除霊後の二人
先に立ち上がったのは、清だった。
「立てるか?」
「無理です……足なんかがくがくです……まるで初めてアレをした時みたいに……」
「置いて帰るぞ?」
「あぁんもぉー! 嘘ですって! 知ったかぶってごめんなさいぃぃ!」
「まったく……」
そう言って清はおもむろに葉子を抱え起こし、背中に乗せた。
「あっ! せんせぇそんな! 背中が! せんせぇの腕が私の太ももに! だめっ! もっと強く!」
「置いて帰るぞ?」
「だめぇー! 意地でも降りないんだから!」
清に負ぶわれてご満悦の葉子である。手足が動かないはずだったのだが、清の首に回した両腕が力強く清の首を絞めている。
「ぐえっ、暴れると、共倒れになるぞ……俺だって限界なんだからな……」
「だってぇ……せんせぇの背中があったかいんだからぁ……」
季節は冬。葉子がそう思うのも無理はないのだろう。
「ふふー。せーんせぇ?」
「ん? なんだ?」
「呼んでみただけですぅ!」
「そろそろ自分の足で歩くか?」
「絶対嫌ですぅ! このまませんせぇのおうちまで連れてってくださいよぉ!」
「車までな。」
「もぉー! すぐそこじゃないですかぁ! いいもん! 今のうちにせんせぇの匂いを堪能しておきますから!」
すんすんと鼻を鳴らして清の匂いを堪能している葉子。控えめに言っても変態である。これには清もドン引き……するような余裕はなかった。軽口こそ叩いているが、葉子を落とさず車まで辿り着くことに集中していた。
そんな清の状態を知ってか知らずか、葉子はこれ幸いとどんどん呼吸が荒くなっていった。
「着いた……おろすぞ……」
息も絶え絶えな清だ。葉子を負ぶって歩くこと1km足らずだが、かなりキツかったのだろう。
「そんな! おろすだなんて! 私とのことは遊びだったんですか!?」
「ビジネスだっての……ぐえ……」
容赦なく手を離した清だったが、首に回された葉子の手は離れず清の首を再び絞めあげた。そしてその勢いのまま後ろに倒れ込んでしまった。必然的に背中で葉子を押し潰すことになる。
「きゃっ! せんせぇったら! 激しいですぅ! あーんもーせんせぇ! せんせぇ?」
「すまんな……トランクを開けて黒い鞄を出してくれるか……」
立ち上がれない清。やむを得ず横に転がり、葉子の体を解放する。
「もぉー、そのまま一気に来てくれてもいいのにぃー! えーと、黒い鞄は……これですかぁ?」
「ああ……それだ……」
横たわる清に鞄を渡す葉子。鞄を逆さにして中身をぶちまけた清。
「ちょ、せんせぇ!?」
その中から栄養ドリンクのような瓶を掴む清。おぼつかない手つきで蓋を開け、一気に飲んだ。
「ふー、まずい……だが助かった。今日のバイト代はたっぷり色を付けておくぞ。」
「色よりアレを付けて、いやせんせぇなら付けずに……」
「歩いて帰ってもいいんだぞ? たまには健康のためにウォーキングで帰るのもいいんじゃないか? じゃあお先。」
「いやー! 待ってくださいよぉ! 私だってもぉ歩けないんですから! あれをいっぱい出し過ぎたんですもん!」
もちろん葉子が出したのは霊力だ。拙い霊力ながら全力で絞り出し結界を補強したのは大手柄だ。当時の清には到底できなかったことだろう。才能とは時に残酷なものである。
車に乗り込み現場を後にした二人。こんな時でも葉子は元気だった。
「ねぇーせんせぇ? あの時使ったあれって何ですか? 初めて見ましたけど? あの白く輝いた玉。」
「あーあれか。あれは『文珠』と言ってな、まあ切り札だ。」
「へぇー、すごい霊力が詰まってましたもんね。で、なんで切り札なんですか?」
「高いんだよ……1個1億円もするんだよ……」
「はぁあああ!? いっ、いち、1億円ですかぁ!? まじですかぁ!?」
「だから使いたくはなかったけどな。でも死ぬよりはマシだろう?」
「はぁーほぉーへぇー……あれが1億円……それを躊躇うことなく使うせんせぇ……素敵っ!」
なお、清が今回使用した文珠は西の魔女謹製のレプリカである。本物は二十世紀末のとある天才霊能力者によって生み出されて以来、再現できたものはいない。奇跡の神器とも謳われた文珠、その破魔の力だけでも詰め込んだレプリカを生み出した西の魔女の力量は推して知るべしといったところだろうか。




