遷都にまつわるエトセトラ
天帝とは、二千年の長きに渡り代々日本の国の安寧を祈るだけでなく、その類い稀な霊力を行使して国防の要を担う存在でもある。
具体的には……外国勢力から国土、または国内要人への呪詛を防いだり、地脈の安定化を図り国勢を護持したり、人心の荒廃を和らげるべく儀式を執り行ったりと、その御業は多岐に渡っている。
しかし……
いかに人並み外れた霊力を持つ天帝といえども、その玉体までもが神がかっているはずもなく……いつか限界が来るのは必然だ。
通常であれば自らの限界を悟った天帝は天太子へと譲位をし晴天のうちに世代交代が行われるはずだった。
だが、先代天帝が崩御したのはあまりにも突然だった。享年四十三歳、霊力も充実しており心身ともに健康、いや頑健。陰陽連合会会長、葛葉玉子をして歴代最高と言わしめるほどの存在だった。
それが……
原因不明の急逝……
首都である東狂都の地脈の乱れ……
若き天帝の即位……
その隙を突く外国勢力の侵略……
人間、魑魅魍魎を問わず襲いくる脅威にいかにして対抗すべきか……議会は紛糾していた。
それを打開したのが……
悪名高き宰相、阿部野 清明の独断的な遷都であった。
当初は非難轟々で野党のみならず政財界を問わず反対の嵐であった。だが阿倍野は断行した。古き西の都、邪魔口県への遷都を。
結果を見れば起死回生の妙策であることは間違いない。実際のところ東狂の人口超過密は徐々に緩和され、邪魔口の開発は起爆剤となり国中を好景気で沸かせることに成功したのだから。
それに人口が減ったため活性化し、昔の繁栄を再び得るべく地脈の整備に勤しんでいる東の魑魅魍魎もいる。
しかし……
全てがいい方向に転がるはずもなく、当然ながら悪い影響も多岐に渡った。
発展に付いて行けずに取り残される側の人間はもちろんのこと、魑魅魍魎どもとて同様だった。
ここにもそんな物どもが……
「人間どもが都遷りしたって?」
「そうなんすよ。あいつら馬鹿すぎっすよ。西狂を都にするそうですぜ?」
「カカッ、天帝は何やってんだ?」
「死んだそうですぜ? どうも原因不明だとか」
「カカッ、死にやがったか。どうりで妙な奴がここいらを彷徨いてるわけだぜ。そこの奴、出てこいや!」
「はっ!? 何もの!?」
関東の山奥深く、魑魅魍魎の領域に見慣れぬ化物が姿を見せた。
「いやいやいや、さすがは坂東の魑魅魍魎を束ねておられる大羽天狗様ね。恐れ入ったね。」
「何ものか! 名乗れ!」
「カカッ、大陸もんか。よくここまで来れたもんだ。こんな時だってのに、目敏い奴だぜ。」
「あたしのことは馬化とお呼びくださいね。それで大羽天狗様、うちの頭目より耳寄りな話をお持ちしたね。今がチャンスね。」
「カカッ、聞くだけ聞いてやるよ。お前らが日本を欲しがってんのはよぉく分かってんだからよぉ。」
「これは手厳しいね。あたしの願いはただ一つ、酒天童子さんとこの星愚魔童子さんに顔を繋いで欲しいだけね。もちろんお礼はどっさり用意するね。」
「カカッ、名前の通り馬鹿な奴だぜ。今どき酒天童子なんざ誰もビビらねぇジジイだぜ?」
「繋いでくれるのか、くれないのかハッキリして欲しいね。大羽天狗様に不可能なんかないって聞いてるね。」
「カカッ、この世は不可能だらけだぜ? まあ何を企んでんのか知んねーがよ? 星愚魔の野郎に会いてえってんなら好きにしろや。この鑑札を持ってきゃあの山の結界は通れる。さぁて、そのお礼とやらを積み上げてみな?」
懐から通行手形らしきものを取り出した大羽天狗。
片や地面に風呂敷を広げて何やら呪文を唱えている馬化。
『…… 無諸衰患……』
すると、風呂敷の上に大樽が現れた。鼻がひくひくと反応する大羽天狗。
「どうぞお納めくださいね。白酒『四川 七香曲』ね。」
「カカッ、いいだろう。ただし、その鑑札を返しに来る時も同じものを用意しとけや?」
「もちろんね……」
その言葉を残して馬化は消えた。
「いいんすか? 大陸もんが約束守るとは思えないんすけど?」
「カカッ、構やしねぇさ。あんな鑑札なんざいくらでも作れるしよ。それに約束を破りやがったら次に会った時に滅してやればいいだけのことだ。だろ?」
「そうっすね。それにしても星愚魔なんぞに会って何する気なんですかね?」
「カカッ、そりゃ狂都に拠点でも作りてぇんだろうさ。天帝が死んだってんなら今しかチャンスがねぇからよ?」
「あー、あいつらって酒天さんが尾上山に封じられてるもんだから、あそこから動きませんもんね。あのジジイいつまで寝てる気なんすかね?」
「カカッ、日和ってんじゃねぇか? 天帝怖い、人間怖いってよ。それに狂都にぁヤバぁーい女狐がいるしよ。俺だって近寄りたかぁねぇぜ。」
「そうっすねー。そんなことよりこっちも人間が減った分の餌を何とかせんといけんすもんねー。せっかく人口過密で食い放題だったってのに。」
「カカッ、まったくだぜ。あんな人間どもでも食えば旨い奴もいるからなぁ。」
そう言って大羽天狗はポリポリと何かの骨を噛み砕いた。
遷都直後の関東、その山奥での出来事であった。