来客者ノーバディ
葉子が玄関を開けると昨日の男が立っていた。
「こんばんは。お父さんはいるかな?」
「います! どうぞ! あがってください! パパー!」
祓い屋、阿倍野 清だった。
「こんばんは。昨日の件でお知らせに来ました。」
「それはそれは。わざわざありがとうございます。」
「まずは悪い知らせから。私はあの子の身元を彼らに伝えております。約束ですからね。その結果どうなるか、もはや私には分かりません。おそらく可哀想なことになるでしょう。」
「そうですか……」
「それからいい知らせを。あの辺りのお山を仕切る方、鬼村さんと言いますが、その方がお嬢さんを褒めておいででした。勇気ある行動だと。」
「そうですか。」
「だから昼間はいつでも山で遊んでいいそうだよ。」
「あの……私、間違ってなかったんですか……あれで、よかったん、ですか……」
「ああ、あれだけの妖怪を前にしてみんなの命を救ったんだ。誰にだってできることじゃない。鬼村さんも驚いていたよ。」
突然、葉子は清のお腹に飛び込んだ。納得いかないのは父親だ。そんな時、自分に飛びついてくればいいものを……
「私、私……」
葉子は声にならない声で泣いている。清は少し困っているようだ。
やがて泣き声がしなくなり、寝たのかと清は葉子の手を外そうとしたのだが、外れない。子供とは思えない力で清の服をがっちりと掴んで離さない。
「そろそろお暇したいのですが……」
父親としても一刻も早く引き離したいところだろう。そこに母親が。
「カレーでも食べて行かれませんか? 2日目のカレーですよ。」
仕方なく清はご馳走になることにした。カレーは好きな方でもあることだし。葉子を腹に抱えたまま、カレーを食べた。きっと美味しかったのだろう。
しかし、食べ終わっても葉子の手が離れる気配がない。
「泊まっていかれてはどうですか?」
またまた母親だ。一体何を考えているのか。清にしても父親にしても冗談ではない。清はさっさと帰ってお姉ちゃんのいる店で一杯やりたいのだ。子供のお守りなど真っ平御免だ。
「そうもいきませんよ。仕方ありませんな……鋭っ!」
清が何やら気合を込めると、葉子から力が抜けたようでするりと腕が離れた。
「では私はこれで、失礼します。」
「あ、ああわざわざどうも……」
さっと帰っていった清。三人は少し呆然としていた。
「祓い屋ってすごいんだな……」
「ええ、そうね。それよりアンタ、起きてたんでしょ。」
「えへへ、だってあの人があったかいんだもん。」
父親は気付いていなかったらしい。
「私やっぱり晩御飯食べる!」
「あらあら、泣いたカラスがもう笑ったのね。」
「葉子、学校で何かあったんじゃなかったのか?」
「ううん、もういいの。もう大丈夫。」
葛原家の先ほどまでの陰鬱な雰囲気はもうない。子供が笑えば家庭は円満だ。
再び夕食を終えて部屋に戻る葉子。張り切って宿題を終わらせようとしている。
「葉子は大丈夫なのか?」
「大丈夫って言ってるんだからいいのよ。あなたに似て頭がいい子なんだから。」
「確かに君に似て気丈なところはあるが……」
「祓い屋さんに感謝しないとね。結局あの人ってタダ働きだったでしょ?」
「いくらか包んでもいいが、葉子が抱きついたからダメだ。」
「あなたったら。」
清はまだまだ貧乏である。
早く来い。バブルよ来い。