凶骨牛ラーメンへの道遠し
先に目を覚ましたのは、当然ながら葉子の方だった。
「あーっ! せんせえったらまだ寝てる! ぬふふ! ここは私の熱いベーゼで起こすしかない! せんせぇグッドモーニーング!」
「起きてるぞ。」
そんな葉子の声に目を覚ました清は、さも起きていたかのように装って寝起きのアイアンクローをかます。通常営業である。
「ぐぐっ、ぐぐっともーにぃんぐ……ぐふっ……」
さぞかし頭が痛いだろうに声を発することができる葉子は大したものである。
「着いたか。それじゃあ行こうか。」
「はーい!」
入口のドアを開けると……
「あれ? ラーメン屋じゃなかったんですかぁ?」
「ラーメン屋だな。ただし食べるまでにちょっと時間がかかるけどな。」
目の前に広がるのは昔懐かしい迷路だった。壁にはまがまがしい装飾が施されている。
「じゃあこの迷路をゴールしないとだめなんですかぁ?」
「その通り。しかもここは定期的にルートが変わるから、よほどの常連でもない限り覚えることは不可能だな。さ、のんびり歩こうか。」
「はぁーい! ささ、せんせぇ! お手を!」
疲れているであろう清の手を引く葉子。その行い自体は良いことなのだが、その手に頬ずりしているようでは清の助けにはならない。
いや、そもそも疲れているはずなのに何故わざわざこんな所に? もちろん葉子がそんなことを気にするはずもなかった。
葉子に引かれるままに迷路を歩く清。
途中にはなぜか落とし穴があったり天井からタライが落ちてきたり。
「ここって何なんですかぁ? ただの迷路じゃないんですかぁ!?」
「総合型アトラクションってやつかな。結構人気らしいぞ。」
「えー? その割に誰ともすれ違ってなくないですかぁ? あ、でもでもぉー。こぉーんな密室で誰もいないってことわぁー。ねぇせんせぇ?」
「うちでバイトしてるくせにまだ気付いてないのか? よく周囲の霊力を探ってみな?」
「えー? 霊力ですかぁ? もー……こんな時ぐらい仕事のこと忘れましょーよぉ。でもそんな真面目なせんせぇもステ……あれ? めちゃくちゃ霊力が充満してません? 何ですかこれ? ヤバくないですか!?」
「おっ、分かったか。それでこそうちのバイトだ。いやーここはいい。とても癒されるんだよなぁ。」
なぜか霊力が充満している迷路。それこそが清がここに来た理由だったりする。
「はぁー、そうなんですか。いやいやいや! だめでしょ! こんなに霊力が充満してたら……ほ、ほらほらほらぁ! 言った先からあそこぉ!」
葉子が指差した先に見えたのはいわゆる低級霊。この迷路に充満している霊力に惹かれてやってきたのだろう。
「あーいいからいいから。気にしない気にしない。」
無視する清。そして低級霊は床に吸い込まれるように消えていった。
「ちょっ! 何ですか今の!? 床が霊を食べちゃったんですか!? いいんですか!? この床もヤバいですって!」
「正解。秘密はこの床だな。あ、ちなみにここを作ったのは魔女さんね。」
「はぁー!? 西の魔女さんがですかぁ!? 何のために!?」
「さあ? 頼まれたからじゃないかな?」
「はぁー、そ、そうなんですかぁ……あっ! あそこってもしかしてゴールですかぁ!?」
行手には頑丈そうな扉が見える。
「あれ? せんせぇこれ開きませんよ? 引くのかな?」
しかし葉子が押しても引いても扉は開かない。
「あっ、さては横にスライド……するわけでもないんですか……じゃあ上!」
当然重そうな扉が持ち上がることもなかった。それをニヤニヤしながら見つめる清。
「んもー! せんせぇ知ってるんでしょおー! 教えてくださいよぉ!」
「じゃあヒント。その扉をよく見てみな?」
「よく見ろったって……あ! 穴が空あいてる!」
葉子が見つけた穴は縦長の菱形だった。
「ここに何かを入れるんですか!? 例えば太くて逞しい何かを!?」
「いや、菱形だろ……」
「硬くて黒い菱形ですね! で……それってどこに?」
そう言って清の下半身に視線をやる葉子。それがいつもの彼女なのだろう。
「途中で何か見落としてないか思い出してみな? 記憶力はいい方だろ?」
「えー……見落とすって……通路の左右にいくつかキモい扉があったことぐらいしか……あ、それですか!? キモかったからスルーしたんですけどぉ!」
「そういうこと。じゃあ戻ろうか。」
「はっ! つまりあの扉の中に入れば! 私とせんせぇは密室に二人っきり! 誰も見てない空間! 私の色香にせんせぇはもう我慢できずに!」
「ここで待ってるから一人で行ってこいよ……」
「うわぁーん嘘です嘘です! 一緒に行きましょうよぉー! はっ! そ、そうです! 一緒にイクんですよぉ!」
「やれやれ……」
こうして二人は来た道を引き返すのだった。