清、危機一髪
鬼気迫る形相で祝詞を唱える清。これまで幾度となく唱えてきたはずの祝詞。それがなぜこのような状態になっているのか?
まだ始めてから10分ほどしか経っていない。当然ながら唐沢はまだ、来ない。
清の額からは汗が吹き出る。真冬、それも野外であるにもかかわらず、だ。声はかすれ、じわじわと小さくなっていく。だが、清は祝詞を止めない。霊力を振り絞りながら、全身全霊で唱え続けている。
そんな清に背後から近寄る影、髪の長い女だ。先程の男が落とした青龍刀を拾い、大きく振り上げて、清に斬りかかった。
『急急如律令』
だが、間一髪で清の周囲に結界が構築され……
「何者!?」
「それはこっちのセリフだぜ? うちのかわいい弟子に何しやがんだ? お前もそこに寝転がってる大陸モンの仲間みたいだな。ああ、吐かなくていいぞ。後でじっくりお前の魂に教えてもらうからよ?」
「き、貴様は!」
「欲にかられて日本に来たのが間違いだったな? お前もう逃げられないぜ?」
「なっ、何を!」
「とりあえず寝てな。」『雷撃符』
「ひぎぃぃぃっ! あぁぁぁ……」
そして唐沢は清のもとへと走る。
「おう、待たせたな。後は任せておけや。」
「師匠……遅いですよ……後、頼みます……」
そう言って清は気を失った。
「やれやれ。年に一度の大祓いの儀をめちゃくちゃにしてくれたなぁ。これじゃあ大呪いの儀だぜ……こいつがいなかったら邪魔口から神の祝福が消えてたかも知れん……やってくれるぜ……」
そう言ってぶつくさ言いながらも唐沢は祝詞を唱えるのだった。とてもよく似た師弟である。
唐沢の祝詞が耳に心地よく響いたためか、いつの間にか意識を取り戻したのは葉子だった。
「あれ? せんせぇ? あっ、大先生!」
どうやら葉子は唐沢のことを大先生と呼んでいるらしい。
「あ、お邪魔ですね……黙ってます。ああっ、せんせぇ!」
唐沢の側で倒れている清を見つけた葉子。一目散に近付き頭を抱え上げた。
「せんせぇ! しっかりしてください!」
揺り起こそうとする葉子だったが清が目覚める気配はない。唐沢は唐沢で祝詞に集中している。
「こ、これは神が与えたもーたチャンス! 今こそせんせぇの無防備な唇に! うーんむぅ……」
唇を尖らせて清に迫る葉子。
「混蛋……」
「えっ、えっ!? 何? ふんだん!? なよなよしてキモい男のくせに私とせんせぇのひと時を邪魔するなんて!」
目を覚ましかけているのは先程の男だった。何やら無意識に口から言葉を吐いたために葉子に気取られてしまったらしい。
「うわっ! しかも縛られてるし! きっも! そんな趣味なの!? うっわ引くわー。さいてー……」
清によって縄をかけられている大陸の色男は、葉子に誤解されてたようだ。
「殺アァーー!」
「は? しゃあ? 私そんな数百年も前の機動戦士のことなんか知らないんだけど! いい加減キモいから黙っててよ!」
そう言いつつ葉子は手持ちの札を男の額に貼り付けた。
「ふんだぎゃぁぁぁーーーーん!」
葉子にとっては意味の分からない言葉を叫びながら男は気を失った。
「うっわぁ……よく見たら化粧してるぅ……男のくせにきっも……そんなに自分のこと美しいとか思ってんの? うわぁ引くわぁ……」
どこに行っても絶世の美男子と持て囃された大陸の男だったが、葉子の前にその魅力は通用しなかったらしい。
「よし、これでもー! 私とせんせぇの仲を邪魔するものはいない! うへへへ……せんせぇ……そんな無邪気な顔して寝ててもだめですよぉー! うぶなねんねこじゃあるまいしー!」
「……あれ? おかしい……いつもならここで邪魔が入るはずなのに……」
独り言が止まらない葉子ではあるが、誰も葉子を邪魔する者はいない。唐沢は先程からずっと祝詞を唱え続けているし、大陸の男は縛られている上に葉子によって気絶させられたのだから。
そう。つまり誰も葉子を止める者はいない。存分に清を蹂躙することができるのだ。
「右見て左見て……前見て後見て……上見て下見て……よし。やっぱり誰も私を邪魔する者はいない! これは間違いなく神が私に行けと言っているのね! ついに来た! 大人の階段を登る時が! ママ! 先っちょ立つ、いやいや先立つ幸せをありがとう! 葉子、いっきまーす!」
「おい……」
「へ? ひぎゃあああああーー! せんせぇ!? な、なんで!? なんで起きちゃったんですかぁ!?」
「……あれだけ騒がれたら誰でも起きるに決まってる……とりあえず師匠の邪魔だ……静かにしてろ……」
「はーい……もー……せんせぇのバカぁ……」
それでも膝枕だけは死守する葉子だった。清もそれに文句を言うことなく、黙って横になっていた。冬の神社、その庭先の砂利の上なのに寒そうに見えないのは一体なぜなのだろうか。




