年末の二人
連日のハードな除霊が続く清だが、中学校が冬休みに突入したため葉子が事務所に入り浸っていた。
「今日来られても仕事ないぞ……」
清が何をしているかと言えば……
次の仕事の準備である。清のような祓い屋にとって最も重要な仕事と言える。事前の準備の入念さこそが、仕事の成否を左右するのだから。
つまり、そこに葉子の出番はない。いや、むしろ下手に手を出されてしまうと邪魔でしかない。
「別に時給よこせなんて言いませんよー! ちょっとせんせぇの傍でロウソクを使ってあんなことこんなことしたいだけですぅ!」
ガラス越しにロウソクの火を消すだけのことだ。
「一人でするならいい。がんばれ。」
「ひ、一人でする? あぁっ! なんだか不思議な響き! せんせぇに見られながら一人でするんですね!?」
もう清は聞いていなかった。何やら藁縄を手に持ち、ぶつぶつと祝詞を唱えていた。
「せ、せんせぇ!? その縄は!? まさかそれで私を!? 初めてなのにいきなりハードなんですね!? で、でもせんせぇが望むなら……」
「ふー、終わった……あー疲れた……ん? 稽古はどうした?」
ロウソクの火は消えておらず、ただ短くなっていただけ。つまり、葉子がサボっていたことがバレたのだ。
「ち、違います! ちょっと縄に目を奪われてたなんてことはありませんよぉ! ただせんせぇの真剣な横顔の鋭い眼差しの先の手元の指で私のアレをナニするだなんて思ってませんから!」
「そ、そう……まあいい。せっかく火が着いてるんだから消せるまでやるんだな。」
「むしろ火が着いてるのは私のから……」
そんな葉子の戯言を気にも留めず、清は次の準備に入った。今度は何やら小さな玉を手の平に乗せ、何やら集中している。
その時だった。事務所の電話が鳴ったのは。
「はい! 阿部野除霊事務所です!」
電話に出たのは葉子だ。清は集中しており聴こえてないようだ。
『お世話になっております。渡海市役所の役所でございます。阿部野先生はいらっしゃいますでしょうか?』
「大変申し訳ございません。阿部野は現在手が離せませんで。後ほど折り返しお電話をさせます。渡海市役所の役所様でございますね。」
『ありがとうございます。お待ちしております。何卒よろしくお願いいたします。』
中学三年生にしては如才ない対応を見せた葉子。意外なのか、それとも葉子ならば当然なのだろうか。なお、何一つメモは取ってない。
それから清の集中は切れることがなく、葉子もロウソクの火消しに精を出した。
そして一時間後。
「よぉーし……終わった……これで明日の準備はバッチリだ。ん? なんだ、まだ火が消えてないじゃ……いや、三本目か?」
「はい! やりました! 一本二本サンコンです! ご褒美は熱いベーゼでいいですよ!」
「ベーゼって何だよ……」
「私も知りません! ママの本に書いてあったんです! あ、せんせぇに電話がありましたよ! あそこを押してください! あ、ここでもいいですよ!」
そう言って慎ましい胸を張る葉子。目もくれず電話機のボタンを押す清。先程の会話がそのまま再生された。
それから電話をかける清。役所とつながった。
「どうも阿部野です。先程は失礼しました。何事ですか?」
『先生! 大変申し訳ございません! 実は明後日の『大祓いの儀』がですね……キャンセルになってしまいまして……』
「はあ……そうですか……分かりました。すでに準備は終わってますので規定通りのキャンセル料をお支払いいただければそれで結構です。」
『は、はい! それはもう! 大変申し訳ございますでした! では、失礼いたします!』
そして電話が切れた。
「せんせぇ? キャンセルって珍しくないですか?」
「そうでもないさ。横槍が入ることもあるからな。まあいい、明後日はゆっくり休むとするよ。」
「え!? お休みですか! じゃ、じゃあ! 外は寒いですからおうちでしっぽりと!」
「明後日は大晦日だぞ。家にいなくていいのか?」
「むしろママが私を外に出そうとするんですよぉ! 特に正月は何とか始めをするからせんせぇのところに行っとけって! だから明後日は勉強を教えてください!」
「はは……別にいいけど……」
清の休みは潰れてしまいそうだ。