死を招く街
現在に戻って参りました。
とある月曜日。
昨日もお山へ日帰り往復したためとても疲れている。帰り道だって結構神経を使ったのだ。
それなのに清はまだ暗いうちから師である唐沢 和宏を助手席に乗せて死招県へと向かっていた。
大昔は邪魔口から死招へ行くには酷道とも呼ばれる国道191号線を使うのが常道だった。しかし今では北中国山陰自動車道が整備されており、海沿いなのに山の中をスイスイと移動できるのだ。
ちなみに唐沢は助手席で高鼾である。清の稼ぎならばヘリコプターをチャーターぐらいできるのだが、唐沢が嫌がったのだから仕方ない。
そして午前8時半。二人は死招県死津喪市へと到着した。
「師匠、着きましたよ。」
「おお、着いたか。運転ご苦労。」
「だったら帰りは運転してくださいよ。」
「やなこった。昼飯奢ってやるからお前がやれ。」
昼は弁当が出ることになっているので奢りもないもんだ。
さて、この二人。一体ここまで何をしに来たのだろうか? 高速を使ったとしてもそれなりの長旅なのだが。
「やあお二人とも、遠いところをようこそお越しくださいました。さあさあこちらですよ。」
「おはようございます。今日はお世話になります。」
「久しぶりだね。君も元気そうで何よりだ。」
宮司の格好をしたこの男、名を火村 道一と言う。職業は見たまんま宮司だ。本日ここ死津喪大神宮において全国のあらゆる祓い屋、霊能者、陰陽師などの会合が開かれるのだ。年に1度の会合なので出席しないという選択はない。邪魔口県には清達以外にも祓い屋は存在するが、モグリだったり無能力だったり魑魅魍魎とコネがなかったりとお呼びがかからないレベルなのだ。
その数ざっと百二十名。これだけの集まりを取り仕切るのは……
「皆の者、本日は第253回、全国陰陽連合会総会へよう参った。長い挨拶は無用、サクサク行こうではないか。では北から順番に報告をしてくれなんせ。」
東の魔女こと、葛葉 玉子である。見た目は30代前半だが、連合の会長に就任した50年以上前から容姿が変わっていない。真っ当な戸籍を持つ、れっきとした人間のはずなのに。
持ち時間は各5分程度。この1年に起こった事件やその対処を報告していくのだ。そして約2時間後、ようやく清達の出番となった。唐沢はいつの間にやら袈裟に着替えている。清はスーツである。
「えー邪魔口ですが、皆さんもご存知の通りバブル真っ最中です。スリルとビッグマネーが渦巻いております。それだけに事件が絶えません。私達を通さず、挨拶もせず魑魅魍魎の領域を開発しようとして失敗。その尻拭いに奔走。そんな1年でした。ここにいらっしゃる面々には関係ないことですが、縄張り荒らしなども目立ちます。お隣の死招、酷島、福犯におかれましてもお気をつけください。阿倍野 清でございました。」
「それから補足をしておく。こいつは縄張り荒らしと言ったが、我々は他所者を排斥していない。だからきちんとルールを守り挨拶をしてきた者に関しては協力もするし便宜も図っている。それはここにいるお歴々なら知っている通りだ。お互いこんな商売をしているんだ、敵対してもいいことなどない。今年も無事に過ごして来年また見えたいものだ。唐沢でした。」
師匠はこんなヤツだからいつまで経っても貧乏なんだよ! と言いたそうな顔で清はため息を吐く。バブルは来ている。しかし唐沢は交渉、仲介と言った仕事を受けない。あくまで困っている人々のために滅私奉公をするのみなのだ。それこそが聖職者の役目、力を持った者の義務と言わんばかりに。同業者の中にはこんな唐沢に心酔して進んで協力する者もいれば、コネを利用して妖怪達とのパイプを作ろうとする者もいる。それが清には歯痒かった。
檀家の少ない貧乏寺を維持するだけの金もロクにないくせに、貧しい人からはすずめの涙程度のお布施しか貰っていない。悪質なダンピングとも言えるが、唐沢に面と向かってそんなことを言える者などいない。
やがて全員の報告が終われば次は昼食だ。豪華な弁当が配られ、みんな思い思いの場所で食べ始める。当然清達の周りには同業者が集まって来る。今の清からは金の匂いがプンプンするし、邪魔口利権にありつくためには唐沢への挨拶が不可欠だからだ。しかし唐沢は……
「あー、そっち系の話はうちの弟子にしてくんな。俺はノータッチだからよ。」
唐沢が相手にするのは困っている者、または修行者や弟子入り希望者なのだ。不動産関係のことは全て清に丸投げである。だからいつまでたっても貧乏なのだが。
「土御門さんは符術がお得意ですよね。賀茂さんとこは呪術専門でしたっけ? 六道さんは鬼使いですよね。みなさん強力な武器をお持ちで羨ましいですよ。」
「いやいや阿倍野さんだって和尚直伝の霊力使いじゃないですか。私らみたいな色物と違って基本に忠実な業って万能でいいですよね。」
訳:テメーみたいな田舎者はコツコツ霊力を鍛えておけばいいんだよ。他に何もできない無能が調子に乗るなよ。
「そこいくと私らの呪術なんて返されちゃったらアウトですからね。妖怪とタイマンはれる阿倍野さんが羨ましいですよ。」
訳:うちの呪術が跳ね返されるわけねーだろ? お前らみたいな脳筋と一緒にするんじゃねぇよ?
「いくら鬼使いと言っても契約が切れたらそれまでですからね。私も自力で戦えるようになりたいものですよ。」
訳:まあ後300年は切れないけどな。いやー先祖が強いって最高だわ。農民は大変だよな、プププ。
そんな会話をしながらも、みんな邪魔口へ支店や出張所を作りたくて仕方ないようだった。もちろん清にそんな権限はないし、止めることはできない。清にできるのは協力をしないことだけなのだ。唐沢は協力すると言っているのに。
清が唐沢から紹介された邪魔口各地のボス達とのパイプ。それこそが清の武器なのだ。県内のどこだろうと事務所を開くのは自由だが、そのパイプを紹介する気は毛頭ない清だった。
そんな時、唐沢に近づいて来る者がいた。
「和坊、相変わらずじゃの。」
「先生こそ本当にお変わりなく。いや、ますますお綺麗になられているようですね。」
葛葉会長だ。唐沢は先生と呼んでいるらしい。どう見ても唐沢の方が年上だ。なにせ50歳過ぎの坊主なのだから。
「口は上手くなったようじゃが経営はさっぱりのようじゃな。弟子が困っておるぞ?」
「困らせておけばいいんですよ。金が好きならそれだけ苦労する必要があるってもんです。」
「厳しいようで甘い男よのぉ。自分の食い扶持まで弟子にくれてやるとはの。」
「いいんですよ。俺には必要ないもんですから。あいつなら上手く使うでしょ。」
各地の猛者を相手に苦労している清を横目に談笑する二人だった。
この話をもう1話やったら葉子が登場します。
女子中学生の出番を待ち望む病んだ方々、今しばらくお待ちくだされ。




