鬼村と酒天童子
葉子が帰った夕方。清は電話をかけた。
「もしもし。」
「師匠、明後日の大祓いの儀をキャンセルくらったんですが。横槍入れて来たのはどこのどいつでしょう?」
「あー、お前もか。俺もだ。たぶんそこらの市の役人クラスじゃないな。もっと上だろう。特に政府の役人どもは神や鬼とコネクションのあるお前が煙たくてしょうがないみたいだからな。」
清や唐沢は民間の祓い屋だが公的機関としての祓い屋、いわゆる『超常現象対策専門機構』、通称『超専』は各県に一つずつ存在している。そしてその総本部も遷都に伴い邪魔口県に移転している。つまり、葛葉玉子が会長を務める陰陽連合会と並びつつも、違う意味で日本中の祓い屋のトップとも言える組織である。
遷都前までは公僕として日本中の祓い屋を束ねる中心であったのだが、本部が邪魔口に移転してからというものすっかり勢いがない。公的機関であるために除霊料金は無料であり、怪しげな民間の祓い屋より余程役に立つとの自負もあるのに。
そして今回の『大祓いの儀』は邪魔口県の大きな神社関係者や霊能者、祓い屋が出席し一年の無事を神に感謝し、翌年の安全を祈願する重要な儀式である。清はそこで祓い屋代表として神に捧げものをし、祝詞を唱える予定だったのだが、直前でキャンセルされたというわけだ。明らかに何者かの妨害、横槍が入ったと見るべきだろう。
「超専の本部長あたりでしょうか?」
「そんなところだろうな。まあお前の代わりに誰が代表になったか見れば一発だな。お前はどうしたい? どうせお前のことだからキャンセル料さえ貰えば文句ないんだろうけどよ?」
「ええ、まあ……」
「今回はそれでいいとして、次回どこかでそいつとかち合ったら容赦しない。そんなところだな?」
「ええ、まあ……」
「まったくよー。超専もいい身分だよなぁー? こんな時によぉー!」
こんな時? 清はその先を聞きたくなかった。どうせロクな話ではないのだから。
「元はと言えばお前の情報がきっかけなんだぞ?」
やはり、アレだ。清には当然心当たりがある。知りたくなかった……関わりたくなかったあの出来事……
「鬼村さんがどうかしたんですか?」
「異薔薇城童子を担ぎ上げて鬼族の王『鬼燐王』に即位させやがった……」
もう清の思考は追いつかない。確かに鬼族の王を鬼燐王と呼ぶことぐらい清でも知っている。だが、数百年前の狂都の大乱から歴史の表舞台より姿を消しはしたが、酒天童子が鬼燐王の座を追われたという事実はない。
つまり……日本の魑魅魍魎界を揺るがす大事件が起きていたのだ。
「えーと……それってつまり……?」
「鬼村と異薔薇城は酒天童子に喧嘩売りやがったってことだ。こいつぁ荒れるぜ? なんせ噂じゃ酒天童子は大陸勢力に骨抜きにされてるって話だからよぉ……」
もちろん清はそんな噂すら知らない。ただ呑気に祓い屋稼業に邁進していたいだけなのだから。
「大陸勢力ですか……ついに来たんですね……」
清でも知っていることに日本の地脈事情がある。かつて鬼村は清に言った。狂都の大乱でかの地の地脈はボロボロになったと。その後、邪魔口の地脈を数百年かけて整えてきたと。
魑魅魍魎にとっての大地の恵みとも言える『地脈』
世界中を見渡しても日本の国ほど大地の恵みが満ち満ちている場所はないだろう。それだけに世界中の魑魅魍魎はこの地を虎視眈々と狙っていた。だが、鬼村達の鬼族だけでなく、山陽の女王雲井が率いる蜘蛛族など邪魔口県だけを見ても、この国の魑魅魍魎は精強なのだ。どんなに入り込もうとしても糸口すらなかった。
だが……遷都前、天帝の退位で情勢が変わってしまった。




