元旦の二人
「せんせぇ! この魚は何ですか!?」
「春子だな。鯛の幼魚だね。これはこれで旨いよな。」
「ふえぇ……本当に美味しいですね!」
「あ、じゃあこっちのフグってどこのなんですかねぇ?」
「たぶんヒコットランドじゃないか? あそこにはいいフグが集まるからな。」
すでにフグ尽くしはほぼなくなり、舟盛りも残り半分といったところだ。それでも葉子の食欲は止まらないらしい。
「ふいぃーー! お腹いっぱいです! 最高です! でも夜はこれからですよね!? ねっ?」
「そうだな。ガンガンやろうか。」
「そうですそうです! ガンガンのギンギンで奥までグングンお願いします!」
「じゃあ机に戻って。65ページから行こうか。」
「せんせぇのバカぁああああーーーーー!」
結果がこうなることぐらい……いい加減分かりそうなものだが……
葉子に付き合う清もきっと大変だろう。
「起きろ。行くぞ。」
「はいぃ!? い、イキますぅ!」
机に突っ伏して眠る葉子を揺り起こす清。偉そうに起こしているが、自分だってついさっき自らのイビキで目を覚ましたばかりだったりする。
「おはよう。いい目覚めだな。もう出発してもいいが、せめて顔ぐらい洗ってきたらどうだ?」
「あれ? スズメの声が聞こえない……朝チュンは……?」
「ん? 何のことかよく分からないが、初日の出を見に行くから絶対起こせと言っていただろう? 起こしたぞ。文句あるか?」
「絶対犯せって言った気がするんですけど……」
「あ? 置いて行くぞ?」
寝ぼけ眼でも頭はいつも通りの葉子だった。
「違います違います! 何でもないです! すぐ支度しますから! あ、したくなったら言ってくださいね?」
「先に行くぞ……走って追いかけてこいよ……」
元旦、それもまだ日の出の数十分前なのだが、葉子は葉子のようだ。
「いやぁーーせんせぇ待ってくださいよぉーー! 先にイカないでくださいよぉーー!」
「……40秒で支度しろよ……」
「あー! それ知ってます! 教科書で読みました! さすがせんせぇ! 古典にも詳しいんですね!」
「いいから早くしろ。」
「はぁーい!」
ばたばたと洗面所に駆け込む葉子。頬にべっこりとリングノートの跡が付いていることに気付くまでもう数秒だろう。
葉子が悲鳴をあげてから3分後、2人は車で移動していた。目的地は……
「せんせぇ、今ってどこに向かってるんですかぁ?」
「……自分で言ってて覚えてないのか?」
「あれ? 何か言いましたっけ!? 69ページを英語で言うと何とかって……」
「初日の出が見たいから海上アルプスに行きたいって言ってたんだがな……」
この地方には海の上のアルプスと呼ばれるほどに風光明媚な海岸線がある。海と山が入り混じっており、まさに海上アルプスとしか言えないほどだ。
「あああーー! 言いました言いました! この問題正解したらせんせぇと一緒に初日の出が見たいから深海島に行きたいって!」
深海島……別名サファイア島。清が事務所を構える渡海市から北に8kmの位置に存在する離島である。海上アルプスはその島の北岸に位置するのだ。しかし、その景観の良さゆえ数十年前から本土と連絡橋が通じてはいるものの、イベントの時期は渋滞が不可避となっている。
「思い出したならいい。まったく……せっかくいい気分で寝てたのに。今年は受験だが終わったらきっちり働いて返してもらうからな。」
「はいっ! 体で返します! むしろ受験が終わる前でも! むしろ今すぐでも! 体で払いますからせんせぇ受け取ってくださいよぉ!」
「貧乳はちょっと……」
「ぐぉがぁーーーーん! せんせぇのばかばかばかぁーー! 私これでも学年で一番人気なんですけどぉ! 花も恥じらいまくる乙女なんですけどぉ! 花の色はうつりにけりな! って言うじゃないですかぁーー!」
「それってどういう意味?」
清は知ってて質問をしている。
「えっ? せんせぇ知らないんですかぁ!? もぉー、それなら仕方ないですねぇ。教えてあげますってぇ。えーっとお、花っていうのはぁー誰にも相手にされないと鬱になるんですよぉ? でぇ、だんだんその症状が進んでくると攻撃的になるんですねぇ。でぇ、どう攻撃するかって言うとぉ……蹴りなんですって! 花の色は鬱裏に蹴りな! 鬱の裏には蹴りがあるってことなんですねぇ。」
「つまり君は鬱なのか?」
「えー? せんせぇがつれないから憂鬱ですぅ……」
「ふーん。」
清は気にもしてないようだ。そして、車が停まった。
「あれ? もう着いたんですか? でも海なんか見えませんけど……」
「降りろ。乗り換えるぞ。」
「そ、そんな! おろすだなんて! 私とのことは遊びだったんですか!? し、しかも他の女に乗り換える気ですか!?」
「そのネタもう100回目だぞ……さすがに無理だな。降りないなら帰るが?」
「ぎゅひぃーーぃん! 冗談ですって! つい、ついせんせぇのイケメン顔を見てたらついつい言いたくなるんですぅ!」
葉子の言葉を無視して歩く清、その眼前にあるものは?