二人きりの大晦日 前編
「へいらっしゃーい! ようこそ凶骨牛ラーメンへ。おっ、久しぶりですな阿倍野先生。」
「やあ店長。ちょっと疲れたんで寄らせてもらったよ。狂骨牛ラーメンを2人前と……「唐揚げとチャーハンと餃子をお願いします! ラーメンは大盛りで!」……お願いします……」
「へい喜んでぇー!」
やはり葉子は葉子のようだ。ただし前回とは違って、ここからの帰り道にはコンビニが何軒かあることはチェック済み。今度は前回のような乙女の尊厳を自らぶち壊すことにはならないだろうと目論んでいる。
「へいお待ち! まずは狂骨牛ラーメン二丁ぉ!」
「うわぁ美味しそうですね! いただきまぁす! ずびっ!」
ずるずると音を立てて麺を啜る葉子。
そんな葉子の方をじっと見て、何やら思案している清。
「せんせぇ食べないんですかぁ? そんなに私をじっと見て……はっ! もしかしてついに私の魅力に気付いてくれたんですかそうですねありがとうございます!」
「ああ。どうやらちょっと我慢できそうになくてな……」
「ああっせんせぇ! だめですよこんなところで! いくら私が美味しそうだからって休憩はこの後のお楽しみのはずですけどでもせんせぇがどうしても我慢できないって言うなら私だって覚悟を決めてあんなことこんなことねんごろにゃーごに……え?」
「大将。生中を一つ頼むよ。」
「へい喜んでぇー!」
「ですよねー。やっぱり生が一番……ってせんせぇーーーーーーーー!」
「ん? どうした? ビールは飲ませないぞ?」
「が、我慢できないって……」
「もちろんビールだが? 帰ってから飲もうとも思ったんだがな。あまりにもラーメンがうまそうなんで耐えられなくてな。ああ大将、唐揚げと餃子は二人前で。」
「へい喜んでぇー!」
「ぐぉがぁーーん! せんせぇの嘘つきぃーー! ビールなんかより私に酔ってくださいよぉーー!」
「ぷはぁあーーー! うまいっ! 寒い時に熱いラーメンと合わせる冷えたビール! 最高だぁ!」
もう清は葉子の話など聞いていなかった。
「もぉおおおーー! せんせぇのばかぁ! 酔いちくれ! 聞かん坊! いけめん!」
「へい唐揚げと餃子もお待ちぃ!」
「唐揚げ美味しーーい! サクッとしてじわっときて汁がたっぷりで! めちゃくちゃ美味しいです! ねっ、せんせぇ?」
「ああ。すごく旨い。それもこれも大将の腕がすごいからだな。」
「あざーす! そんな本当のことぉ言われたら照れますぜ先生!」
「生おかわり。」
「へい喜んでぇー!」
「せんせぇもう二杯目ぇ!? あんまり酔うとあの機能が落ちるってママが言ってましたけど大丈夫なんですかぁ? 私ふにゃふにゃでひょろひょろのせんせぇなんて嫌ですよぉ?」
「そんなことより今夜が問題なんだが……本当に家には帰らないつもりか?」
「だってぇーママが明日の夜まで帰ってくるなって言うんですよぉ?」
こっそりとため息をつく清。あの母親は何を考えているのやら。夫婦水いらずで姫はじめを楽しむとか言ってたらしいが、いくら雇用主とはいえ中学三年生の女の子を自分のような若い男のところに一晩も預けるとは。
「仕方ないな。今夜は徹夜で励むとしよう。嫌だと言っても容赦しない。それでもいいな?」
「はいっ! もちろんです! 励みます! 当たり前です! 一晩中! とことん! ガンガンにお願いします!」
「分かった。とりあえず食べてからな。まあゆっくり食べようじゃないか。」
「はい! ありがとうございますせんせぇえへへへ!」
「おっ! 先生ったらお安くないですなぁ! こぉーんなかわい子ちゃんを連れて何する気ですかい?」
「ハードな授業かな?」
「えへっ授業! ぐふふふふっ何の授業ですかぁ? 色々教えてくださいねぇ! えへへへへへへへへへぇぇ!」
葉子はかなりご機嫌らしい。かなりハイになっているらしく目の前の料理を手当たり次第口に詰め込んでいる。
なお、清は三杯目に突入した。
「はふぅー! お腹いっぱいになりました! せんせぇご馳走様でした! おいしかったです!」
「ああ、うまかったな。じゃあ大将。ご馳走様。また来るよ。」
「毎度ありがとうございやす! 良いお年を!」
そして車を走らせる清。自動運転のため運転席を倒してリラックスモードだ。一方葉子は……
「ねぇねぇせんせぇ? どこに向かってるんですかぁ? この前ちらっと見た『ルアージュ』とか『インサムニア』とかですかぁ?」
「いや、本屋かな。ちょっと参考書をな。」
「よ、夜の参考書ですかぁ!? も、もうせんせぇったら! どんだけなんですかぁ! そ、そりゃあ私も興味がないって言えば嘘になりますけどぉ……で、でもせんせぇが必要だと言うならきっと必要なんですよねぇ……分かりました! どんな難しいことでも私やってみせます!」
「ほう。偉いじゃないか。がんばれよ?」
「はいっ! 任せてください! どんと来いです!」
それから車は本当に本屋に立ち寄った。清の事務所からほど近い『春屋書店』だ。
「ちょっと待っててくれ。」
「はぁい! 私待ってまーす!」
うきうきで返事をする葉子。清が買ってくる本が楽しみで仕方ないようだ。
「お待たせ。行こうか。」
「はいっ!」
清は無造作に紙袋を後部座席に置いた。気になって仕方ない葉子。ちらちらと、どうしても視線が向いてしまう。
「ねぇせんせぇ? どんなのを買ったんですかぁ?」
「ああ、ハードで難しいやつだ。わくわくするだろ?」
「はいっ! わくわくです! 楽しみです! 待ちきれません!」
それから清は電話をかけている。何時に何々を持ってきて欲しいといった内容だが葉子はそれどころではない。清と過ごすめくるめく夜に想いを馳せて脳内をピンク色に染めていた。
それはもはや声に漏れ出てしまうほどに。
「えへっ……だめですよ……」
「あはっ……そんなこと……」
「いひひ……もうせんせぇったら……」
声だけでなく表情まで緩み切っており、同級生が見ても誰だか分からないほどかも知れない。
もちろん清はスルーしている。
「あ……蹴ってますよぉ……元気ぃ……うふふ……」
葉子の妄想はどこまで行ってしまったのか。そして車はあの場所に到着した。