葉子の本領発揮
「とりあえずこの扉から……」
葉子は嫌そうな顔をしながらも扉を開けた。中は意外に明るい。
「うーん……特に何もないですねぇ……」
そう言って部屋の中央まで歩いた時だった。上から何かが降ってきたのは。
「うぷっ、ちょっとせんせぇー! 何ですかこれぇ!」
「ちょっとねばっこい水かな。昔懐かしのスライムとも言うそうだが。」
それは薄い蛍光緑といった風情の粘る液体だった。
「うえぇ……気持ち悪ぅい……もぉーせんせぇ分かってたなら教えてくださいよぉ……」
「いや無理。そうやって部屋の中央まで行かないと何が出てくるか分からない仕組みなんだよな。」
「もおぉーー!」
「さあ、ここはハズレだ。次行こう。」
「次はせんせぇが入ってくださいよぉ!」
「疲れてるから無理。次もがんばれ。期待してるぞ。」
「もおぉーー! せんせぇのバカぁー! お疲れイケメーン!」
そうしていくつかの扉を開けた葉子。
「あっ! あれ宝箱じゃないですか!?」
「そのようだ。がんばって開けてくれ。」
「がんばれって! どーせ開けたら罠があるんでしょー! そんなに私の恥ずかしいところが見たいんですかぁもー! ぬるぬるの液体に体を浸してあんなことこんなことさせたいんでしょおー!」
「いいからいいから。これも霊能力者としての修行だと思えばいいさ。」
「もぉー!」
慎重に部屋の中心部に歩み寄り、ゆっくりと宝箱のフタを開ける葉子。鍵はかかってないようだ。
葉子がフタを持ち上げた瞬間、何かが顔に命中した。それは葉子の顔を真っ白に染め、目や鼻、そして口まで覆ってしまった。
「ぶふっ、げっほっほ、何ですかぁこれ!?」
「パイだな。意外とおいしいらしいぞ。」
「あ、本当ですね。クリームが甘いです。あっ、この鍵ですか!? 確かに菱形ですね!」
顔がクリームに覆われて真っ白なのだが葉子は意に介してないようだ。意外に気丈な一面を見せている。
「じゃあ今度こそクリアだな。ようやくラーメンが食べられるぞ。」
「はーい! ラーメンもいいんですけど、これどうしたらいいんですかぁ? どこかで顔を洗いたいんですけどぉ。シャワーだって浴びたいですしぃー?」
「ああ大丈夫。その心配はいらないさ。とりあえずさっきの鍵穴のところまで戻ればいい。」
「えっ! まさかこのラーメン屋さんの隣にシャワー完備の休憩施設があったり!? 二人きりの密室で食後の運動できたり!?」
「いいからいいから。行けば分かるさ。」
「そうですよね! イケば分かりますよね! 早くイキましょうね! あっ、でもせんせぇは早くない方がいいなぁー。ねっ?」
葉子の言葉を途中から聞いてなかった清はだいぶ先に進んでいた。足音がしなかったためなのか、葉子は気付かず喋り続けていたようだ。
「あうっ、もぉーせんせぇ待ってくださいよぉー! 一人でイッちゃだめなんですよ!」
「大昔はどこの会社にもいたっていうセクハラ上司か。」
「急く腹って何ですかぁ? あっ、お腹が空いてるから早く食べたいって意味ですね! 私もです! 顔が白いアレにべたべた付いちゃってますけどせんせぇが気にするなって言うから気にしません! 服だってねばねばのぬるぬるですけど! それがせんせぇの好みならいいんです!」
諦め顔の清は先を歩いている。
「ほら、鍵穴に入れてみな。そしたらたぶん開くから。」
「はいっ! この堅い鍵をぉー、この穴にズッポリと挿れればいいんですね? ほぉらほらせんせぇ見てください! 入りますよぉー! このまま奥まで一気に……!」
「………………」
もはや清は会話をすることすら諦めたらしい。
ややあって、カチリという音がしたかと思うと上から滝のように水が降ってきた。
「ぶふぉっ! ぐほっぐほっ……あふーう……もぉー! こんな仕掛けがあるなら教えててくださいよぉー! パンツの中までびっしょりに……あっ、ち、違います! べ、別にいつもせんせぇのことを考えてるせいでびっしょりって意味じゃなくて! 今の水でパンツの中まで濡れたって意味ですからね! 勘違いしたらだめなんですよ!」
「いいからいいから。先に行こう。そこを出たら終わりだから。」
「ほんとですからね! そ、そりゃあせんせぇのことを考えてたらアレがそうなることも時にはあるとは思いますよ? で、でもさっきのはほんとぉに違うんですから!」
開いた扉の中へ入った葉子。遅れて入った清。
「あれ? せんせぇ……? 服が乾いてるんですけど……パンツまで全部……あっ! ち、違うんです! 別に私がカピカピの干物女って意味じゃないですからね! ちゃんとせんせぇのことを考えたらアレがそうなって、その……」
「乾いただけじゃなくて、汚れ一つもないのは変だと思わないか?」
「いやいや! 私のパンツ汚れてませんし!」
「それは知らない。」
そう言われて自らの体をまさぐる葉子。スカートの中にすら手をつっこむ始末だ。
「あれ? どこも汚れてない……髪だって乱れてないし……これ、何の魔法ですか……?」
「おいおい。この世に魔法なんかあるわけないだろう。」
二人の魔女が使う秘術を除いて……清が内心そう考えたことは葉子には伝わらない。
「じゃ、じゃあ……何かの霊的なアレですか? 西の魔女さん監修って話でしたし……」
「そんなところだ。正解は後ろを見てごらん?」
今入ったばかりの扉を振り返る葉子。
「あれ? 外……が見えてる……?」
「その通り。入口の前に立った時点で幻を見せられるのさ。ご丁寧に二人同時に同じ幻をな。で、あの鍵を見つけたらクリア。晴れて入店できるってわけさ。」
「えっ、あ、じゃ、じゃあ途中に出てきた低級霊なんかは……床に吸い込まれてましたけど……」
「あれは本物。つーかここって霊力が低い人間だと低級霊と同じように霊力を吸い取られちゃうんだよな。逆にある程度霊力がある人間なら回復できるという都合がいい施設なんだよ。で、どうだ? 疲れてるか?」
「あっ! い、言われてみれば! なんだか元気になった気がします! 体の奥が熱いです! これはきっとせんせぇの魅力のせぇですね! 責任とって鎮めてください!」
「ラーメン食べないのか?」
「食べます! 腹が減っては一戦交えられぬって言いますもんね!」
もはや聞くに堪えないと先を行く清を、あわてて追従する葉子だった。




