夜叉童子と異薔薇城童子
ついに意を決して奥の部屋へ飛び込む清。
そこで目にした光景は……
「ほらほらヤッちぁゃん? まだたったの30回だよぉ? 昔はもっとスゴかったのにねぇ?」
「イ、イバちゃん……や、やめ……も、もう……」
清は見てはいけないものを見てしまった。
夜叉童子ことヤッちゃんこと鬼村を制圧するかのように馬乗りになり、一切の抵抗を許さず蹂躙するイバちゃんこと異薔薇城童子の姿がそこにはあった。
「例の物、置いときましたんで。帰りますね。ではまた。」
極めて事務的に話す清。今日ほど予感が外れて良かったことはない。人妖大戦など起こるわけがないのだ。
「待ちなえ?」
異薔薇城が清を呼び止める。
「な、何か御用で?」
「ヤッちゃんがこの通りでの。そなた、色の道には自信があるかえ?」
「はて? 色の道とは? あいにくしがない祓い屋稼業なもので祓う以外のことにはとんと疎くて。」
「くくく、そなたの体からどれだけ女の匂いが漏れておることか、のう? 剛の者よ。見事妾を満足させた暁には望みの褒美をとらすぞえ?」
清の脳内には一瞬、鬼ヶ島が浮かんだ。鬼を退治して金銀財宝を手に入れた桃太郎の姿が。もしも、自分があの異薔薇城童子を調伏せしめることができたなら、どれだけの名声が舞い降りてくることか。
「死にたくないから勘弁してください。だって異薔薇城さん、私が役に立たなかったら食い殺すでしょ?」
「何を当たり前のことを。妾を前にして、ものの役に立たぬ雄など生きてゆく価値がないわえ。なればせめて妾の手で命を絶ってやることこそが供養というものよ。」
手じゃなくて口だろうが! と言い返したい清だったが、そんなことを言えるはずもない。力の差が3桁は違うのだから勝負にならないのだ。
「代わりと言っては何ですが、たっぷり酒を持ってきました。後で鬼村さんとしっぽり飲まれてください。では、私はこれで!」
言いたいことを言って清は逃げた。三十六計逃げるに如かずである。
「ふん……軟弱者めが。さてヤッちゃんよ。せいぜい楽しもうではないか。妾を放ってこのような山奥に逃げた罪は重いぞえ?」
「ち、ちが……ワシは……シュテンさんの……」
「シュテンさんの? あんなオッさんのことなど最早どうでもよいわえ。天帝も代替わりして数年じゃ。我ら鬼族も新しい体制でいくべきであろう?」
「新しい……体制……? ま、まさか……イバちゃん?」
「そうともよ! 妾は新しい鬼族の王として即位する! そのためには! ヤッちゃん! そなたの助力が必要なのじゃ! よもや嫌とは言うまいな?」
異薔薇城は激しく動きながらも言葉に一切の乱れがない。反面、鬼村は一切動いておらずされるがままなのに息もたえだえだ。
「はうっ……ぐぅ……無茶なことを……シュテンさんに反旗を翻すつもりか……ワシ一人が協力したぐらいで何ができる……」
「仕方あるまい! あのオッさんはもうだめじゃ! 外国勢力に骨抜きにされてしもうたわえ!」
「と、外国勢力じゃ……と……?」
「そうともよ! 我ら日本の魑魅魍魎は強力無比! じゃがのぉ! 西の大国シーナの化物どもは狡知に長けておる! まんまとシュテンさんを籠絡しおったわえ!」
「シュテンさんが……」
清は鬼村宅の入口付近でこれらのやりとりをしっかり聴いている……なんてこともなく素早く撤退している。
魑魅魍魎世界の勢力図が変わるかも知れない情報を清が入手することはなかった。果たしてこれが吉と出るか凶と出るか……