清、丸投げ大成功
「せんせぇ? 結局鬼村さんは無事だったんですか? 汗がすごいんですけど……」
「ああ……無事だ。だからもう用はない。早く車へ戻るぞ。走れ。」
「えぇー? 走るんですかぁ!? もっとゆっくりしっぽり山奥ならではのイベントに興じてみたりしたいお年頃なんですけど?」
「置いてくぞ?」
「もお! せんせぇのバカ! にぶちん! イケメン!」
無言で走り出す清の後を追いかける葉子。どうすれば清を手籠にできるか……せっかくの山道を活かさない手はない……などと考えながら。
一方、清は恐れていた。鬼村宅から逃げる際に、一瞬だけ聴こえた言葉……『シュテン』に。
清の知識によると、シュテンこと酒天童子は鬼族の王だ。数百年前の狂都の大乱で大暴れし、時の天帝とも刃を交えた魑魅魍魎界の大物である。その時の大乱がきっかけで鬼村達は狂都を離れたのだ。
鬼村達が狂都を離れた理由はシュテンが天帝に負けたから、ではない。天帝を含む身内に負けたからだ。負けたシュテンは尾上山に封印され、鬼村達は今もその封印が弱まるのをじっと待っている……はずだ。
鬼村に向かってシュテンの事など聞けるはずもない清である。世間に流通している程度のことしか知りはしない。先ほど異薔薇城が鬼村に話した内容など予想だにしていないだろう。
「はあ……はあ……ふう……」
「せんせぇ……」
「なんだ……はぁ……はぁ……」
「こんなに……急ぐ必要……あったんですか……」
「ぜぇ……はぁ……あったんだよ……」
車を前にして地面に倒れ込んでいる清。
それなりにバテているが、自分の足で立っている葉子。
清が急いだ理由。それは携帯電話の電波である。どうにか車に乗り込み電話をかける。相手は師匠、唐沢だった。
「もしもし。」
「師匠、報告です。」
「何だ?」
「今、鬼村さんのとこからの帰りなんですが、鬼村さんとこに異薔薇城童子が来てます。そして二人の会話に『シュテン』という言葉がありました。」
「シュテンかよ……他には何か聴いたか?」
「いえ。さっさと逃げましたので。その一言がギリギリ聴こえた程度です。」
「そうか。よく知らせてくれた。この件は俺が預かる。先生にも相談しておくからな。お前は気にするな。」
「はい。よろしくお願いします。」
清の内心はガッツポーズだ。金にもなりそうもない危険な案件から離脱できたのだ。これはもう祝杯をあげるしかない。ご機嫌だった。
師である唐沢が先生と呼ぶ相手は一人しかいない。全国陰陽連合会の会長である葛葉 玉子しか。別名を東の魔女。日本においてアンタッチャブルとされる存在の一角である。
電話を切り、ほっと一息つく清。今日は本当に危なかった。鬼村の危機、そして異薔薇城の誘惑。清とて色の道に自信がないわけではない。色んな種類、様々な階層の女と寝てきたのだから。しかし、それでも異薔薇城の相手をするほどの自信はない。下手、早い、小さい、臭い。どんな些細な理由で食い殺されるか分かったものではないのだから。
「せんせぇ? 結局何があったんですかぁ?」
「ああ、鬼村さんが異薔薇城さんにぼっこぼこにぶん殴られてただけだな。長年放っておいたツケが回ってきたんだろう。」
「へぇー。あのお二人ってそんな関係だったんですかぁ!? あの鬼村さんが、へぇー!」
やはり中学生だけあって葉子はこの手の話に興味津々なようだ。
「ねぇーせんせぇー、それよりもぉー? もうすぐお昼じゃないですかー? 私、ランチに行きたいですぅー! 眺めのいいリッチなホテルでランチなんて! そしてその後は、部屋をとってあるんだってせんせぇが言ってそのまま一気に……ね! せんせぇランチ!」
「リッチなホテル? 君お金持ってるの? ホテルランチは高いよ?」
「え……そんなせんせぇの奢りじゃあ……」
「男女差別をする男をどう思う?」
いきなりの清からの質問。葉子はよく分からないなりに答えてみる。
「え、えっと、男女雇用機会均等法が成立してから100年は経ってますし……女性の社会進出もバッチリですよね……そんな現代で男女差別をするような時代錯誤な男って、ちょっとあり得ないんじゃないかと……」
葉子にしてはまともな返答である。
「だよな。俺もそう思う。100年以上前から男女は平等なんだ。だから俺は奢らない。割り勘で行こうか。ホテルランチは一人2万円もあれば足りるさ。」
「せんせぇのバカぁぁぁーーーー!」
可哀想な葉子であった。




