも太陽さんと小鳥さんが見てるじゃないですかぁ? ちょっと恥ずかしいですぅ。」
「なぁに大丈夫だ。人工衛星だって見てるぞ。最新の全自動GPS付き超安全エアバッグ落下傘だからな。おっ、ここだ。じゃあな。また3日後に来るんだぞ?」
「えっ? 3日後っ!? あっ、あぁーーー……」
葉子の声が遠ざかっていく。清がヘリコプターから落としたからだ。落下地点は葉子の自宅の庭である。最新技術により素人でも安全に低高度降下地表着地ができる時代である。
昔は高高度降下低高度傘開ですら一流軍人にしかできなかったものが。
「元の場所に戻ってください。」
「了解いたしました」
パイロットは操縦桿を傾け、出発地点へとヘリコプターを傾けた。




